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屋敷へ 2
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高梨はここでひとりで暮らしているのだろうか。だとしたら随分ともの淋しい生活をしている。ここには高級品はあふれているが、生活感というか、人の温かみが欠けている。
そうしていたら、廊下の先からバタンと音がした。誰かが家にやってきたらしい。カツカツという革靴の音に続いて部屋の扉があいて、あれこれ想像していた人物が入ってきた。
「やあ」
陽斗を歓迎するように、高梨がにっこりと笑みを浮かべて両手をかるく広げる。仕立てのよいダークネイビーのスーツはきっと外国製だろう。彼にとてもよく似合っていた。
「こんにちは」
陽斗はライオンの檻に自らやってきた哀れな子羊のような心境で、少し緊張気味に微笑んだ。
「嬉しいよ。きてくれて」
高梨はいつも通りの煌めく笑みを見せ、それから事務口調で言った。
「じゃあまず、契約を交わそうか。これから一ヶ月間、君と僕の間でどんな取引をするのかっていう」
「あ、うん。いや、――はい」
陽斗は取引相手になった高梨に対し、言葉遣いを改めて返事をした。
向かいあってソファセットに座ると、高梨がアタッシュケースから書類を取り出す。それを陽斗に手渡してきた。
数枚のA4用紙には、契約期間と、いくつかの取り決めが書かれている。光斗についての諸々と、あとは『契約中は勝手に敷地内から出ないこと』『発情したらかかりつけの医者にフェロモン型を確認してもらうこと』などの細かい指示が記されていた。陽斗はすべてに目を通して了解した後サインをした。
書類を受け取った高梨がそれを鞄にしまい、腰をあげる。
「じゃあ、君の部屋に案内しよう。これから一ヶ月間、すごす部屋だ」
「……はい」
ゴクリと喉を鳴らして頷く。
高梨は応接室を出ると広い廊下を進み、階段をのぼって二階へ向かった。時代を感じさせる飴色の板張り廊下の先に、アンティークな木製のドアがある。
「ここだよ」
高梨がドアノブをひねってゆっくりと扉をあける。中は十五畳はあろうかと思われる落ち着いた雰囲気の客室だった。
ベッドは真ん中にひとつ。その横に奇妙な形の、木製の肘かけ椅子がある。椅子には医者の診察台のようなベルトや足かけがついていた。これは映画で見たことがある。医者が患者の股間を治療するときに用いるものだ。
椅子の隣にはキャスター付きの小机があり、ノートPCと黒い革製の四角いキャリーケースがおいてあった。キャリーケースは治療器具などを収納するものに似ている。
陽斗は嫌な予感に胸を震わせた。
これはいったい何なのだろう。こんなものを、何に使うのか。
診療台とキャリーケースから目が離せないでいると、横にきた高梨が耳元で囁いた。
「服を脱いで」
「……え」
見あげると、銀色の瞳が笑っている。
「下だけでいいから」
「な、なんでですか」
「何でもすると言っただろう。僕の好きにさせてくれると」
その顔には、今までの温和さが見られなかった。笑ってはいるが感情が読めない。整いすぎた容姿のせいで、まるでホラー映画の冷酷な殺人犯が、獲物を前に薄く笑っているような表情にも思える。
「……」
陽斗は急にここから逃げ出したくなった。
「なっ……な、何を、するん、すか」
ろれつが回らなくなった舌で問いかける。
「君の発情を引き出すんだよ」
「どうやって」
「見ればわかるだろう」
高梨がチラと診察台に目を移す。
そうしていたら、廊下の先からバタンと音がした。誰かが家にやってきたらしい。カツカツという革靴の音に続いて部屋の扉があいて、あれこれ想像していた人物が入ってきた。
「やあ」
陽斗を歓迎するように、高梨がにっこりと笑みを浮かべて両手をかるく広げる。仕立てのよいダークネイビーのスーツはきっと外国製だろう。彼にとてもよく似合っていた。
「こんにちは」
陽斗はライオンの檻に自らやってきた哀れな子羊のような心境で、少し緊張気味に微笑んだ。
「嬉しいよ。きてくれて」
高梨はいつも通りの煌めく笑みを見せ、それから事務口調で言った。
「じゃあまず、契約を交わそうか。これから一ヶ月間、君と僕の間でどんな取引をするのかっていう」
「あ、うん。いや、――はい」
陽斗は取引相手になった高梨に対し、言葉遣いを改めて返事をした。
向かいあってソファセットに座ると、高梨がアタッシュケースから書類を取り出す。それを陽斗に手渡してきた。
数枚のA4用紙には、契約期間と、いくつかの取り決めが書かれている。光斗についての諸々と、あとは『契約中は勝手に敷地内から出ないこと』『発情したらかかりつけの医者にフェロモン型を確認してもらうこと』などの細かい指示が記されていた。陽斗はすべてに目を通して了解した後サインをした。
書類を受け取った高梨がそれを鞄にしまい、腰をあげる。
「じゃあ、君の部屋に案内しよう。これから一ヶ月間、すごす部屋だ」
「……はい」
ゴクリと喉を鳴らして頷く。
高梨は応接室を出ると広い廊下を進み、階段をのぼって二階へ向かった。時代を感じさせる飴色の板張り廊下の先に、アンティークな木製のドアがある。
「ここだよ」
高梨がドアノブをひねってゆっくりと扉をあける。中は十五畳はあろうかと思われる落ち着いた雰囲気の客室だった。
ベッドは真ん中にひとつ。その横に奇妙な形の、木製の肘かけ椅子がある。椅子には医者の診察台のようなベルトや足かけがついていた。これは映画で見たことがある。医者が患者の股間を治療するときに用いるものだ。
椅子の隣にはキャスター付きの小机があり、ノートPCと黒い革製の四角いキャリーケースがおいてあった。キャリーケースは治療器具などを収納するものに似ている。
陽斗は嫌な予感に胸を震わせた。
これはいったい何なのだろう。こんなものを、何に使うのか。
診療台とキャリーケースから目が離せないでいると、横にきた高梨が耳元で囁いた。
「服を脱いで」
「……え」
見あげると、銀色の瞳が笑っている。
「下だけでいいから」
「な、なんでですか」
「何でもすると言っただろう。僕の好きにさせてくれると」
その顔には、今までの温和さが見られなかった。笑ってはいるが感情が読めない。整いすぎた容姿のせいで、まるでホラー映画の冷酷な殺人犯が、獲物を前に薄く笑っているような表情にも思える。
「……」
陽斗は急にここから逃げ出したくなった。
「なっ……な、何を、するん、すか」
ろれつが回らなくなった舌で問いかける。
「君の発情を引き出すんだよ」
「どうやって」
「見ればわかるだろう」
高梨がチラと診察台に目を移す。
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