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森の奥の屋敷16
しおりを挟む荒い息をそのままに、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返す。今朝からの疲れもあり、ユリアナはもう体に力が入らなかった。
「すまない、疲れさせたか」
「うん、でも……、嬉しい」
胸を上下にしながら、ユリアナは下腹のあたりを手で撫でた。このお奥に、彼が子種を放ってくれていた。前回も願ったけれど、何もなかった。それでもいつか、許されるなら、彼の子を身ごもりたい。
「ユリアナは、気が早いな」
「そう? 前の時も、こうして撫でると、あなたが子どもを残してくれるんじゃないかって。でも、子どもができても絶対に知らせないって思っていたから……」
「なんだ、俺はユリアナを諦めるものかと覚悟していたのに」
「え? あの時から?」
「ああ、もちろんだ。でなければ『抱いて』と言われたからって、簡単に抱くことなんかしない」
だからあの後、王都に噂をばらまき新聞社に記事を書かせて神殿が告発するようにさせた。問題が発覚すれば、ユリアナが聖女でないことを公にすることができ、自分も王籍を抜けることができると思ってしたことだと聞かされた。
「そんなことまでして……、一歩間違えれば投獄されたかもしれないのに」
「そうならなかったから、いいではないか」
二人で裸になって寝台に横になると、ユリアナはレオナルドの太い腕を枕にして顔を寄せた。
「ありがとう、レオナルドが諦めなかったから……なのね」
「いや、君が先見をしたからだろう」
「そうなのかな」
「そういうことにしておこう」
レオナルドは寝具を一緒に被ると、腕を伸ばしてユリアナの髪を手で梳き始めた。
「君の髪は本当に綺麗だ。柔らかくて……、銀糸のようだ」
レオナルドはユリアナの瞼の上に唇を落とす。触れた先から、彼の深い愛情を感じて嬉しくなる。
――これからは、彼の愛を素直に受け取ろう。与えるだけが、犠牲になることだけが愛ではないのだから……
ユリアナはそのまま、瞼を閉じると幸せを噛みしめながら眠りについた。
翌日からレオナルドの態度はがらりと変わり、各段に甘さを増して接するようになった。
「ほら、ユリアナ。次はスープでいいか?」
「う、うん」
返事をするとレオナルドはスープをすくい、ユリアナの口元に運んだ。
「はい、あーん」
まるで鳥のヒナの餌付けをされているようだ。これまでは順番通りに出されるものを、かつての記憶を元にカトラリーを使って食べていたのに、今朝から「一度、食べさせたかった」といって遠慮がない。嫌だと言うと彼が悲しそうなため息を吐くので、仕方なく口を開ける。
スープの次はフルーツをちょっと食べたい。いつも食事に添えられていて、場所も決まっている。右上の隅の方だから、その辺りを指で示して「これがいい」と伝える。
「よし、次はフルーツだな」
「うん、お願いします」
答えた途端、カチャカチャと音がした後で再び「あーん」と声がかかる。
——もうっ、仕方がないなぁ……
本当は自分で食べることができるのに、今日のレオナルドは絶対にスプーンを持たせてくれない。小さく口を開くと、「今日はぶどうだ」と説明してくれる。これは助かる。
はむっと食べると、口の中に甘酸っぱい香りが広がっていく。もうひとつ欲しいな、と思って再び口を開けて下唇を人差し指でさす。これは「おかわり」の合図だ。
レオナルドに、恥ずかしくて口で言えない時はこの合図を使うようにと教えられていた。
「ぶどうが気に入ったのか。ほら、あーん」
「あーん」
見えないけれど、きっと口元が弧を描いているだろう。給仕している彼はどことなく機嫌がいい。
三つ目を食べ終えると、さすがにお腹いっぱいになる。もう終わり、と思って「ありがとう、美味しかった」と伝えると、彼は「これだけでいいのか? もう少し食べなさい」と小言を言ってくる。
ぷい、と頬を膨らませて顔を背けると、レオナルドは「はぁ、仕方ないな」と言ってカトラリーを置いて、ナプキンを持つと口元を拭ってくれた。
執事も、新しく雇った年の近い侍女たちも、レオナルドの甘やかしをどうやらほほえましく見ているようだ。
ユリアナは結婚しても森の奥の屋敷に住み続けたけれど、生活は徐々に変わっていく。それはいつも傍に、うっとおしいほどに手厚く、糖度を増して世話をする夫がいるからだった。
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