アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚

伽野せり

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取引 1

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◇◇◇


 家に着くと、陽斗は光斗を早めに休ませて、自分は家の周囲を見まわった後、厳重に戸締まりをした。玄関にはバッドもおいておく。

 できる限りの防犯対策をするが、古い家屋には限界があり不安が残る。家計を圧迫しても警備会社と契約すべきかと考えて、スマホで料金表を調べてみたが、仕事もままならない今、価格表のゼロの数に頭が痛んだ。

 そうしていると、メールが一件届く。差出人は昨日面接を受けた動物病院からだ。どうやら結果が出たらしい。

 ――どうか、採用されていますように。
 祈るような気持ちで、メールをひらく。
  だが結果は不採用だった。

「……まじか」
 ベッドにガックリと腰を落としてうなだれる。最後の望みが消えて、半端ない落ちこみ感に襲われた。
「……」
 落胆にため息さえ出てこない。

 陽斗は顔を両手でおおって、嗚咽がもれるのをこらえた。気が緩んだら泣いてしまいそうだった。ベッドにごろんと横になり、「大丈夫、大丈夫だから」と呪文のように繰り返す。
「くそ、これぐらいで負けてたまるか」

 しかしそうはいっても、社会から放り出されたような心許なさは簡単にはおさまらない。
 もうそろそろ、本気で夢を捨てるときがきているのかもしれない。子供の頃からの陽斗の希望だった職業。犬や猫が好きで、トリミング動画は何時間見ても飽きなかったし、将来は自分もトリマーとして動物の世話をしたいと思っていた。

 動物は人間のフェロモンに性的には反応しない。だから犬猫に嫌われることはないからそちらに問題はないのだが、悪いことに飼い主のアルファが反応してしまうのだ。
 もちろんどの職場であってもアルファとは遭遇するだろうし、抑制剤さえ飲んでいれば問題が起きることはほぼないのに、それでも雇用主はオメガの採用を躊躇する。 

 陽斗は気持ちが沈んだまま、何となくスマホを操作して、指先が勝手に動くにまかせて高梨のSNSをひらいた。
 そこには華やかな世界が広がっている。

「……いいよなぁ」
 この人は。自分の好きな仕事に就けて。こんなにも立派に成功して。大金を稼いで、揺るぎない地位も得て。

「クソ」
 腹立ちまぎれに、豪華な料理の載った写真に『イイね』を押してやる。陽斗のアカウントは取得したまま死に体になっているし、ハンドルネームも適当なのでわかるはずないだろう。
 そしてスマホを放り出した。

「どうしよう。これから」
 いつまでもバイトだけ続けているわけにはいかない。どこでもいいから派遣か正社員の道を見つけねば。一番稼ぎがいいのは夜の仕事なのだが、発情しないオメガでは価値もさがり気味だ。もしかしたらそこでも採用してもらえないかもしれない。

 何もかもが、落伍者なのだな、と自分のことが嫌になる。何も持っていない自分。価値などなくて、存在する意味さえあるのかと憂鬱になる。一度負のループにはまると、抜け出すのはそう簡単にはいかない。厄介な心はドンドン下降していく。

 そうして気がつく。自分は本来、とても気が小さくて臆病なたちだったのだと。気弱な性格が嫌で、強くなりたくて身体を鍛えたり、わざと粗野に振る舞ったりしていたのだ。そうやって自分を大きく見せて、自我を保ってきた。

 今、その紙のようなペラペラの鎧が剥がされて、残ったのはイモムシみたいに小さくて弱々しい自分だけだ。
 なんて情けない生き物なんだろう。自分という人間は。
 陽斗はベッドの上で身を丸めて涙をこらえた。

 仕事が見つからないくらいで泣くな。まずは光斗のことだろう。彼をちゃんと守らねば、と気持ちを奮い立たせる。自己暗示を懸命にかけていたら、しばらくして窓の外から、何か音が聞こえてきた。  
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