限りなく傲慢なキス

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限りなく傲慢なキス 27

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「植山さん、平さんがすぐに戻るようにって、マネージャーの菅野さんが迎えに来てます」
 良太が部屋の中の植山に向かって呼びかけた。
「植山さん!」
 植山はようやく立ち上がり、「うっせーな、わーかったよ!」と言いながら、のっそりと出てきた。
「植山さん!」
 植山のマネージャー菅野が車から降りて、雪の中を四苦八苦しながらやってこようとしていた。
 ところが、その時、もう一台の車のエンジン音が停まった。
 見覚えのあるランドクルーザーと、降り立った男の形相を見て、佐々木の全神経が硬直した。
「あ、おい! よせ!」
 良太の静止するのもきかず、沢村は雪に躓いている菅野を追い越してズカズカ雪の中を植山に近づくと、後ろから良太がその腕を掴もうとするのを振り払う。
 佐々木のような世間知らずでなければ大抵その顔を知っているだろう、関西タイガースの沢村の唐突な出現に、呆気に取られていた植山は、いきなり腹に激痛を覚え、次には雪の中に転がっていた。
「ばっかやろ! だからお前に知らせなかったんだ!」
 尚も殴りかかろうとする沢村を良太は背後から必死で抑えようとする。
「てめぇ、顔は勘弁してやったんだ! 有難いと思え!」
 沢村は完全に頭に来ていて、良太の言葉も耳に届かない。
「植山さん!」
 驚いて駆け寄ろうとする菅野を追い抜いて、藤堂が良太と一緒に沢村を押さえた。
「その辺にしておけ」
 睨み付ける沢村の視線を藤堂はまともに跳ね返す。
「大丈夫か?」
 少しは憤りを抑えた沢村は、初めて佐々木を振り返った。
「ああ……」
 フウと直子は溜息をついて佐々木の背中を押した。
「え……」
 よろけた佐々木を受け止めた沢村は、その肩をしっかり抱いて自分の車へと促すように歩き出した。
 マネージャーに抱き起こされ、雪の上でそれをぼんやり見送っていた植山は、クックッと笑った。
「おいおい、まさかだろ?! とんでもねぇスキャンダルじゃねぇか?!」
「植山さんの拉致誘拐監禁罪に比べたら、たいしたことないですよ」
 思い切り突き放した言葉で良太は植山を見下ろした。
「申し訳ありません!!」
 それを聞いた菅野はがばっと雪の上で良太に向かって土下座した。
「どうか、それだけは何とか穏便に!! こいつは決してそんな大それたことをするつもりではなかったんです!!」
 雪の中に頭を突っ込むようにして菅野は必死に言いすがる。
「フン、警察でも何でも突き出しゃいいだろ!」
 そんな菅野を横目に、植山は開き直る。
 パシッ!
 小気味良い音に皆が顔を向けた。
 目を白黒させている植山を腕組みをして直子は上から見下ろした。
「バッカじゃない!? あんたのお陰でどれだけの人が迷惑被ったと思ってんの?! ほんとにあんたが捕まったら、平さんの事務所は終わりよ! 平さんだけじゃない、あんたが出てるドラマ作ってるテレビ局も制作会社もスポンサーも、皆が迷惑被ることになるんだよ! いい年して、んなこともわかんないの?!」
「……俺は……」
 ややあって、植山は憑き物が落ちたという顔でボソボソと口にした。
「…俺は……俺は……マジだったんだ……くそ……」
 直子は拗ねたように雪を掴んで辺りにぶちまける植山を見て、一つ溜息をついた。
「あんたねぇ、ガキじゃないんだから、マジってのはね、大事な人をこんなとこにさらし者にしたくないから、ほんとはあんたを殺しても飽き足りないくらいなのを抑えてとっとと立ち去った沢村みたいなことを言うのよ!」
 肩を怒らせて、そう言い放った直子の迫力に、男たちはしばらく二の句が継げないでいた。
「もう行こ、藤堂ちゃん、良太ちゃん! ナオ、お腹空いた」
 しばらくぽかんと直子の独壇場を見ていただけの藤堂と良太は、慌てて直子に続く。
 ちょうど沢村の車が走り去るのを目で追いながら、良太は思い出したように振り返った。
「工藤が戻りましたら、平さんの方に何らかの話があるそうなので、よろしくお願いします」
 まだ雪の上に座り込んだままの植山と菅野に釘を刺して、ようやく良太は肩の強張りを解いた。
 
 
 
 
 佐々木が無事戻ってほっとした三人は、とりあえず空腹を何とかするために通りがかった町の食堂に飛び込み、藤堂と良太は大盛天丼、直子はカツどんを平らげると、借りている別荘へと向かった。
 仕事をほっぽり出して来ている良太も、急に泊りがけで出かけると親に連絡したままの直子も、せっかくの休みだからと同居人に美味しいものを食べさせてやろうなんて予定を立てていた藤堂も、さすがに疲れきって、少しは休まないと東京に戻れそうになかった。
 途中のコンビニでおやつにと買ったスイーツや菓子パンをテーブルに広げ、藤堂がコーヒーを入れた。
「いやあ、それにしてもド迫力、だったよな」
 コーヒーを飲んで一息ついた良太が言った。
「ほんと、いや、参ったよ、ナオちゃん」
 藤堂も頷いた。
「何がよ! 二人して」
 スプーンでスイーツをつついていた直子が二人を見た。
「さっきの、植山にこうパシッと平手打ちして、とうとうと言ってのけるんだもんな」
「いやあ、俺たちの出る幕、全くなかったな、良太ちゃん」
「そうそう」
 直子はそんな二人を見て、唇を尖らせる。
「だってぇ、あのくらい言ってやらなくちゃ気がすまないよぉ。あんな面の皮の厚い顔引っぱたいたから、さっきからこっちの手のが痛いよ」
 右手を振って見せて、直子はまたスイーツに取り掛かる。
 その後、一時間ほど仮眠を取ってから、三人はようやく東京への帰路についた。
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