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Tea Time 17
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「幸也さん……」
セキュリティチェックを通過していたらもう遅い。
「幸也さん…!」
もう一度知らず知らずに声に出したとき、ふっと目を上げたそこに振り返った顔。
えっというその目が勝浩を捕らえ、次にはスーツに身を包み、セカンドバッグを手にチェックインを待っていた幸也が駆け寄ってくるまでそう時間がかからなかった。
「どうした? 勝浩?! 何で……?」
「……い…やだ……行っちゃ……いや……!」
搾り出すように口にする言葉とともにくっきりとした黒目がちな目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ちょ………おい……勝浩………」
おろおろと慌てた幸也は勝浩の肩を抱いて、周りの好奇の目から守るように窓際へと誘う。
「ごめんなさい……俺………謝りたくて……俺、捻くれてるし、幸也さんに悪態ばっかついて……でも、急に何も言わずに会えなくなっちゃうなんて……そんなの……ないじゃないですか!」
精一杯の思いをぶちまける勝浩の顔を幸也は覗き込む。
「あ……いや………ごめん……俺こそ悪かった、だから勝浩、ちょっと落ち着いて……な?」
唇をかみ締め、涙をためた眼差しにじっと見つめられた幸也はうっと唸ると、思わずバッグを落として勝浩を抱きしめ、うっかりキスしそうになるのを寸前で我慢する。
「いや、ほんとに悪かった……ガキみたいにつまんないことでタケやら七海やらにヤキモチ妬いて……そこへじいさんから呼び出し食らってさ、オペラにつき合えって。ちょっと頭冷やしたかったから、来週戻ったら、もちょっと大人になってお前に会いに行こうって思ってたんだが」
「え………? 来週……? 留学するんじゃ……」
「留学? いや俺オペラで留学するつもりはないけど? ま、いいや、オペラなんてあんまし得意じゃないからさ、行くのやめた。帰ろ、勝浩」
しばしの間、幸也を見つめていた勝浩は、「………じゃ、おじいさまとオペラ鑑賞のために?」とたずねる。
「そ。タケのヤツも誘われたくせに、取材だとかでパスしやがって。あ、ひょっとしてタケにからかわれた? 俺が留学するとかって」
幸也はにやにやと涙目の勝浩を見る。
「勝浩が駆けつけてくれただけで、もう外野はどうでもいいや」
「ダメです!」
さあ帰ろうと勝浩を促そうとした幸也は、きょとんと勝浩を見つめる。
「おじいさまが待ってらっしゃるんでしょう? 行ってください。速く!」
さっき泣いたカラスが何とやら、勝浩は逆に幸也をチェックインカウンターへと腕を引っ張っていく。
「おい、勝浩……」
「それに、今やめたらチケットが無駄になります!」
「勝浩ぉ~、それって可愛くないぞ~」
「すみませんね、可愛くなんかなくて」
幸也はフフッと笑う。
「可愛くないとこがまた可愛いんだけど」
「何……ゆってんです」
途端、勝浩の耳の辺りから赤くなっていくのを見て幸也はまたしても抱きしめたくなるが、そこをじっと堪える。
「じゃあ、オペラ終わったら即帰ってくる」
「ちゃんとおじいさま孝行してきてください。でも……ちゃんと戻ってきてください」
消え入るような声で勝浩はつけ加える。
「ああ、ちゃんと勝浩のとこに戻るから」
ふいに幸也が耳元で囁いたので、思わず勝浩の心臓が跳ね上がる。
「万一飛行機墜ちても、俺は戻るから」
幸也の唇が掠めるように通り過ぎる。
「縁起でもないこと言わないでください!」
「着いたら電話する!」
笑いながら幸也はチェックインカウンターを通って手を振った。
夜七時になる前に、ユウと勝浩はいつものようにゆっくりと散歩から戻ってきた。
Tシャツにパーカーを羽織っているだけではちょっと寒い夜である。
大きな月が夜道を明るく照らし出している。
あの日、ウイーンに発つ幸也を見送った時に、留学ではなくオペラを聴きに行くだけだと聞かされてほっとしたはずなのに、その数日間ですらが長く思ってしまった。
早く帰ってきてほしい、今度は本当にちゃんと幸也と向き合いたい言葉を交わしたいと切実に思った勝浩だったが、ウイーンに着くなり早速幸也からビデオコールが来た。
それからここはどこだ、オペラを待ってるところだ、終わったところだと逐一自分入りの画像や動画と共にラインが来る。
日本時間の夜には必ず電話が入り、まるですぐ近くにいるような錯覚さえ覚えたほどだ。
お陰で会えない時間が寂しいかもしれないという杞憂は吹っ飛んでしまった。
「あ、こら、待てってば、ユウ」
部屋に近づくと俄かに走り出したユウに引っ張られて、垣根続きの軽い木戸を押したときだ、青い影が石畳に落ちている。
勝浩ははっとしてユウのリードを手繰り寄せようとするが、ユウは吠えようともしない。
「よう」
「え………」
何か言う間もあらばこそ、勝浩はいきなり抱きしめられる。
「幸也…さん?」
「ちゃんと帰ってきたぜ」
「お帰り……なさ……」
