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森の奥の屋敷2
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確かに、彼のことを愛しているとあの時証言をした。それは今も変わらない真実だ。けれど、その一方でどうしても先見でみた彼の将来のことを考えてしまう。
ユリアナの近くにいては、出会いも少ない森の屋敷にいると彼は、将来の妻に会えないのではないか。あんなにも幸せな顔をしていた彼の未来を変えたくはない。
でも、……本当は傍にいて欲しい。
戸惑い、揺れるユリアナをレオナルドは必死になって説得しようとした。
「ユリアナ、君が好きだ。幼い頃から君しか愛したことはない。今度は俺が君に仕える番だから、甘んじて受け入れてくれ」
温かくて、大きな手で背中を撫でられながら囁かれると、うん、と言ってしまいたくなる。でも、そうすると先見した未来を変えることになりかねない。——体の一部を代償とする可能性も、僅かだけれど残っている。
「だめよ、あなたが私の傍にいるなんて……」
声が小さくなってしまうけれど、レオナルドが引くことはなかった。
「ユリアナは俺を路頭に迷わせたいのか? 神殿に賠償金を支払ったら、もう財産なんて残ってないから働かないといけない。だが元王族の俺を雇ってくれるような人は、アーメント侯爵くらいしかいないだろう」
そんなことを言われると、何も言い返せなくなる。ユリアナは口をキュッと固く結んだ。
「だから、大人しく俺の護衛を受けてくれ」
ああ言えばこう言う彼に、言葉を返せない。こうなると彼を以前のように扱おうとしてユリアナは切り返した。
「では、これからはレームと呼びます。私の護衛騎士なんでしょ?」
「あぁ、そうしてくれ」
朗らかに笑ったレオナルドは、ユリアナが認めた途端に上機嫌となる。押し切られたままではいけないのに、近くにいて欲しいと願う気持ちもある。なんと言っても、レオナルドは審問会でのユリアナの告白を聞いているから、ことある毎に「素直になるように」と言われてしまうと拒否できない。
——仕方ない、護衛騎士としてなら……未来が変わらなければ、いいのだけど。
「ご、護衛騎士っていうだけよ、それ以上は……だめよ」
「わかっている」
それからは護衛以上にうっとおしいほどの世話を焼く騎士が、ユリアナの傍を離れることはなかった。
ユリアナが目覚めたことを聞き、シャレールの最後を聞きたいとスカラが侯爵邸を訪ねて来た。新しい神殿長となった彼女は、丁寧に話を聞いてくれた。
「そうか、神殿長は先代の先見の聖女のことを姉のように慕っていたからな……、年をとって、その想いが強くなっていたのかもしれないな」
彼女はやつれた顔をしながらも納得したように頷いた。さらに、シャレールの言っていた『聖女の代償による傷を癒す薬』についても説明する。
「シャレールが聖女を癒す薬をつくれたとは思えない。そうであれば、これまでにも多くの聖女が救われているはずだ」
後ろに立つレオナルドが、「やはりそうだったか」と頷いている。
「ではなぜ、彼女は期待させるようなことを言ったのかしら」
「レオナルド殿を恨んでいたようだからな。隣国が頼りにならなくなった今、自分で毒を飲ませ、殺めようとしたのだろう。その餌だ」
「……っ、そうでしたか」
あの時、一瞬だったが秘匿の聖女の薬であれば、傷を癒せるのかと思ってしまった。だが、やはりそんなにも都合の良い薬はない。万一作れたとしても、レオナルドを犠牲にしてまで手に入れたいとは思わなかった。
「全く、妄想の果ての迷惑な話だ。神殿は今、ひっくり返ったような騒ぎになっているというのに」
「そんなにも、神殿は混乱しているのですか?」
「あぁ、この私が駆り出されることが多くて困る。もう一人くらい、名の知られた聖女がいると助かるのだが。ユリアナ、元聖女でも構わないから神殿に来てみないか」
「えっ、私ですか?」
スカラがユリアナを誘い出した途端、後ろで立っていたレオナルドが鋭く彼女を睨みつける。まるで、連れ出すことなど認めないと目が訴えていた。
「……スカラ殿」
押し殺した低い声が発せられると、さすがにスカラも彼の反対を悟り両肩を持ち上げた。
「ところでレオナルド殿はユリアナの傍で仕えるのだな。二人はあの森の屋敷に行くのか? 私も王都に疲れたら、遊びに行かせてもらおう」
「はい、いつでも来てください。森しかない静かなところですが、お待ちしています」
彼女は「また会おう」と言って部屋を出て行った。不思議だった。あれほど避けていた神殿の人たちと話すことで、どこか恐れていた気持ちが落ち着いていく。それはもしかすると、同じ『聖女』という枷をかけられた仲間だったからかもしれない。
