わたしがヒロインになる方法

有涼汐

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番外編

聖なる夜は

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 クリスマスも間近な日曜日の夜。
 御影がお風呂に入っている間に、食器などの後片付けをしながら今年のクリスマスのことを考える。
 一昨年のクリスマスは朱利と過ごして、去年は大学時代の友人と一緒に過ごした。
 過去に恋人という存在がいなかった若葉は、男性と二人きりでクリスマスを過ごしたことは一度もない。
 この時期になると、イベントが増えるがどれも恋人をメインとしているために行くことも少なかった。
 正直独り身であった若葉からすれば、目に毒なのだ。羨ましいなという気持ちが出てしまう。
 だが今年は違う。今年は御影という恋人が若葉には存在した。
 初めて恋人と過ごすクリスマスに若葉は一人はりきっている。
「…特に何も言われてないけど、ご飯の準備していいのかな?」
 若葉としては、クリスマスのために料理とケーキを作って家でゆっくりと過ごしたいと思っていた。
 けれど、御影がどこかのレストランに食事に行くというのなら準備するわけにはいかない。
 御影に聞いてみるべきか。もしサプライズか何かを考えていたら、駄目にしてしまうのではないか。
 そんなことを考えるが、御影のことだ。これぞというサプライズをするタイプではない。
 やりたいことをやったらサプライズになってしまったというタイプの人だ。無意識に、無自覚にサプライズをして若葉を喜ばす。
 一人で考えていてもしかたがないので、御影に直接聞くことにした。
「若葉、あがったぞ」
 丁度よくお風呂からあがり、頭をタオルで無造作に拭きながら御影がリビングへとやってきた。
「あ、悠麻さん悠麻さん」
 若葉はそんな御影の名前を連呼しながら、彼の傍へと行く。
 御影は首を緩く傾げながら”どうした?”というような表情をする。
「二十五日の夜どうします?どこかご飯行きます?」
「あー…、どうするか。知り合いの店でいいなら今からでも予約捻じ込めるが…」
「お店とか予約してないなら、家でご飯しよう」
「いいのか?」
「うん、家でゆっくり悠麻さんと過ごしたい」
 ゆるい笑みを浮かべ「えへへ」と笑ってみせると、御影は眉間に皺を寄せた。
 どうしたのかと問おうとしたが、その前に腰を抱き寄せられ大きな手で後頭部を押さえられ唇を奪われた。
 貪るように遠慮のない口付け。ぬるりとした舌が口腔へと侵入し、じゅるっと舌を吸われる。
「んーっ」
 突然のことに驚いて首を振ろうとしたが、より強い力でおさえられてしまい動けない。
 御影が満足するまで長い時間唇を吸われ、離れた時には銀の糸が零れた。
「あんまり煽るな」
「うぅ、煽ってないぃ…」
 いつも御影は若葉が煽るからと言葉にするが、若葉からすればそんな意識はまったくないのだ。
 ただ御影がそうしたいだけなのではないかと疑うが、それはそれで嬉しいことな気もして文句も言えない。
 抱きしめられたまま臀部を揉まれ、そういった雰囲気になるが若葉はまだお風呂に入っていない。
「や、です!私まだお風呂入ってないもん。悠麻さん私があがるまでに、髪の毛乾かしてくださいよ!風邪引いても看病してあげないんですから!」
 頬を膨らませながら、御影の腕をパシンと叩いてお風呂場へと向かった。
 御影はすぐにそういう雰囲気にもっていこうとする。若葉としては嬉しくもあるが、ただ抱きしめあって相手の体温を感じているだけでも幸せなのだ。
 そんなことを考えていても、結局お風呂で念入りに身体を洗ってしまう若葉がいた。
 髪の毛を拭きながらリビングへと向かえば、御影が手招きをする。
 不思議に思いながらも近寄ると、御影はソファーに座ったままその下のラグに座るように指示をした。
「悠麻さん?」
「いいから」
 言われたとおりにすると、ドライヤーを取り出して若葉の髪の毛を乾かし始めた。
 その手つきは優しくて、心地が良くて、だんだんとうとうとしだしてしまう。
 かくん――と、頭が下に勢いよく動いた。
 御影はそれを見て噴出してから、眠りそうな若葉を抱き上げてベッドへと連れて行った。
「しかたねぇな。今日はこのまま寝てやるよ」
 若葉の耳元でそう囁いてから、額や頬に口付けを落とし最後に唇を塞いだ。
 そして暖かい腕に抱きしめられながら、幸せだと思いながら眠りについた。