ユウのリードを握り締めたまま、またしても勝浩の言葉は幸也の唇に吸い取られる。
セキュリティチェックを通過していたらもう遅い。
「幸也さん…!」
もう一度知らず知らずに声に出したとき、ふっと目を上げたそこに振り返った顔。
えっというその目が勝浩を捕らえ、次にはスーツに身を包み、セカンドバッグを手にチェックインを待っていた幸也が駆け寄ってくるまでそう時間がかからなかった。
「どうした? 勝浩?! 何で……?」
「……い…やだ……行っちゃ……いや……!」
搾り出すように口にする言葉とともにくっきりとした黒目がちな目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ちょ………おい……勝浩………」
おろおろと慌てた幸也は勝浩の肩を抱いて、周りの好奇の目から守るように窓際へと誘う。
「ごめんなさい……俺………謝りたくて……俺、捻くれてるし、幸也さんに悪態ばっかついて……でも、急に何も言わずに会えなくなっちゃうなんて……そんなの……ないじゃないですか!」
精一杯の思いをぶちまける勝浩の顔を幸也は覗き込む。
「あ……いや………ごめん……俺こそ悪かった、だから勝浩、ちょっと落ち着いて……な?」
唇をかみ締め、涙をためた眼差しにじっと見つめられた幸也はうっと唸ると、思わずバッグを落として勝浩を抱きしめ、うっかりキスしそうになるのを寸前で我慢する。
「いや、ほんとに悪かった……ガキみたいにつまんないことでタケやら七海やらにヤキモチ妬いて……そこへじいさんから呼び出し食らってさ、オペラにつき合えって。ちょっと頭冷やしたかったから、来週戻ったら、もちょっと大人になってお前に会いに行こうって思ってたんだが」
「え………? 来週……? 留学するんじゃ……」
「留学? いや俺オペラで留学するつもりはないけど? ま、いいや、オペラなんてあんまし得意じゃないからさ、行くのやめた。帰ろ、勝浩」
しばしの間、幸也を見つめていた勝浩は、「………じゃ、おじいさまとオペラ鑑賞のために?」とたずねる。
「そ。タケのヤツも誘われたくせに、取材だとかでパスしやがって。あ、ひょっとしてタケにからかわれた? 俺が留学するとかって」
幸也はにやにやと涙目の勝浩を見る。
「勝浩が駆けつけてくれただけで、もう外野はどうでもいいや」
「ダメです!」
さあ帰ろうと勝浩を促そうとした幸也は、きょとんと勝浩を見つめる。
「おじいさまが待ってらっしゃるんでしょう? 行ってください。速く!」
さっき泣いたカラスが何とやら、勝浩は逆に幸也をチェックインカウンターへと腕を引っ張っていく。
「おい、勝浩……」
「それに、今やめたらチケットが無駄になります!」
「勝浩ぉ~、それって可愛くないぞ~」
「すみませんね、可愛くなんかなくて」
幸也はフフッと笑う。
「可愛くないとこがまた可愛いんだけど」
「何……ゆってんです」
途端、勝浩の耳の辺りから赤くなっていくのを見て幸也はまたしても抱きしめたくなるが、そこをじっと堪える。
「じゃあ、オペラ終わったら即帰ってくる」
「ちゃんとおじいさま孝行してきてください。でも……ちゃんと戻ってきてください」
消え入るような声で勝浩はつけ加える。
「ああ、ちゃんと勝浩のとこに戻るから」
ふいに幸也が耳元で囁いたので、思わず勝浩の心臓が跳ね上がる。
「万一飛行機墜ちても、俺は戻るから」
幸也の唇が掠めるように通り過ぎる。
「縁起でもないこと言わないでください!」
「着いたら電話する!」
笑いながら幸也はチェックインカウンターを通って手を振った。
夜七時になる前に、ユウと勝浩はいつものようにゆっくりと散歩から戻ってきた。
Tシャツにパーカーを羽織っているだけではちょっと寒い夜である。
大きな月が夜道を明るく照らし出している。
あの日、ウイーンに発つ幸也を見送った時に、留学ではなくオペラを聴きに行くだけだと聞かされてほっとしたはずなのに、その数日間ですらが長く思ってしまった。
早く帰ってきてほしい、今度は本当にちゃんと幸也と向き合いたい言葉を交わしたいと切実に思った勝浩だったが、ウイーンに着くなり早速幸也からビデオコールが来た。
それからここはどこだ、オペラを待ってるところだ、終わったところだと逐一自分入りの画像や動画と共にラインが来る。
日本時間の夜には必ず電話が入り、まるですぐ近くにいるような錯覚さえ覚えたほどだ。
お陰で会えない時間が寂しいかもしれないという杞憂は吹っ飛んでしまった。
「あ、こら、待てってば、ユウ」
部屋に近づくと俄かに走り出したユウに引っ張られて、垣根続きの軽い木戸を押したときだ、青い影が石畳に落ちている。
勝浩ははっとしてユウのリードを手繰り寄せようとするが、ユウは吠えようともしない。
「よう」
「え………」
何か言う間もあらばこそ、勝浩はいきなり抱きしめられる。
「幸也…さん?」
「ちゃんと帰ってきたぜ」
「お帰り……なさ……」
ユウのリードを握り締めたまま、またしても勝浩の言葉は幸也の唇に吸い取られる。
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