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原因と根源

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 目覚めると熱はすっかり引いていた。
 昨日の夜はあんなに辛かったはずなのに、頭がすっきりしている。なんというか爽快感まである。

「シェリー、お腹すいた」
「まあ、もう食欲が? それでは、温かいスープをお持ちしますね」

 入浴は大事をとって控え、シェリーは軽く体を拭いて着替えを済ませてくれた。
 ひとまず胃に優しいスープを持ってくると言って、嬉しそうに部屋を出ていく。

 とても心配していたので、去り際の横顔は体調が回復したことに安堵していた。

「ねえ、サルヴァ」
「なに」

 私は気になったことがあり、膝に乗せたぬいぐるみ状態のサルヴァドールに声をかける。

 すると、サルヴァドールはあっという間に人型になってベッドサイドに腰掛けた。

「昨日、私の頭撫でてくれた?」

 目を合わせて聞いてみる。
 朧気だけど、そんな記憶が残っていた。

 シェリーのとは違う冷たくて大きな手。夜にこの部屋に入ってくる人は限られるので、シェリーを除くとサルヴァドールしか思いつかなかった。

 普段はやる気がないというか、素っ気ない感じなのに、案外優しいところもあるんだな。
 なんて見直していたのに、返ってきたのは予想外の答えだった。

「それ、オレじゃなくて、お前の父親な」

 さらりと告げたサルヴァドールに、私はぱちぱちと何度か瞬きをする。
 そして、ふう……と肩を落とした。

「なんだ、夢の話かぁ」
「おい、信じられないからって夢にするやつがあるかよ」
「でも、お父様が頭を撫でるなんてありえないし」
「オレはそんな面倒な嘘はつかない」

 確かにサルヴァドールは期待をもたせることは言わなそうだけど。
 だからといってあれがクリストファーだとは素直に受け入れられなかった。

 この間まで私に無関心だった人が、こんなにも早く変化を表に出すのだろうか。

「言っただろ。容赦なく、やり過ぎなくらいあいつを揺さぶれって。その効果が少し出てきてるってことだろ」
「その効果が、心にできた隙?」
「ああ」

 しつこいくらいの愛嬌を振りまいたおかげで、お父様は私に意識を向けつつあるらしい。

 あんまり実感はないけれど、疑っていても仕方がない。それに良い方向に進んでいるなら、喜ぶべきことだ。

「……だが、思っていたよりも精神の状態はよくなかったな」
「それ、どういう……って、よくなかったって、なんで知ってるの?」
「昨日の夜、あいつの部屋まで行って少し覗いたんだよ」
「ええっ」

 私にとってはかなり重大なことを、サルヴァドールはさも当然のように言う。

 悪魔が取り憑いているため深くは干渉できなかったという話だけど、その顔は何かを知ったように見えた。

「よくないって、どんなふうに……?」

 不安になりながら聞いてみる。
 サルヴァドールは少し考えたあとで口を開いた。

「目をつけた人間に憑いた悪魔が、契約を持ちかけるタイミングはいつだと思う?」
「前に、弱みを絶対的なものしてからって」
「そうだ。その弱みってやつは、言い換えるとなんだかわかるか」

 またしても質問が返ってくる。
 正直なところ『リデルの歌声』の内容を知ってはいるけれど、詳細を逐一正確に覚えているわけじゃない。

 今更だけど悪魔の契約に関しても頭から抜けていることが多く、サルヴァドールの問いに自信を持って答えることができなかった。

「答えは、執着だ」
「執着?」
「人間によって執着は異なるが、お前の父親の場合は、結構わかりやすいよな」
「それってもしかして……お母様?」

 正解と言いたげに、サルヴァドールは頷いてみせた。

「姑息で知恵が回る悪魔ほど、それをうまく精神に入れ込みやがる。見たところあいつの姉に対する執着は、主に幼少期の記憶が軸になって影響されているらしい」

 次から次へと出てくる情報は、病み上がりの頭には堪える。少し整理させてほしい。

「小さい頃の記憶が軸っていうのは、ええと?」
「……あー、つまり。あいつに取り憑いた悪魔は、姉の存在だけが支えだった幼少の記憶に狙いを定め、それを精神に落とし込んで確固たる執着にしようとしてるってことだよ」

 サルヴァドールの説明を受け、私はようやく納得した。

 シナリオ通りならば、クリストファーは弱みに付け込まれて最終的に悪魔と契約を交わしてしまう。

 クリストファーの絶対的な弱み。
 それは強い執着であり、お母様のこと。

 そして今クリストファーは、彼と契約を結びたい悪魔の企みによって、幼少の記憶が大きく精神に影響されてしまっているのだ。

 サルヴァドールが言っている「よくない状態」というのは、そういうことだった。

「……ひとまず話はここまでだ。その厄介な精神にお前が介入するためにも、愛嬌を振りまいて関心を持ってもらえよ」
「あっ、サルヴァ」

 そう締めくくると、サルヴァドールはぬいぐるみの姿に戻ってしまった。

 同時に扉が開かれ、お盆にスープ皿を載せたシェリーが入ってきた。

「大変お待たせいたしました、アリアお嬢様」
「ううん、そんなに待ってないよー。……あれ、ジェイド?」

 シェリーの後ろから続くようにジェイドが現れ、私は首を傾げる。

「こんにちは、アリアお嬢様。ご気分はいかがですか?」
「もう元気になったよ。アリアのお見舞い、来てくれたの?」

 にっこり笑みを浮かべると、ジェイドはほっとしたように表情を和らげた。

「ええ、回復されたようで本当に良かったです。それと、少々アリアお嬢様にお伝えしたいこともありまして」
「伝えたいこと?」

 一体どんな話だろうと見つめていれば、ジェイドは「どうぞスープを召し上がりながらお聞きください」と言ってくれる。

(あ、私が大好きなかぼちゃのポタージュだ!)

 私はお言葉に甘えて、スープを口にしながら耳を傾けた。
 
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