 数日後の二十五日のクリスマス。
 仕事を定時で上がった若葉は急いでマンションへと帰ってきていた。
 バタバタと部屋着に着替えてからエプロンをつけて、夕飯の支度へと取り掛かる。
 今日はクリスマスということもあって、夕飯は豪華にしようと思っていた。
「えーっと、まず先にコーンスープを作って…」
 頭の中で段取りを考えながら冷蔵庫から必要なものを出していく。
 昨日は御影が用事があり午前中は出かけていた。その時間を使って、今日の下ごしらえをある程度はしているので、そこはまでは時間がかからないだろう。
 ケーキも作りたいと思っていたが、さすがにそこまでの時間は無い。
 そのことを御影に相談したら、夕飯を準備してくれるなら美味しいケーキを買って帰ってくると言ってくれた。
 御影はあまり甘いものが得意ではないのだが、美味しいケーキ屋など知っているのだろうか。
 例え頬が落ちるほど美味しいといえるケーキでなくても、御影が準備してくれればコンビニケーキでも若葉にとっては最高のケーキだ。
 そんなことを考えるたびに、自分はどこまでも御影に弱いと改めて思ってしまう。
 お鍋にコーンスープを作り、昨日のうちに塩コショウをふり、にんにくやはちみつなどをいれて一晩おいたお肉をオーブンにいれる。
 40分ほどで焼きあがるので、その間にサラダとマリネの準備に取り掛かる。
 生ハムとルッコラのサラダは合わせるだけで、最後にドレッシングをかければ大丈夫。
 マリネもお肉と同じように昨日のうちに作っておいたものを、真っ白なお皿に盛りつけるだけだ。
 料理の準備もあらかた済んだので、今度はテーブルのセッティングを始める。
 落ち着いた赤のテーブルクロスをかけて、真ん中にはクリスマスオーナメントの小物を飾った。
 ペアのワイングラスも出して準備は完了。
 後はお肉が焼きあがるのを待つだけだと、オーブンの前にはりつく。
 二回ほどひっくり返しながら、たれをつけてこんがりと焼きあげていく。美味しそうな匂いがキッチンに漂い、お腹が鳴りそうだ。
 しばらくすればお肉も焼き上がり、とても美味しそうにできたと自画自賛をしてしまった。
 エプロンを外して、御影が帰ってくるのを待とうと思ったタイミングで玄関のチャイムが鳴る。
「悠麻さんかな」
 エントランスで鳴らなかったということは、鍵を使って入ってきたということ。
 それで玄関のチャイムを鳴らすのは、御影ぐらいだ。
 のぞき穴を覗いてみれば、そこには御影の姿が見える。
 鍵を持っているのに、わざわざチャイムを鳴らす御影のことを可愛いと思ってしまう。
「おかえりなさい、悠麻さん」
 ドアを開けて迎え入れると、御影に抱きしめられる。
 外の寒さで冷えた身体を暖めるように、ぎゅうっと強めに抱きしめ返した。
「ただいま」
 御影はそう言いながら、若葉の唇に軽く口付けをする。
「ご飯にしよ」
「ん、着替えてくるな」
 御影の鞄を受け取ろうと手を出したけれど、鞄ではなく紙袋を手渡される。
 それには有名なケーキ屋さんのロゴマークが入っていたので、御影が買ってくると言っていたケーキのようだ。
 御影は寝室へと向かったので、ケーキを冷蔵庫にいれようとリビングに行く。
「ケーキ、ケーキ、美味しいケーキ」
 適当な音に乗せて歌いながらケーキを冷蔵庫にしまい、コーンスープを温めなおす。
 用意していたサラダとマリネ、それに焼きあがったお肉をテーブルに並べる。
 ワインも取り出して、コルクにスクリューを差し込んでいるとラフな格好に着替えた御影がリビングへとやってきた。
「若葉、かせ」
「あ、ありがとう」
 御影が手を差し出すので、スクリューが中途半端に差し込まれたワインを渡した。
