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盲目の聖女4

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「では、先見の聖女。この石を持って」
「はい」

 神殿から屋敷にやってきたのは、秘匿の聖女として名を馳せていたスカラであった。彼女は秘された力を探し出し、それを引き出すことができた。聖女はそれぞれ、力にちなんだ名前が付けられている。

「今から私が石に力を流します。ゆっくり、息を吐いて」
「はい」

 ユリアナはふーっと深く息を吐いていく。すると握りしめた石が、ほわっと温かくなる。けれどすぐに、元の温度へと戻ってしまった。

「聖女の力は……ないようね」
「……そうですか」

 ——よかった、本当に力を失っているのね。……これでもう、先見をすることはない。

 ホッとしたユリアナは安堵の息を小さく吐くと、顔をあげてスカラに問いかけた。

「あの……、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ、私でわかることなら答えよう」
「……まだ、先見したことが成就していないのですが、その未来を変えてしまうと、私は代償を払わないといけないのでしょうか」

 心に引っかかっていたことだった。スカラはふむ、と考え込むようにして腕を組んだ。

「先見の力は失っているが、だからといって代償を払わなくなったかどうかまでは……正直わからないな」
「そうなのですか?」
「あぁ、聖女の力は不思議なことが多い。だから何か先見をしているとしたら、注意した方がいい。ユリアナ殿は既に、代償を払いすぎている」

 これ以上身体の何かを代償とすると、生きるのが辛くなる。元より先見したレオナルドの将来を変えるつもりはないけれど、気をつけないといけない。

 ――ということは、彼に抱いて貰ったことでは……、未来は変わらなかったのね。

 心配だったけれど、自分は何も代償を払っていない。そのことに安堵したユリアナはほっと息を吐くと、スカラは片方の眉を上げて不審な顔をユリアナに向けた。

「……あなたは、聖女になりたくなかったのね」
「はい」

 答えたのはいいけれど、彼女の呟きにどこか引っかかってしまい、ユリアナは素直に問いかけた。

「あの、どうしてそのことを?」
「単に私の興味よ。聖女になれば皆から賞賛され敬われるのに、あなたはちっとも関心がなさそうね」
「そうしたものは、特に求めていませんでした」
「……貴族のお姫様なら、そうかもしれないわね」

 スカラは聖女という割には、かなり明け透けに物を言う女性のようだ。ユリアナは緊張が解けたこともあり、彼女のことをもっと知りたくなった。

「スカラ様は、どうだったのですか?」
「私? 私は有無を言わさず神殿に連れて行かれたわ。家は貧しかったからね、もう覚えていないけど」

 多くの聖女がそうであるように、スカラも幼い頃に家族から引き離され神殿で生活するようになったと言う。家族には金銭が支払われるのと同時に、聖女との接点は持たないことを誓わされるらしい。

「あ~、ここは静かでいいわね。神殿はいつも人がいるから……、落ち着かないわ」
「では、よろしければいつまでも滞在してください」
「ははっ、そんなことをしたら、神殿長が怒るのが目に見えるわ」

 そうは言いつつもスカラはくつろいだ様子となり、ユリアナを相手に神殿長の愚痴をこぼしていく。紅い髪に被り物をしていた彼女は、ユリアナの前でそれを解いた。

「神殿も決まり事ばっかりで、自由がなくて困るわ。といっても、あなたも不自由な生活をしていることに代わりないと思うけど」
「自由がない? そうなのですか?」
「あぁ、本当にね。……不思議ね、あなたを前にすると口が軽くなっちゃうわ。でも、ちょっとくつろぎすぎかもしれないわね」

 スカラは打ち解けると非常に話しやすい女性だった。けれど高名な聖女であるため、王都ではどうしても敬われるが遠巻きに見られてしまう。

「聖女といっても、ただの人なのにね……。でも人々は聖女に勝手なイメージを抱きがちなのよ。まぁ、聖女が民衆の信心を裏切れないから、神殿生活が不自由になるのよね。なにも神殿長だけの問題じゃない」
「そうなのですね。あの、スカラ様。私はこれからどうなるのでしょうか」
「どうなるって……、これだけ噂になっているからねぇ」

 噂? 何の噂だろう。まさか自分が力を失ったことが、噂になるなど考えられない。スカラが来たのは、てっきり手紙を読んだ父が手配したからと思っていた。

「あの、噂ってどういうことですか?」
「なんだ、あんたは知らないの? まぁ、こんな森の奥に引っ込んでいたら、噂も何も聞かないよね」

 スカラは噂についての詳細を教えてくれた。なぜか民衆に、先見の聖女が第二王子のレオナルドによって力を奪われたと噂になっている。そのため神殿が王家を相手に、審問会を開き法廷で争う姿勢をとっていることも。

 ——審問会だなんて、レオナルド殿下は大丈夫なの?

 審議の対象となるだけでも、王族として汚点となる。まして、判決によっては投獄されるかもしれないと聞くと、居ても立っても居られない。

 顔を青くしたユリアナは、信じられない思いでいっぱいだった。どうして自分が力を失ったことが噂になったのか。どうしてレオナルドだけが責められるのか。自分のところには何の知らせもないことが、かえって恐ろしかった。

「そんな……、殿下が糾弾されるなんて。信じられません」
「まぁ、それだけ神殿を怒らせたのよ」
「どうしたら、そんな噂を消せるのですか?」
「どうしたらって、ここまで来たらどうにもできないわね。貴方が審問会で証言すれば、少しは殿下を助けられるかもしれないけど」

 ——審問会で証言をする? 私が真実を伝えれば、彼を今からでも救うことができる?

 王都に行くと思っただけでも足が震えるほどに恐ろしい。これまで人を避けていたから、大勢の人の前に立つことを考えるだけで心が怯えている。でも、どうしても彼を守りたい。その為ならば、この恐怖も克服しなくては。

 ユリアナはスカラの手を両手でぎゅっと握りしめると、必死になって頼み込んだ。

「スカラ様、お願いがあります」

 その日、ユリアナはすがるような思いでスカラに協力を仰いだ。
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