21 / 78
取引 1
しおりを挟む
◇◇◇
家に着くと、陽斗は光斗を早めに休ませて、自分は家の周囲を見まわった後、厳重に戸締まりをした。玄関にはバッドもおいておく。
できる限りの防犯対策をするが、古い家屋には限界があり不安が残る。家計を圧迫しても警備会社と契約すべきかと考えて、スマホで料金表を調べてみたが、仕事もままならない今、価格表のゼロの数に頭が痛んだ。
そうしていると、メールが一件届く。差出人は昨日面接を受けた動物病院からだ。どうやら結果が出たらしい。
――どうか、採用されていますように。
祈るような気持ちで、メールをひらく。
だが結果は不採用だった。
「……まじか」
ベッドにガックリと腰を落としてうなだれる。最後の望みが消えて、半端ない落ちこみ感に襲われた。
「……」
落胆にため息さえ出てこない。
陽斗は顔を両手でおおって、嗚咽がもれるのをこらえた。気が緩んだら泣いてしまいそうだった。ベッドにごろんと横になり、「大丈夫、大丈夫だから」と呪文のように繰り返す。
「くそ、これぐらいで負けてたまるか」
しかしそうはいっても、社会から放り出されたような心許なさは簡単にはおさまらない。
もうそろそろ、本気で夢を捨てるときがきているのかもしれない。子供の頃からの陽斗の希望だった職業。犬や猫が好きで、トリミング動画は何時間見ても飽きなかったし、将来は自分もトリマーとして動物の世話をしたいと思っていた。
動物は人間のフェロモンに性的には反応しない。だから犬猫に嫌われることはないからそちらに問題はないのだが、悪いことに飼い主のアルファが反応してしまうのだ。
もちろんどの職場であってもアルファとは遭遇するだろうし、抑制剤さえ飲んでいれば問題が起きることはほぼないのに、それでも雇用主はオメガの採用を躊躇する。
陽斗は気持ちが沈んだまま、何となくスマホを操作して、指先が勝手に動くにまかせて高梨のSNSをひらいた。
そこには華やかな世界が広がっている。
「……いいよなぁ」
この人は。自分の好きな仕事に就けて。こんなにも立派に成功して。大金を稼いで、揺るぎない地位も得て。
「クソ」
腹立ちまぎれに、豪華な料理の載った写真に『イイね』を押してやる。陽斗のアカウントは取得したまま死に体になっているし、ハンドルネームも適当なのでわかるはずないだろう。
そしてスマホを放り出した。
「どうしよう。これから」
いつまでもバイトだけ続けているわけにはいかない。どこでもいいから派遣か正社員の道を見つけねば。一番稼ぎがいいのは夜の仕事なのだが、発情しないオメガでは価値もさがり気味だ。もしかしたらそこでも採用してもらえないかもしれない。
何もかもが、落伍者なのだな、と自分のことが嫌になる。何も持っていない自分。価値などなくて、存在する意味さえあるのかと憂鬱になる。一度負のループにはまると、抜け出すのはそう簡単にはいかない。厄介な心はドンドン下降していく。
そうして気がつく。自分は本来、とても気が小さくて臆病な質だったのだと。気弱な性格が嫌で、強くなりたくて身体を鍛えたり、わざと粗野に振る舞ったりしていたのだ。そうやって自分を大きく見せて、自我を保ってきた。
今、その紙のようなペラペラの鎧が剥がされて、残ったのはイモムシみたいに小さくて弱々しい自分だけだ。
なんて情けない生き物なんだろう。自分という人間は。
陽斗はベッドの上で身を丸めて涙をこらえた。
仕事が見つからないくらいで泣くな。まずは光斗のことだろう。彼をちゃんと守らねば、と気持ちを奮い立たせる。自己暗示を懸命にかけていたら、しばらくして窓の外から、何か音が聞こえてきた。
家に着くと、陽斗は光斗を早めに休ませて、自分は家の周囲を見まわった後、厳重に戸締まりをした。玄関にはバッドもおいておく。
できる限りの防犯対策をするが、古い家屋には限界があり不安が残る。家計を圧迫しても警備会社と契約すべきかと考えて、スマホで料金表を調べてみたが、仕事もままならない今、価格表のゼロの数に頭が痛んだ。
そうしていると、メールが一件届く。差出人は昨日面接を受けた動物病院からだ。どうやら結果が出たらしい。
――どうか、採用されていますように。
祈るような気持ちで、メールをひらく。
だが結果は不採用だった。
「……まじか」
ベッドにガックリと腰を落としてうなだれる。最後の望みが消えて、半端ない落ちこみ感に襲われた。
「……」
落胆にため息さえ出てこない。
陽斗は顔を両手でおおって、嗚咽がもれるのをこらえた。気が緩んだら泣いてしまいそうだった。ベッドにごろんと横になり、「大丈夫、大丈夫だから」と呪文のように繰り返す。
「くそ、これぐらいで負けてたまるか」
しかしそうはいっても、社会から放り出されたような心許なさは簡単にはおさまらない。
もうそろそろ、本気で夢を捨てるときがきているのかもしれない。子供の頃からの陽斗の希望だった職業。犬や猫が好きで、トリミング動画は何時間見ても飽きなかったし、将来は自分もトリマーとして動物の世話をしたいと思っていた。
動物は人間のフェロモンに性的には反応しない。だから犬猫に嫌われることはないからそちらに問題はないのだが、悪いことに飼い主のアルファが反応してしまうのだ。
もちろんどの職場であってもアルファとは遭遇するだろうし、抑制剤さえ飲んでいれば問題が起きることはほぼないのに、それでも雇用主はオメガの採用を躊躇する。
陽斗は気持ちが沈んだまま、何となくスマホを操作して、指先が勝手に動くにまかせて高梨のSNSをひらいた。
そこには華やかな世界が広がっている。
「……いいよなぁ」
この人は。自分の好きな仕事に就けて。こんなにも立派に成功して。大金を稼いで、揺るぎない地位も得て。
「クソ」