 意外と力がいれる作業だったので、変わってもらえてありがたい。
 こういった力仕事などは御影が率先してやってくれる。電球を替えるのもそうだ。
 若葉が一人で悪戦苦闘していれば、御影がすぐに気づいてやってくれる。相変わらず上手く甘えられていないが、御影が甘えさせてくれる。
 なんだか嬉しくなって、御影の背中に抱きついて額をぐりぐりと擦り付ける。
「どうした?」
「なんとなくです」
 どう答えればいいのかがわからず、濁した答えになったけれど首だけ振り返った御影は優しい笑みを零していた。
 それに満足して、微笑み返し準備を再開する。
 スープをお皿によそいテーブルにおいて、御影と共に椅子に座った。
 御影がワインをグラスに注いでくれて、手に取って乾杯をする。
「えへへ」
「なんだ?にやけて」
「私男の人と二人でクリスマス過ごすって初めてで、それが悠麻さんとだから嬉しいなって思って」
 聞かれたので素直に答えたのだが、何故か御影が額に手を当てながら俯いてしまう。
 何か変なことを言ってしまったのかと首を傾げる。
「お前は…、そういうことは後で言え」
「え?え?…っと、ご、ごめんなさい?」
「いや、謝らなくていい」
 御影はしょうがないというように笑って、食事を始める。
 いったいなんだったのだろうかと、よくわからない。けれど、御影はとても機嫌が良さそうなので気にするのはやめた。
「うまい」
「本当?よかった!頑張ったかいあったー」
「若葉の料理は何食ってもうまいから、早く家に帰りたくなる」
 そんな台詞を目じりを下げて言われると、あまりの破壊力に今度は逆に若葉が照れて俯いてしまった。
 こんな状況の二人をみられたら、朱利に「砂吐きそう、ごちそうさま」と言われそうだ。
 ゆっくりと食事をとって、後片付けを二人でした。
 ケーキはすぐに食べれそうにないので、後で食べようと言うことになった。なので珈琲を飲みながら、二人でソファーに座ることにした。
「これ私からです」
 手渡した紙袋の中には、シンプルなデザインの財布が入っている。
 以前「そろそろ買い替えるかな」と言っていたので、プレゼントに買おうと決めていたのだ。
「ありがと。大事にするな」
 どんな形で、どんな色がいいのか。それに使い勝手がいいかどうかなどたくさん考えたので、嬉しそうに笑ってもらえると安心する
「俺からはこれな」
「ありがとう」
 御影から受け取った長方形の箱。綺麗にラッピングされたのを破かないように外していく。
 ケースを開けると、小さな月が輝くネックレスが入っていた。
「わぁ、可愛い!さっそくつけても良いですか?」
「つけてやる」
 ネックレスを御影に渡すと、若葉の後ろに回りネックレスをつけてくれた。
 そのまま後ろから抱きしめられ、首筋に唇が落ちる。
「ひぁっ」
 突然のことに驚いて高い声があがってしまう。
「若葉…」
 耳元で甘えるような声で名前を囁かれ、やわやわと服の上から胸を触られる。
 御影の唇は相変わらず首筋から離れず、べろりと舌を這わせられた。
 身体が熱くなり、背中にぞくぞくとした甘い痺れがかけあがっていく。
「んっ」
 御影に触られるたびに甘い声が零れてしまう。
 腰を捻り、御影へと身体を向けてその首に自分の腕を巻きつけた。
「此処は、や…です」
「しょうがねぇな」
 御影は喉で笑って、若葉を抱き上げそのまま寝室へと向かう。
 明日は土曜日。きっと御影が満足するまで貪られるだろう。
 今年のクリスマスは、人生の中で一番甘い。

 美味しいケーキは次の日に、御影と共に食べた。
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