勝手にしやがれ

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勝手にしやがれ 2

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 リトルリーグからのつきあい、といえば語弊があるが、幾度となく対戦したり、喧嘩したりする仲でも、ウソがないやつで、いい加減なことが嫌いなやつだとはわかっていたから、余計に沢村には、ちゃんとふさわしい相手と巡り合ってほしいというのが本音だった。
 ところがついさっき、時刻は夜十時を回った頃だった。
 下柳チームでの編集作業の途中、良太の携帯がポケットで震動した。
「…沢村?」
 工藤か、と慌てた良太は携帯に浮かぶ名前を訝しげに見た。
 携帯は尚もしつこくコールしている。
「すみません、ちょっと電話……」
「工藤のやつなら、当分忙しいからかけてくるなって言っておけ」
 スタジオを出る良太に、下柳がからかい半分声をかけた。
「はい、どうしたんだ、沢村」
 良太が曲がりなりにもプロデューサーを務めている『パワスポ』の年明けの番組に出演することになっている沢村だが、よもや彼女とデートで、それをドタキャンなんてのじゃないだろうな、などと良からぬ想像をしながら、良太は携帯に出た。
「忙しいのはわかってる。わかってるが、ちょっと時間取ってくれ」
「お前な……」
 また何を無茶言ってくれるんだ、と思う良太に、沢村が続けた。
「このままだと年明けても浮上できないかも知れない……」
 そんなことを言われれば、良太も本当に番組に支障が出かねない気にさせられる。
「わかった。どこにいる?」
「俺の部屋……」
 良太は頃合を見計らって、番組関係者がトラブりそうなのでちょっと出てくると下柳に断りを入れてホテルに向かった。
 
 
 
 
 ドアが開いて、バスローブ一枚で出てきた男を見ると、良太はムッとした顔で中に入った。
「……良太、会いたかった……」
 背後から良太を抱きしめる沢村にますます良太は呆れた。
「おい、苦し…………離せってば! 酒臭………!」
 ようやく沢村が腕を緩めると、転がっているウイスキーの空瓶や半分以下になっている日本酒の一升瓶やチーズやハムなどの載った皿がテーブルに並んでいるのを見て良太は眉をひそめた。
「まさか、一人で今夜だけでこれ空けたわけじゃないだろうな?」
「いいからまあ、そこに座ってお前も飲め」
「言っただろ? 下柳チームでの編集作業の途中で、また仕事にもどらなきゃならないんだ」
「いいから、飲め」
 沢村は伏せてあったグラスに日本酒をカパカパ注ぐ。
「………で、何かあったのか? あの美人女子アナの彼女はどうしたよ? まさか、もう振られたってわけじゃないんだろ?」
「お前まで、くだらねぇ冗談ぬかすな!」
 良太のちょっとした揶揄に沢村は大きな声をあげた。
 マジかよ、本気でもう別れたのか、と心の内で思う良太に、沢村が喚きたてた。
「くっそ! デタラメなこと書き立てやがって、あんな女とこれっぽっちも何の関係もない!」
 沢村は一升瓶から自分のグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「それをあのやろう! マスコミも大々的に報じてくれてるんだからとか何とか言いやがって!」
「あのやろうって?」
「藤堂のヤツだ!」
「藤堂さんが? ………わかった。わかったから、お前、いくらなんでもそんな飲み方するのやめろ。明日、オフなのか?」
 藤堂にも沢村の扱い方をよく話しておくんだったとちょっと後悔しながら、良太は沢村を宥めにかかる。
「明日は、チームの強制でトークショー……」
「…お前、わかってて、このザマか?! いい加減もうよせ」
 良太は沢村から一升瓶を取り上げた。
 沢村は大きく息をついた。
「にしても、デタラメ書かれたことなんか、よくあることじゃん。どうして今度ばっか、そんなに怒ってんだよ」
「………良太に謝らなきゃならないことがある」
「……はあ? 何だよ……どこかで聞いたような台詞だ。俺にはお前に謝られるようなことは全く思い当たらないぞ」
 良太は肇の時の再現じゃあるまいしと眉を顰めて沢村を見つめた。
「工藤のオヤジがお前と別れたら、俺はもうお前だけのために生きていくつもりだった」
 沢村はがばっと頭を下げる。
「すまん!」
「あのな、そんなこと考えてくれなくても俺は全然かまわないし、全く謝ってもらうようなことはないから!」
 良太はそんなことかよ、と呆れて沢村を見やる。
「好きな人ができた」
 ボソリと沢村は言った。
「え、何だ、やっぱりあの美人アナと……」
「あんな女じゃない! 違うんだ………」
 大きな男がうなだれて、しかも傲慢な男がこんな風に真剣に語るのを、良太は少し真面目な顔になって見つめた。
「それじゃ、その人にあの記事のことで誤解されたわけか?」
「誤解……してくれるくらいなら、まだいいかもな……」
 沢村は顔を上げた。
 いつもの端正でシャープな男前が、ひどく頼りない顔で良太を見た。
「十月の終わりだ……あの人に会って、自分でもマジかって疑ったんだが、ひと目惚れってやつ? それから何とかあの人と再会にこぎつけて、何度か会って………あの人も絶対、俺のこと好きだって、そう……思い上がってたのかもな………」
 沢村はじっと真剣な表情で聞いている良太に、言葉を続けた。
「古谷さんに言われて、昼の番組に出させられただろ? あの人、それ見て俺が野球やってる沢村だってわかったらしくて、突然、終わりだって言われて……」
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