アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚

伽野せり

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取引 2

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 ファン、と短いクラクションが一回。周囲を気にするように控えめに、しばらくしてもう一回。陽斗の部屋の下から聞こえてくる。陽斗はベッドからおきあがり、窓をあけた。
 すると、生け垣の向こうに黒い車が一台とまっているのが見えた。

「……あれは」
 胸騒ぎを覚えて、陽斗は部屋を飛び出した。階段をおりて玄関に向かい、鍵をあけて外に出る。門までの短い距離を駆けていき道路に踏み出すと、その先に見覚えのある外国車があった。

 車の横に背の高い男が立っている。街灯の青白い灯りを浴びて、まるで絵のようにたたずんでいる。陽斗はフラフラとそちらに歩いていった。男が陽斗を確認して、温かな笑顔を浮かべる。そして「おいで」というように両手を広げた。

「……なんで」
 なんでここに。
 拒否する気持ちは微塵もわかなかった。それどころか吸いよせられるように、男の腕の中に向かっていた。気づけば、ぽすん、とかるい音がして、陽斗は高梨に抱きとめられていた。

「大丈夫?」
 SNSに書きこめばすぐに迎えにくるよと、この前、男はそう言った。けれどいくらなんでも早すぎるだろう。でも今は、その光のような素早さがありがたかった。

「何かあった?」
 蕩けるような甘い低音でたずねてくる。両手は陽斗をしっかりと抱きしめていた。
「……面接に」
「うん」
「落ちた。……最後のいっこで、絶対採用されたいって、賭けてたのに」
「そう」

 高梨は香水の類いは使っていないらしい。スーツからは都会のほこりっぽい空気と、人混みと車のシートの匂いがした。一日懸命に働いてきた人の匂いだ。それが自分を守ってくれる鎧のようで、陽斗は男の胸で素に戻っていた。  

「それから、光斗が、駅でストーカーに襲われて、ホームから転落しそうになった」
「それは大変だ。怪我は?」
「……なかった。けど、犯人は逃げて」
「うん」

 高梨の手が、陽斗の背中をゆるゆると撫でる。あやすような仕草に泣きそうになった。
「光斗のことが心配なんだ……。また奴がきたら、襲われたらって思うと、どうしてやればいいのか全然わかんない。仕事が決まらないから、警備会社にも入れないし、生活も不安定で……」
「そうか。わかった」
 高梨が陽斗のつむじにキスをする。そうして、穏やかにささやいた。

「なら、僕に任せてくれればいいよ。全部、僕が解決してあげる」
「……えっ」
 陽斗は顔をあげた。

「君に仕事を見つけてあげよう。それから光斗君にボディガードをつけてあげるよ。警備会社に頼んで家の周囲と通学を守らせれば、ストーカーも近づけなくなるだろう。何も心配することはない」
「え? けど……」
 戸惑う陽斗に、高梨が優しく言う。

「わかってる。ただじゃ受け取れないよね。君の性格からすれば。だから、僕も条件を出そう」
「……条件」
「うん。条件だ。君は、僕が何を望むか、わかってるはずだから」

 男の眼差しは優しかったが、虹彩の奥には強い意志があった。
 陽斗は男の腕の中でブルリと震えた。それは怖じ気からだったか、歓喜からか。
 高梨の望むモノ。それは――。

「……で、でも、俺は発情しない機能不全オメガだ。そんなオメガをモノにしたって……」
「気持ちの問題なんだ」
「え」
 男の瞳がふと、真面目なものに変化した。
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