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森の奥の屋敷4
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「私、目も、足も不自由なのよ。今は良くても……、あなたの荷物になってしまう」
普通の女性と違い、できることは限られている。今は情熱があるかもしれないが、それが消えた時に捨てられるのが怖い。捨てられなくても、同情だけで傍にいるのは辛すぎる。
「ユリアナ、俺は君の杖になりたいと言ったはずだ。法廷で言った事は全て本当のことだ。……君を心から愛している」
私も、と本当は返したい。けれど、それをする勇気はまだ持てなかった。
「騎士団は辞任している。それに俺のような者は辺境に送られるだろう。……そうしたら、君を守れなくなる」
レオナルドはゆっくりと言葉を選びながら答えてくれた。
「君が許してくれるなら、俺はいつまでも傍にいたい。……ダメだろうか?」
本当にそう思ってくれるなら、こんなにも嬉しいことはない。レオナルドに傍にいて欲しい、でも……、まだ戸惑う気持ちがユリアナの中にあった。
「ユリアナ、昔からずっと君が好きなんだ。俺の為に目の見えなくなった君を、どうして嫌がることができるのか、教えて欲しいくらいだ。愛している、ユリアナ。君もそうだろう、……素直になって俺を受け入れてくれ」
レオナルドは寝台の隅に座ると、ユリアナを両腕で包み込んで抱きしめた。彼の身体が小刻みに震えている。
「これまで君は、与えるばかりの愛で俺を愛してくれた。だがこれからは、受け取る愛を知って欲しい。俺に甘えてくれ、今度は俺が与える番なんだ。頼む、俺の手を離さないでくれ、……君の杖なんだ」
ここまで深い愛を言葉でも態度でも示してくれるレオナルドを、ユリアナは疑うことができなかった。
——もう、いいのだろうか。彼を受け入れても、いいのだろうか。
もしかすると、もう既に先見した未来はとっくの昔に過ぎ去っているのかもしれない。これまではいつも、直後に起きる未来ばかりを先見していた。
「レオナルド……、私」
「俺のことを先見した内容が、気になるんだろう?」
問いかけられ、ユリアナはびくりと身体を揺らした。これまで、彼から先見のことを聞かれたことはなかった。
「話せないなら、話さなくてもいい。ただ、これだけは知っていてくれ。俺は、いつまでも君を待つよ」
抱擁をゆっくりと解いたレオナルドが、そっと額に唇を寄せた。触れられた場所から、じわりと彼の熱が移る。
「ごめんなさい、私、まだ……」
まだ、気持ちが整理できない。レオナルドの愛に応えたいのに、どうしても先見した時の映像が気になってしまう。白い髪の女性の後ろ姿が、魚の骨のように喉の奥に引っかかっている。
ユリアナの戸惑いを受け止めたレオナルドは、そのままゆっくりと髪を撫で続けていた。
「なぁ、ユリアナ。春になったら、音楽会を開かないか」
いつものように、横笛の練習をしていたところでレオナルドに聞かれ、ユリアナは首を傾げた。
「いつも二人だけで演奏しているけど、たまには人を呼んでみないか。兄上も一度顔を出したいと言っていたから、どうせなら家族で遊びに来るように返事を書いた。そうしたら、妃殿下が音楽会をしないかって」
エドワードの妻のセシリアが、森の館で音楽会をしたいと言っている。どうせなら、昔、王宮で集まった仲間を呼んで、あの頃みんなで取り組んだ曲をもう一度演奏しようと話が進んでいるようだ。
「懐かしいだろうが、もし人前に出るのが嫌なら無理しなくてもいい」
無理とは思わなかった。単に、驚いただけだった。幼い頃に王宮で過ごした仲間が、こんな森の奥までやってくるとは思えなかった。
「音楽会だなんて、本当にみんな来るの?」
「あぁ、ユリアナが了解してくれたら、日にちを決めよう。暖かい季節になれば、庭にイスを並べてガーデンパーティーもできるだろう」
以前、一度だけレオナルドと庭に出て演奏した時のことを思い出す。あの時は小鳥のさえずりも入り、三重奏になった。皆で演奏ができたら、もっと素敵な時になるに違いない。
これまで聖女の力を隠すために仲間たちとは距離をとっていた。大法廷でエドワードの声を聞いたのも、久しぶりだった。
みんなと最後に会ってから、もう五年も経っている。自分も成長して、随分と顔つきも違っているだろう。皆、どんな大人になっているのか、興味があった。
「楽しみだわ、みんな元気かしら」
「みんなも君に会いたいと思っているよ。セシリア妃殿下はもう二児の母だが、雰囲気はあまり変わってなかったな。よし、音楽会をするなら、ユリアナもソロパートを練習しよう。新しい曲も完成させるぞ」
