Tea Time

chatetlune

文字の大きさ
16 / 19

Tea Time 16

しおりを挟む





   ACT 4


 あくる朝のことである。
 バイクで第三京浜をひたすら飛ばしているガタイの大きな男がいた。
 だがごついデカさに似合わず名前は七海と可愛らしい。
「ちっ、また混んでら」
 環八に入る前に混んでいるのを認めて、七海は愛車のZRX1200Rを駒沢通りに向けた。
 時折、バイクを止めて携帯を鳴らしてみるが、相手は電源を切っているらしく出てくれない。
 昨夜家電にも電話をしたが留守電になっているし、メッセージを何度か入れてもまだ反応はない。
 五号線に入るととにかく飛ばして早稲田で降りる。
 ひょっとして実家にいるのかもしれないと思ったものの、昨夜は既に真夜中だったので連絡も入れられず、朝になってから顰蹙を承知で七時を待って実家に電話を入れてみると、朝早く車で帰ったという。
「全く、せめてマナーモードくらいにしとけよ」
 やがて七海を乗せたバイクは早稲田通りに入って少し減速する。
 漸く目指す家にたどり着いたのは八時を過ぎていた。
 ヘルメットを取ると、七海は離れの横に見覚えのあるブルーのミニを見つけてため息をつく。
「ほぼ同時に着いたんじゃないのか……」
 脱力気味にドアをノックすると「はい」と勝浩の声がした。
「俺、七海。開けてくれ」
 ドアはすぐ開いて、勝浩は息せき切って突っ立っている七海に驚いた。
「いったい、どうしたんだ?」
 中に入って靴脱ぎに立ったまま、ドアを閉めると七海は勝浩をじっと見据えた。
「何度も携帯かけたんだぞ」
「あ、ああ、今さっき見たとこ、何かあったのか? わざわざこんな朝早くに」
「長谷川さんがさ、ウイーンに行っちまうって!」
「え?」
 勝浩は七海を見つめる。
「今日午前の便で!」
「行っちまう……って」
 勝浩は呆然と七海を見つめて反芻する。
「急に決めたらしい。夕べ遅くにタケさんから連絡あって、お前に言った方がいいんじゃないかって。自分が言っても勝浩、聞く耳持たないから、俺に伝えとけって」
 勝浩は呆然とただ立っていた。
 目の前が暗くなるとはよく言うが、実際そんな感じだったろう。
「来いよ!」
 腕を掴んで連れ出そうとする七海に、勝浩は抵抗する。
「待てよ、どこ……行く……」
「空港に決まってるだろ?! 今会わなかったら、今度いつ会えるかわからねんだぞ!」
「けど……」
「意地張って、また同じこと繰り返すつもりかよ?」
 今度いつ会えるかわからない。
 また、同じことを―――――
 急速に喪失感が勝浩を支配した。
 東京に行ったらひょっとしたら会えるかもしれないなんて甘いことを考えて大学にあがってすぐだったろうか、幸也が留学したと確かあの時も志央に幸也から伝えられたことを七海から聞いた気がする。
 ショックではあったけれど、あの頃は半分諦めていたことだからと自分を無理に納得させた。
 自分の思いを心の奥に追いやることができたから。
 けれど、幸也に再会できたことだけでも嬉しかったのに、予期せぬ幸せを味わったかと思ったら、まるでジェットコースターのように今度は地の底に落ちていく。
 なまじっか、ほんの少しでも心が通じたと思ったばかりに、落ちたら得たいの知れない暗い深い闇の底で、もう這い上がれそうにない。
 足がガクガクと震える。
「勝浩!」
 七海が勝浩の腕を掴む。
「でも……それが幸也さんが決めたことなら……」
 勝浩は首を横に振る。
「俺には何も……」
「ばかやろう!」
 普段温厚を絵に描いたような七海にいきなり頭の上から怒鳴られて、勝浩は思わず首を竦める。
「幸也さんがじゃねんだよ! お前がどうしたいかだろ?! いいか、生きてりゃ、でっかい壁に跳ね返されることなんかいくらもあるし、怖がってたら、前に進めねんだよ」
 七海の青い瞳を見つめたまま勝浩は動けない。
「幸也さんはそれでも行っちまうかもしんないさ、けど、お前、いっぺんくらい、自分の思いちゃんとぶつけてみろよ」
 わざわざ朝早くからお節介をやくためにはるばる駆けつけるなんて、この上もなくお人よしで心根の一途な友人のことを、勝浩はひどく誇りに思えた。
「わかったか?」
 勝浩は唇を噛んでこっくりとうなずいた。
「学生証、持ったか?」
 七海にせきたてられて部屋をあとにすると、差し出されたヘルメットを被り、勝浩は七海の愛車の後ろに跨った。
「極力安全運転だが、極力速く行くからしっかり掴まってろよ」
「うん、わかった」
 いずれにせよ首都高はどこも渋滞している。
 二輪の二人乗り禁止区間があるため、中環経由で東関道へ向かうルートをとる。
 車の間を縫うようにして七海はZRX1200Rを走らせた。
 必死で七海にしがみついていた勝浩は、バイクが新空港自動車道から新空港I.C.を降りて第一ゲートを通過した頃、ようやく我に返ったように眼前の事実を思い知る。
「ANA、南ウイング四階、ビジネスだから、Cゾーン。チェックイン間に合うかどうかってとこだ!」
 七海の声を背に、勝浩は第一ターミナルの駐車場から南ウイングへと走り出した。
 海外への渡航者、それを見送る人々で賑わうロビーに足を踏み入れた勝浩は、あたりを見回して一瞬、呆然と立ち尽くす。それから自分を落ち着かせて七海の言葉を思い出してゆっくり口にする。
「えと…ビジネス、Cゾーン……」
 幸也と同じくらい背の高い男はあちこちにいた。
 だが幸也ではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

処理中です...