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限りなく傲慢なキス 22
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会社では古株のくせに、表立って動くことを嫌い、常にタレントや社長の工藤の後ろに控えていることが多い秋山だが、美聖堂の斉藤からも有能な人材として良太などよりも覚えめでたいのだ。
こっちは秋山に任せておけば大丈夫だろう。
良太の言った、のっぴきならない事情については深くは詮索しなかったが、切羽詰ったようすを秋山は察知してくれたようだし。
その時、携帯の着信音が鳴った。
「おう、俺、ワリィ、植山、見失った!」
植山に張り付いてくれた井上からだった。
「やつ、夕べ、撮影が真夜中の三時くらいまで長引いて、そっからマンション戻ったんだ。で、今朝、八時頃、例のカッコつけた白のポルシェで出かけやがったから、つけたんだ。で、イタリアンの茶店へ入ったんで、俺も入ったんだが、何か、別室みてぇなところにいるらしくて、メシだろうと思ってそこで張ってたんだ」
話している間も悔しそうなようすが伝わってくる。
「ところが一時間過ぎてもあのヤロウ、出てこねぇ、車あるからと思ってたんだが、気になって、店員に聞いたら、あんた、マスコミ関係だろ、そういう時、大概、裏にあるパーキングに別の車置いててそれを使うんだとかって」
「何時ごろ出たって? どんな車?」
気がせいて良太は声を上げた。
「一時間くれぇ前? 日産のグレーのワゴンじゃねぇかって、その店員もそう知らねぇみたいで」
「わかった。また、何かわかったら教えてくれ」
「そっちはまだ収穫なしか?」
「多分、このあたりの別荘だろうくらいしかわからないから、怪しげなのなんて一杯あるって言えばあるし、とにかく、探すしかないな」
良太は携帯を切ると、直子を呼び出して井上から聞いたことを伝えた。
「グレーのワゴンね? 気をつけるけど、そんなのたくさん走ってるよねぇ……」
やがて軽井沢の知り合いから藤堂に連絡が入り、今現在、その場所にある別荘は使われている気配はないという。
「そうか、悪かったな、忙しいところ」
近くまで行って、電気のメーターも確認したが動いていなかったという報告に、藤堂はおそらくその別荘は関係がないだろうと判断した。
一旦、貸し別荘に戻って状況をまとめようという藤堂からの伝言を直子から受け取った良太は、ハンドルを切ろうとしたその時、唐突に鳴り響いたワルキューレに、思わず急ブレーキを踏みそうになって慌てた。
「はい、お疲れ様です!」
「一体何があった?」
フランクフルトの英報堂支社前で別れて以来だからか、工藤の怒声にさえ、良太は何だか泣きそうになった。
別れて以来といってもほんの数日前なのだが、今の状況のせいかひどく懐かしさを思えた。
「秋山に連絡を取った。ドタキャンの理由は何だ?!」
良太は海外にいるしかも多忙な工藤の手を煩わせるようなことはしたくないとは思ったものの、ことは急を要すると、佐々木が行方不明になっていて、どうやら拉致されたかもしれず、ひょっとしたら植山が噛んでいるのではないかと思われることなどを手短に話した。
「……八ヶ岳? もしかすると平の別荘かもしれない」
「え?!」
「調べてまた連絡する」
ブチッと、怒気を含んだ工藤の声はいつものように切れた。
「平って、『サミット』の……?」
急ぎ貸し別荘に戻った良太は、藤堂にそのことを告げた。
「平さんの?」
いつも温和な藤堂の表情が険しいものになった。
「あの人まさか、一枚噛んでいるんじゃないだろうな……」
「どういうこと?」
キッチンで備え付けの電気ポットで湯を沸かし、コーヒーを入れていた直子も振り返った。
「飴と鞭でタレントをうまく操っているといえばまだ聞こえはいいが……結構、犯罪スレスレのこともやるからな。役を取るために、ライバルの女の子にイケメンの男をわざと近づけたり、その醜聞をでっち上げてマスコミに流したり、逆に事務所の子には脚本家なんかにうまく取り入らせたりって、これがタレントの子が実際夢中になってしまったりだから、あざとい」
「なにそれぇ」
直子がくれたコーヒーを一口飲むと、藤堂は続けた。
「アイドル系の男のタレントには、当然、女をあてがってるって聞いたことがある。下手にマスコミに嗅ぎつけられないような、ね。まあ、平さんだけじゃないかもしれないが、タレントを抱えている事務所なら……」
「工藤は、そんなことやってませんよ。その、テレビ局時代は、いろいろあったみたいだけど……」
つい、良太は藤堂の言葉に工藤を弁護する。
藤堂はクックッと笑う。
「わかってるよ、良太ちゃん。工藤さんの場合、逆にそんな風に思われがちで被害を被ってる場合が多いよな」
「だってあいつ、植山って、元ヤンで、クスリとかもやってたっていうし」
直子も珍しく難しい顔をしている。
藤堂も眉を顰めて続けた。
「植山は今、『サミット』にとって稼ぎ頭で、大事なタレントだ。平さんはさすがにクスリとかは致命的だとよくわかっているから、やめさせる代わりにいろいろ植山の望みを聞いてやっている……と、まあ、ヤツの女遊びは業界では知られているし、女だけじゃないってのもね。強姦まがいでヤバくなりかけたところを、平さんがもみ消したなんて話もある」
