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本編
4 泣き虫の夜④
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昔の夢を見た。高校生の頃の記憶だった。
「鍵田くん、来週の月曜日もシフト入れる?」
「大丈夫です」
「ありがとう!いやあ、新人の女の子が急に体調崩したっていうもんだから困ってたんだ。いつも助かるよ」
「いえ……俺はお金を稼ぎたいだけなんで」
「いやあ、立派だねぇ……。高校卒業してもずっとうちにいて欲しいくらいだよ」
「お母さん、ただいま」
「あら、あんた、いつもこんな遅い時間に帰ってきてるのね。シフト、入れ過ぎじゃないの?」
「飲食店だからどうしても夕方が忙しいんだ。これぐらいにはなるよ。母さんは、今日は早く仕事終わったんだ?」
「飲み会あるっていうからさぁ、仮病使ってさっさと帰っちゃった。今日は職場の人と酒飲む気分じゃなくって。あ、あんたも飲んでみる?」
「ちょっと、俺未成年!」
「あっはは!そんなふうには見えないね。すっかり大きくなっちゃってさ。昔はあんなに弱っちかったのにねぇ」
「……うるさい」
「……あ、父さん。帰って、たんだ?」
「…………」
「その、バイト先の店長が、余ったパンを分けてくれたんだけど……ここに、置いておくね」
父さんは理不尽に俺を殴る人だった。俺が高校生になってからは無くなったけど、今でも俺を視界に入れると不機嫌そうに顔をしかめる。母さんは父さんを怒らせたくないから、東亜案が家にいるときは何も喋らない。俺が病に臥せっているときも、父親に殴られているときも、ずっと何も言わない。ただ見たくないものを見ないようにするように、俺から顔を背けるばかりだった。
どうして二人は離婚しないのだろうと何度も思ったが、面と向かって聞いたことはない。聞いてしまったら、母さんも父さんも期限を損ねてしまうことがわかっていたからだ。
父さんは嫌いだし憎たらしいけど、母さんのことは憎んでいない。父さんがいないときはそれなりにかわいがってもらったし、家計のために仕事を一生懸命にしていたからだ。心の何処かで複雑な気持ちが残り続けているのは、本当のことだけど。
友人やバイト先の店長は、俺を痛ましそうな目で見ることがある。可哀想に、不幸だねと言われたことがある。俺としては、ちょっと特殊な家庭ではあるけど、だからといって不幸でも幸せでもない人生を送っていると思うのだが、他人から見れば可哀想に思うレベルらしい。
流石に顔に痣を作って学校に行ったときはそう思われても仕方がないなと思ったけど、それ以外はそう悪くない人生だと思う。主に、優しい友人たちのおかげだけど。
ただ、理由もよくわからないまま涙が出てしまう夜はある。寂しいと口には出すけれど、本当に寂しいからなのかはよくわからない。胸の中に穴がぽっかりと空いた感じがして、苦しくなる。その穴を初めて埋めてくれたのが、恋人である絵莉さんだったのだ。
目尻から流れた一滴の涙が、ぽちゃん、と湯に落ちた。
「鍵田くん、来週の月曜日もシフト入れる?」
「大丈夫です」
「ありがとう!いやあ、新人の女の子が急に体調崩したっていうもんだから困ってたんだ。いつも助かるよ」
「いえ……俺はお金を稼ぎたいだけなんで」
「いやあ、立派だねぇ……。高校卒業してもずっとうちにいて欲しいくらいだよ」
「お母さん、ただいま」
「あら、あんた、いつもこんな遅い時間に帰ってきてるのね。シフト、入れ過ぎじゃないの?」
「飲食店だからどうしても夕方が忙しいんだ。これぐらいにはなるよ。母さんは、今日は早く仕事終わったんだ?」
「飲み会あるっていうからさぁ、仮病使ってさっさと帰っちゃった。今日は職場の人と酒飲む気分じゃなくって。あ、あんたも飲んでみる?」
「ちょっと、俺未成年!」
「あっはは!そんなふうには見えないね。すっかり大きくなっちゃってさ。昔はあんなに弱っちかったのにねぇ」
「……うるさい」
「……あ、父さん。帰って、たんだ?」
「…………」
「その、バイト先の店長が、余ったパンを分けてくれたんだけど……ここに、置いておくね」
父さんは理不尽に俺を殴る人だった。俺が高校生になってからは無くなったけど、今でも俺を視界に入れると不機嫌そうに顔をしかめる。母さんは父さんを怒らせたくないから、東亜案が家にいるときは何も喋らない。俺が病に臥せっているときも、父親に殴られているときも、ずっと何も言わない。ただ見たくないものを見ないようにするように、俺から顔を背けるばかりだった。
どうして二人は離婚しないのだろうと何度も思ったが、面と向かって聞いたことはない。聞いてしまったら、母さんも父さんも期限を損ねてしまうことがわかっていたからだ。
父さんは嫌いだし憎たらしいけど、母さんのことは憎んでいない。父さんがいないときはそれなりにかわいがってもらったし、家計のために仕事を一生懸命にしていたからだ。心の何処かで複雑な気持ちが残り続けているのは、本当のことだけど。
友人やバイト先の店長は、俺を痛ましそうな目で見ることがある。可哀想に、不幸だねと言われたことがある。俺としては、ちょっと特殊な家庭ではあるけど、だからといって不幸でも幸せでもない人生を送っていると思うのだが、他人から見れば可哀想に思うレベルらしい。
流石に顔に痣を作って学校に行ったときはそう思われても仕方がないなと思ったけど、それ以外はそう悪くない人生だと思う。主に、優しい友人たちのおかげだけど。
ただ、理由もよくわからないまま涙が出てしまう夜はある。寂しいと口には出すけれど、本当に寂しいからなのかはよくわからない。胸の中に穴がぽっかりと空いた感じがして、苦しくなる。その穴を初めて埋めてくれたのが、恋人である絵莉さんだったのだ。
目尻から流れた一滴の涙が、ぽちゃん、と湯に落ちた。
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