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イラつく理由

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 クリストファー込みの温室ティータイムは、意外にも楽しいものだった。
 というのも、リューカスさんから学院生時代のクリストファーの武勇伝をたくさん聞くことができたのだ。

 学院外の課題で素材収集に来たはずが、突然現れた暴れ竜をたった一人で退治したとか。
 
 在学中、基本他人に関心がなく、無愛想だったため寮の先輩に嫌がらせで近くの廃墟に閉じ込められた際には、建物を吹き飛ばしてきっちり報復したという話など。

 たった三ヶ月という短い学院生活の中で、クリストファーは相当好き勝手していたようだ。

 やっぱりとんでもないキャラである。


 ***


「それでね、お父様はいじわるをした人たちを学院の屋根の上に――」

 いつもならすでに眠りについている時間帯。
 今日は新しい出会いに加えてかなり活動的だったからか、なかなか寝つけなかった。

「お嬢様、お話はこのあたりで……続きはまた明日にいたしましょう?」

 そんな私の頭をシェリーは優しく触れる。

(……そういえば)

 その時、思い出す。リューカスさんが現れたときの、私を庇うように脚の後ろに隠して頭に手を置いたクリストファーのことを。

(なんか、嬉しかったな)

 ふふっと口元に微笑みを浮かばせ、私はゆっくり目を閉じる。

「おやすみなさいませ、お嬢様」
「おやすみなさい」

 やがてシェリーが部屋から出てゆき、意識がうとうとし始めた頃。

「お前、昼間のあれはなんだよ」

 上から降るように届いたサルヴァドールの不機嫌そうな声音に、私はぱちりと瞼をあげた。

「サルヴァ……?」

 そこには人型になったサルヴァドールがじとりと私を見下ろしていて。半分顔が毛布に隠れた状態のまま、私は思わずそのまま首をかしげた。

 目と鼻の先にある整った顔。一つ一つのパーツが完璧な位置に収まっており、文句のつけようがない容姿のドアップに心臓が跳ねる。

「顔、ちかいよ」
「……」

 半分のしかかるような体勢でいるサルヴァドールの頬を、片手を使って押し返す。
 素直に押し返されてくれたサルヴァドールは、それでも物言いたげな黄金の瞳をじっとこちらに向けていた。

 私は上体を起こして毛布の端を整えたあとで、サルヴァドールに聞き返す。

「昼間のあれって、なに?」
「なにだって? 温室以外にあるか?」
「温室って……聞きたかったのはわたしもだよ。どうしてあんな風を出したの?」
「それは――」

 言いかけて、中途半端に口に手を当てたサルヴァドール。
 それがまるで不貞腐れた子どものようにも見えた。

 契約してからあまり見たことがない姿だったので、私はどうしたのかと不思議になりながら言葉を待った。

「あの女たちの声が耳障りだったから、少し外に飛ばしてやろうかと思っただけだよ」
「……だ、だけじゃないでしょそれ!」

 もし本当にそんなことになっていたら……どう頑張っても言い訳のきかない大変な事態になっていただろう。

「お前は、随分他人事みたいに聞いてたよな」
「どういう意味?」
「ムカついたり、腹が立ったりしなかったのかってことだよ。なんならアイツに言いつけりゃよかったんだ」
「そんなのムリだよ。確かに最近はちょっと構ってくれるようになったけど。わたしが何か言われたって、お父様はどうも思わないもん」

 少し皮肉も言えたし、ああいう陰口はスルーするのが一番だ。
 そう考えたうえでのことだったのに、私のその振る舞いがサルヴァドールは気に入らなかったらしい。

「……つーかお前さ。心の底から本気で生きたいって、死にたくないって思ってるのかよ」
「どうしてそういう話になるの?」

 思ってもみない質問だったからか、喉に力が入って想像よりもずっと硬い声が出る。
 茶化してるわけでも、冗談で言っているわけでもない。それはサルヴァドールの本心での発言だった。

「ま、思ってはいるんだろうな。じゃなきゃあんな小っ恥ずかしいおべっかも媚びも売らないだろ」
「……ねえ、どうして怒ってるの?」
「はあ? なんでオレが怒る必要があるんだよ」

 イラついているといったほうが正しいのだろうか。どちらにしてもサルヴァドールの様子は変である。

「サルヴァ……」

 どうしてもすべてを理解することができなくて戸惑っていれば、サルヴァドールはため息をつきながら頭を乱暴に掻いた。

「あー……こんなことが言いたかったんじゃねぇ。ただオレは……お前のその、本心に反してたまに出る傍観したように場をやり過ごそうとしてる癖がなんか鼻についただけだ」
「……サルヴァ、それってつまり」

 慣れない言葉を懸命に繋げて言い切ったようなサルヴァドールに、私はじっとその顔を見つめた。

「なんだよ」
「わたしのこと、心配してくれたんだ」
「…………、…………はあ?」
「だっていまの言い方だと、わたしが自分の気持ちを押し込めて取り繕うとしてるのが嫌だって、そう言ってるように聞こえるよ」
「いや、何言ってんだ。ただイラつくってだけだ。どうしてそれが心配してるって話になるんだよ。大悪魔のオレが心配するわけ」

 と言いつつ、明らかに動揺をみせるサルヴァドール。
 自分でもよくわかっていない様子で考え込んでしまった。

(最初は何事かと思ったけど、サルヴァなりに考えてくれてたってことだよね)

「ありがとう、サルヴァ」

 仏頂面なサルヴァドールがちょっと可愛くて、自然と手が前に伸びる。
 なんとなくいまのサルヴァドールに弟みを感じてしまい、子どもと接するように頭を撫でていた。まあ私も十分子どもではあるんだけど。

「おい、勝手に解釈して勝手に納得するな」
「わかったわかった」
「なにニヤニヤしてるんだお前はよ、調子に乗るな」
「いたいっ」

 私にデコピンを一発入れたサルヴァドールは、フンと鼻を鳴らしてぬいぐるみ姿に戻ってしまった。
 そのあとは声をかけても拗ねているのか返答がなく、仕方がないのでぎゅっと後ろから抱き込むようにして寝る。

(誰かが自分のことでムキになってくれるのって、こんなに嬉しいことなんだ。ふふ、しかもサルヴァだし)

 サルヴァドールは封印を解くために。
 私はクリストファーに殺されないために。

 それぞれ目的があって結ばれた契約だったけれど、案外うまくやれている気がする。


『心の底から本気で生きたいって、死にたくないって思ってるのかよ』

 だから余計に、この言葉だけは、よくわからないままだった。

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