「平さん、厄介ごとはやめてとかって、スタジオの廊下で植山に言ってたの、俺聞いたことあったし……」
良太が言った。
こっちは秋山に任せておけば大丈夫だろう。
良太の言った、のっぴきならない事情については深くは詮索しなかったが、切羽詰ったようすを秋山は察知してくれたようだし。
その時、携帯の着信音が鳴った。
「おう、俺、ワリィ、植山、見失った!」
植山に張り付いてくれた井上からだった。
「やつ、夕べ、撮影が真夜中の三時くらいまで長引いて、そっからマンション戻ったんだ。で、今朝、八時頃、例のカッコつけた白のポルシェで出かけやがったから、つけたんだ。で、イタリアンの茶店へ入ったんで、俺も入ったんだが、何か、別室みてぇなところにいるらしくて、メシだろうと思ってそこで張ってたんだ」
話している間も悔しそうなようすが伝わってくる。
「ところが一時間過ぎてもあのヤロウ、出てこねぇ、車あるからと思ってたんだが、気になって、店員に聞いたら、あんた、マスコミ関係だろ、そういう時、大概、裏にあるパーキングに別の車置いててそれを使うんだとかって」
「何時ごろ出たって? どんな車?」
気がせいて良太は声を上げた。
「一時間くれぇ前? 日産のグレーのワゴンじゃねぇかって、その店員もそう知らねぇみたいで」
「わかった。また、何かわかったら教えてくれ」
「そっちはまだ収穫なしか?」
「多分、このあたりの別荘だろうくらいしかわからないから、怪しげなのなんて一杯あるって言えばあるし、とにかく、探すしかないな」
良太は携帯を切ると、直子を呼び出して井上から聞いたことを伝えた。
「グレーのワゴンね? 気をつけるけど、そんなのたくさん走ってるよねぇ……」
やがて軽井沢の知り合いから藤堂に連絡が入り、今現在、その場所にある別荘は使われている気配はないという。
「そうか、悪かったな、忙しいところ」
近くまで行って、電気のメーターも確認したが動いていなかったという報告に、藤堂はおそらくその別荘は関係がないだろうと判断した。
一旦、貸し別荘に戻って状況をまとめようという藤堂からの伝言を直子から受け取った良太は、ハンドルを切ろうとしたその時、唐突に鳴り響いたワルキューレに、思わず急ブレーキを踏みそうになって慌てた。
「はい、お疲れ様です!」
「一体何があった?」
フランクフルトの英報堂支社前で別れて以来だからか、工藤の怒声にさえ、良太は何だか泣きそうになった。
別れて以来といってもほんの数日前なのだが、今の状況のせいかひどく懐かしさを思えた。
「秋山に連絡を取った。ドタキャンの理由は何だ?!」
良太は海外にいるしかも多忙な工藤の手を煩わせるようなことはしたくないとは思ったものの、ことは急を要すると、佐々木が行方不明になっていて、どうやら拉致されたかもしれず、ひょっとしたら植山が噛んでいるのではないかと思われることなどを手短に話した。
「……八ヶ岳? もしかすると平の別荘かもしれない」
「え?!」
「調べてまた連絡する」
ブチッと、怒気を含んだ工藤の声はいつものように切れた。
「平って、『サミット』の……?」
急ぎ貸し別荘に戻った良太は、藤堂にそのことを告げた。
「平さんの?」
いつも温和な藤堂の表情が険しいものになった。
「あの人まさか、一枚噛んでいるんじゃないだろうな……」
「どういうこと?」
キッチンで備え付けの電気ポットで湯を沸かし、コーヒーを入れていた直子も振り返った。
「飴と鞭でタレントをうまく操っているといえばまだ聞こえはいいが……結構、犯罪スレスレのこともやるからな。役を取るために、ライバルの女の子にイケメンの男をわざと近づけたり、その醜聞をでっち上げてマスコミに流したり、逆に事務所の子には脚本家なんかにうまく取り入らせたりって、これがタレントの子が実際夢中になってしまったりだから、あざとい」
「なにそれぇ」
直子がくれたコーヒーを一口飲むと、藤堂は続けた。
「アイドル系の男のタレントには、当然、女をあてがってるって聞いたことがある。下手にマスコミに嗅ぎつけられないような、ね。まあ、平さんだけじゃないかもしれないが、タレントを抱えている事務所なら……」
「工藤は、そんなことやってませんよ。その、テレビ局時代は、いろいろあったみたいだけど……」
つい、良太は藤堂の言葉に工藤を弁護する。
藤堂はクックッと笑う。
「わかってるよ、良太ちゃん。工藤さんの場合、逆にそんな風に思われがちで被害を被ってる場合が多いよな」
「だってあいつ、植山って、元ヤンで、クスリとかもやってたっていうし」
直子も珍しく難しい顔をしている。
藤堂も眉を顰めて続けた。
「植山は今、『サミット』にとって稼ぎ頭で、大事なタレントだ。平さんはさすがにクスリとかは致命的だとよくわかっているから、やめさせる代わりにいろいろ植山の望みを聞いてやっている……と、まあ、ヤツの女遊びは業界では知られているし、女だけじゃないってのもね。強姦まがいでヤバくなりかけたところを、平さんがもみ消したなんて話もある」
「平さん、厄介ごとはやめてとかって、スタジオの廊下で植山に言ってたの、俺聞いたことあったし……」
良太が言った。
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