ユリアナは片足を引きずりながらも見送るために玄関先まで歩いていく。その腕を、杖になったようにレオナルドが支えていた。
ユリアナの近くにいては、出会いも少ない森の屋敷にいると彼は、将来の妻に会えないのではないか。あんなにも幸せな顔をしていた彼の未来を変えたくはない。
でも、……本当は傍にいて欲しい。
戸惑い、揺れるユリアナをレオナルドは必死になって説得しようとした。
「ユリアナ、君が好きだ。幼い頃から君しか愛したことはない。今度は俺が君に仕える番だから、甘んじて受け入れてくれ」
温かくて、大きな手で背中を撫でられながら囁かれると、うん、と言ってしまいたくなる。でも、そうすると先見した未来を変えることになりかねない。——体の一部を代償とする可能性も、僅かだけれど残っている。
「だめよ、あなたが私の傍にいるなんて……」
声が小さくなってしまうけれど、レオナルドが引くことはなかった。
「ユリアナは俺を路頭に迷わせたいのか? 神殿に賠償金を支払ったら、もう財産なんて残ってないから働かないといけない。だが元王族の俺を雇ってくれるような人は、アーメント侯爵くらいしかいないだろう」
そんなことを言われると、何も言い返せなくなる。ユリアナは口をキュッと固く結んだ。
「だから、大人しく俺の護衛を受けてくれ」
ああ言えばこう言う彼に、言葉を返せない。こうなると彼を以前のように扱おうとしてユリアナは切り返した。
「では、これからはレームと呼びます。私の護衛騎士なんでしょ?」
「あぁ、そうしてくれ」
朗らかに笑ったレオナルドは、ユリアナが認めた途端に上機嫌となる。押し切られたままではいけないのに、近くにいて欲しいと願う気持ちもある。なんと言っても、レオナルドは審問会でのユリアナの告白を聞いているから、ことある毎に「素直になるように」と言われてしまうと拒否できない。
——仕方ない、護衛騎士としてなら……未来が変わらなければ、いいのだけど。
「ご、護衛騎士っていうだけよ、それ以上は……だめよ」
「わかっている」
それからは護衛以上にうっとおしいほどの世話を焼く騎士が、ユリアナの傍を離れることはなかった。
ユリアナが目覚めたことを聞き、シャレールの最後を聞きたいとスカラが侯爵邸を訪ねて来た。新しい神殿長となった彼女は、丁寧に話を聞いてくれた。
「そうか、神殿長は先代の先見の聖女のことを姉のように慕っていたからな……、年をとって、その想いが強くなっていたのかもしれないな」
彼女はやつれた顔をしながらも納得したように頷いた。さらに、シャレールの言っていた『聖女の代償による傷を癒す薬』についても説明する。
「シャレールが聖女を癒す薬をつくれたとは思えない。そうであれば、これまでにも多くの聖女が救われているはずだ」
後ろに立つレオナルドが、「やはりそうだったか」と頷いている。
「ではなぜ、彼女は期待させるようなことを言ったのかしら」
「レオナルド殿を恨んでいたようだからな。隣国が頼りにならなくなった今、自分で毒を飲ませ、殺めようとしたのだろう。その餌だ」
「……っ、そうでしたか」
あの時、一瞬だったが秘匿の聖女の薬であれば、傷を癒せるのかと思ってしまった。だが、やはりそんなにも都合の良い薬はない。万一作れたとしても、レオナルドを犠牲にしてまで手に入れたいとは思わなかった。
「全く、妄想の果ての迷惑な話だ。神殿は今、ひっくり返ったような騒ぎになっているというのに」
「そんなにも、神殿は混乱しているのですか?」
「あぁ、この私が駆り出されることが多くて困る。もう一人くらい、名の知られた聖女がいると助かるのだが。ユリアナ、元聖女でも構わないから神殿に来てみないか」
「えっ、私ですか?」
スカラがユリアナを誘い出した途端、後ろで立っていたレオナルドが鋭く彼女を睨みつける。まるで、連れ出すことなど認めないと目が訴えていた。
「……スカラ殿」
押し殺した低い声が発せられると、さすがにスカラも彼の反対を悟り両肩を持ち上げた。
「ところでレオナルド殿はユリアナの傍で仕えるのだな。二人はあの森の屋敷に行くのか? 私も王都に疲れたら、遊びに行かせてもらおう」
「はい、いつでも来てください。森しかない静かなところですが、お待ちしています」
彼女は「また会おう」と言って部屋を出て行った。不思議だった。あれほど避けていた神殿の人たちと話すことで、どこか恐れていた気持ちが落ち着いていく。それはもしかすると、同じ『聖女』という枷をかけられた仲間だったからかもしれない。
ユリアナは片足を引きずりながらも見送るために玄関先まで歩いていく。その腕を、杖になったようにレオナルドが支えていた。
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