「え?」
恐ろしいことに、レオナルドという鬼教官までもが復活してしまった。
普通の女性と違い、できることは限られている。今は情熱があるかもしれないが、それが消えた時に捨てられるのが怖い。捨てられなくても、同情だけで傍にいるのは辛すぎる。
「ユリアナ、俺は君の杖になりたいと言ったはずだ。法廷で言った事は全て本当のことだ。……君を心から愛している」
私も、と本当は返したい。けれど、それをする勇気はまだ持てなかった。
「騎士団は辞任している。それに俺のような者は辺境に送られるだろう。……そうしたら、君を守れなくなる」
レオナルドはゆっくりと言葉を選びながら答えてくれた。
「君が許してくれるなら、俺はいつまでも傍にいたい。……ダメだろうか?」
本当にそう思ってくれるなら、こんなにも嬉しいことはない。レオナルドに傍にいて欲しい、でも……、まだ戸惑う気持ちがユリアナの中にあった。
「ユリアナ、昔からずっと君が好きなんだ。俺の為に目の見えなくなった君を、どうして嫌がることができるのか、教えて欲しいくらいだ。愛している、ユリアナ。君もそうだろう、……素直になって俺を受け入れてくれ」
レオナルドは寝台の隅に座ると、ユリアナを両腕で包み込んで抱きしめた。彼の身体が小刻みに震えている。
「これまで君は、与えるばかりの愛で俺を愛してくれた。だがこれからは、受け取る愛を知って欲しい。俺に甘えてくれ、今度は俺が与える番なんだ。頼む、俺の手を離さないでくれ、……君の杖なんだ」
ここまで深い愛を言葉でも態度でも示してくれるレオナルドを、ユリアナは疑うことができなかった。
——もう、いいのだろうか。彼を受け入れても、いいのだろうか。
もしかすると、もう既に先見した未来はとっくの昔に過ぎ去っているのかもしれない。これまではいつも、直後に起きる未来ばかりを先見していた。
「レオナルド……、私」
「俺のことを先見した内容が、気になるんだろう?」
問いかけられ、ユリアナはびくりと身体を揺らした。これまで、彼から先見のことを聞かれたことはなかった。
「話せないなら、話さなくてもいい。ただ、これだけは知っていてくれ。俺は、いつまでも君を待つよ」
抱擁をゆっくりと解いたレオナルドが、そっと額に唇を寄せた。触れられた場所から、じわりと彼の熱が移る。
「ごめんなさい、私、まだ……」
まだ、気持ちが整理できない。レオナルドの愛に応えたいのに、どうしても先見した時の映像が気になってしまう。白い髪の女性の後ろ姿が、魚の骨のように喉の奥に引っかかっている。
ユリアナの戸惑いを受け止めたレオナルドは、そのままゆっくりと髪を撫で続けていた。
「なぁ、ユリアナ。春になったら、音楽会を開かないか」
いつものように、横笛の練習をしていたところでレオナルドに聞かれ、ユリアナは首を傾げた。
「いつも二人だけで演奏しているけど、たまには人を呼んでみないか。兄上も一度顔を出したいと言っていたから、どうせなら家族で遊びに来るように返事を書いた。そうしたら、妃殿下が音楽会をしないかって」
エドワードの妻のセシリアが、森の館で音楽会をしたいと言っている。どうせなら、昔、王宮で集まった仲間を呼んで、あの頃みんなで取り組んだ曲をもう一度演奏しようと話が進んでいるようだ。
「懐かしいだろうが、もし人前に出るのが嫌なら無理しなくてもいい」
無理とは思わなかった。単に、驚いただけだった。幼い頃に王宮で過ごした仲間が、こんな森の奥までやってくるとは思えなかった。
「音楽会だなんて、本当にみんな来るの?」
「あぁ、ユリアナが了解してくれたら、日にちを決めよう。暖かい季節になれば、庭にイスを並べてガーデンパーティーもできるだろう」
以前、一度だけレオナルドと庭に出て演奏した時のことを思い出す。あの時は小鳥のさえずりも入り、三重奏になった。皆で演奏ができたら、もっと素敵な時になるに違いない。
これまで聖女の力を隠すために仲間たちとは距離をとっていた。大法廷でエドワードの声を聞いたのも、久しぶりだった。
みんなと最後に会ってから、もう五年も経っている。自分も成長して、随分と顔つきも違っているだろう。皆、どんな大人になっているのか、興味があった。
「楽しみだわ、みんな元気かしら」
「みんなも君に会いたいと思っているよ。セシリア妃殿下はもう二児の母だが、雰囲気はあまり変わってなかったな。よし、音楽会をするなら、ユリアナもソロパートを練習しよう。新しい曲も完成させるぞ」
「え?」
恐ろしいことに、レオナルドという鬼教官までもが復活してしまった。
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