腹立ちまぎれに、豪華な料理の載った写真に『イイね』を押してやる。陽斗のアカウントは取得したまま死に体になっているし、ハンドルネームも適当なのでわかるはずないだろう。
そしてスマホを放り出した。
「どうしよう。これから」
いつまでもバイトだけ続けているわけにはいかない。どこでもいいから派遣か正社員の道を見つけねば。一番稼ぎがいいのは夜の仕事なのだが、発情しないオメガでは価値もさがり気味だ。もしかしたらそこでも採用してもらえないかもしれない。
何もかもが、落伍者なのだな、と自分のことが嫌になる。何も持っていない自分。価値などなくて、存在する意味さえあるのかと憂鬱になる。一度負のループにはまると、抜け出すのはそう簡単にはいかない。厄介な心はドンドン下降していく。
そうして気がつく。自分は本来、とても気が小さくて臆病な質だったのだと。気弱な性格が嫌で、強くなりたくて身体を鍛えたり、わざと粗野に振る舞ったりしていたのだ。そうやって自分を大きく見せて、自我を保ってきた。
今、その紙のようなペラペラの鎧が剥がされて、残ったのはイモムシみたいに小さくて弱々しい自分だけだ。
なんて情けない生き物なんだろう。自分という人間は。
陽斗はベッドの上で身を丸めて涙をこらえた。
仕事が見つからないくらいで泣くな。まずは光斗のことだろう。彼をちゃんと守らねば、と気持ちを奮い立たせる。自己暗示を懸命にかけていたら、しばらくして窓の外から、何か音が聞こえてきた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
メビウスの輪を超えて 【カフェのマスター・アルファ×全てを失った少年・オメガ。 君の心を、私は温めてあげられるんだろうか】
大波小波
BL
梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、18歳のオメガ少年だ。
愛らしい抜群のルックスに加え、素直で朗らか。
大人に背伸びしたがる、ちょっぴり生意気な一面も持っている。
裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った彼は、学園の人気者だった。
ある日、早紀は友人たちと気まぐれに入った『カフェ・メビウス』で、マスターの弓月 衛(ゆづき まもる)と出会う。
32歳と、早紀より一回り以上も年上の衛は、落ち着いた雰囲気を持つ大人のアルファ男性だ。
どこかミステリアスな彼をもっと知りたい早紀は、それから毎日のようにメビウスに通うようになった。
ところが早紀の父・紀明(のりあき)が、重役たちの背信により取締役の座から降ろされてしまう。
高額の借金まで背負わされた父は、借金取りの手から早紀を隠すため、彼を衛に託した。
『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』
『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』
あの笑顔を、失くしたくない。
伸びやかなあの心を、壊したくない。
衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。
ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。
波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!
宵の月
古紫汐桜
BL
Ωとして生を受けた鵜森月夜は、村で代々伝わるしきたりにより、幼いうちに相楽家へ召し取られ、相楽家の次期当主であり、αの相楽恭弥と番になる事を決められていた。
愛の無い関係に絶望していた頃、兄弟校から交換学生の日浦太陽に出会う。
日浦太陽は、月夜に「自分が運命の番だ」と猛アタックして来て……。
2人の間で揺れる月夜が出す答えは一体……
変異型Ωは鉄壁の貞操
田中 乃那加
BL
変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。
男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。
もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。
奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。
だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。
ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。
それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。
当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。
抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?
オメガの香り
みこと
BL
高校の同級生だったベータの樹里とアルファ慎一郎は友人として過ごしていた。
ところがある日、樹里の体に異変が起きて…。
オメガバースです。
ある事件がきっかけで離れ離れになってしまった二人がもう一度出会い、結ばれるまでの話です。
大きなハプニングはありません。
短編です。
視点は章によって樹里と慎一郎とで変わりますが、読めば分かると思いますで記載しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる