273 / 394
240.【頼りになる先輩】
しおりを挟む荷物を手に部室の鍵を閉め、俺たちは学校を後にした。
三木先輩の実家が営む〝三木プロダクション〟は名古屋駅の新幹線口近くにあるらしい。
老舗の養成所として、テレビやラジオのタレント、CMナレーター、アナウンサー、モデル派遣から子役やアイドルの育成まで幅広く手掛けているそうだ。
梓蘭世もその一員だが、そんな事務所に足を踏み入れるなんてと俺は少し浮ついた気分が抑えきれず、東山線のホームで三木先輩と電車に乗り込んだ。
夏休みということもあり車内は混雑し、立ちながら
1駅ずつ通り過ぎるが何を話せばいいのか分からない。
一条先輩との気楽な会話とは違って三木先輩との沈黙にはどこか気まずさが漂う。
言葉を探していると、先輩が穏やかに口を開いた。
三木「どこか狙いの大学はあるのか?」
雅臣「え?あ、えっと……何も決まってなくて、」
電車の揺れとガタゴトいう音に混じり、三木先輩の落ち着いた声が続く。
三木「親から継ぐものとかは?」
雅臣「特にないです」
ほとんど即答したが、俺に継ぐものなんて…ないよな?
親父は建築士だがその道を強制されたこともなく、視野に入れたこともなかった。
俺には三木先輩のように家業を継ぐような明確な道筋なんて何もない。
三木「それなら何でも好きなことができるな」
〝好きなこと〟
そのシンプルな言葉が、なぜか俺の胸に重く響いた。
改めて考えてみると、俺の好きなことって何だ?
俺はそんなことを真剣に考えることもなく、ただ毎日を過ごしてきた気がする。
三木「お前の詳しい事情を知らないから何とも言えないが、自由に選べるなら選択肢は無限だな」
雅臣「そ、その……母親が死んでから俺親父と折り合いが悪くて……」
三木「そうか」
雅臣「恥ずかしいんですけど、進学費用とかまだどう
なるかもわかんなくて、そもそも大学行けるのか……」
進学したい気持ちはあるのに、親父との関係を避けて
いる以上どうにもならない焦りが心を蝕んでいく。
雅臣「すみません。相談に乗って欲しいって言ったのに全然纏まってなくてグダグダで……」
車体が軽く傾き、揺れに合わせて体を支える中で言葉を絞り出すと三木先輩は穏やかに笑う。
三木「そういうことを含めて考えるために、俺と話すんだろ?」
雅臣「え?」
三木「纏まってなくていいんだよ。 進学のことも費用のこともやりたいことも、全部ひっくるめて少しずつ紐解いていこう」
力強いその言葉に、肩の力がスッと抜けた。
三木先輩の声はいつもどんな迷いも受け止める頼もしさがある。
……たった2個しか変わらないよな?
それなのに何故こんなにも安心できるのだろう。
雅臣「あ、ありがとうございます。助かります」
三木「雅臣は何かしたいことはあるか?」
雅臣「したいこと…俺趣味とかあんまりなくて……」
三木「そんな深く考えなくていい。好きな物ややって
いて楽しいことでいいんだよ」
先輩に優しく促され、俺は一生懸命頭を巡らせる。
やっていて楽しいこと……。
最近はゲームをしたり、韓国ドラマを見たりすることも楽しいが……
雅臣「料理、とか?」
大学進学で役立つものとはいえないが、素直に最近自分がやっていて楽しいと思うのは料理だった。
でも所詮はただの趣味みたいなもので、何に繋がるのかも想像つかずに困ってしまう。
三木「お前が入れるコーヒーは美味いし、最近パンとか何でも作るんだって?」
雅臣「え?あ、いや、そんなの誰でも……」
先輩は少し考えるように顎に手を当て、ふっと笑った。
三木「料理が好きなら例えば…管理栄養学科を調べてみるとかだな」
雅臣「管理栄養?」
三木「興味のあることから広げていくんだよ。料理が好きなら、栄養学とか、食に関する仕事とか、色んな道があるだろ?そこから派生させてくんだ」
興味のあることから軸に広げていくなんて思いつきもしなくて、それに料理からこうも簡単に進路に繋がるとは目からウロコだった。
そうだよな……。
まずやりたいことから見つけていかないと。
やりたいことがある学科を持つ大学を調べたり、反対にやりたい仕事があるならそこから逆算して学科を見つけたり。
三木先輩の少しのアドバイスで霧が晴れたみたいに、
頭の中に新しい道がポツポツと浮かび始めた気がした。
電車が次の駅に滑り込み、ガタンと揺れる中、三木先輩は降りる準備をしながら笑った。
三木「時間はまだあるから焦らず考えればいい。また事務所で少しずつ深堀していこう。面白いこと見つかるかもな」
雅臣「は、はい……!!」
三木「そうだ、事務所は新幹線口の銀時計の方で少し
歩くんだが大丈夫か?」
雅臣「全然大丈夫です!」
心のどこかで、初めて〝未来〟というものが見えた気がして、俺は少しだけワクワクするものに思えてきた。
30
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)
嘘をついたのは……
hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。
幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。
それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。
そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。
誰がどんな嘘をついているのか。
嘘の先にあるものとはーー?
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結】後悔は再会の果てへ
関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。
その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。
数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。
小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。
そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。
末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる