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怒った志島くんは災害クラス

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「ちょっとフジモン先輩!何であの人が来てるんですか」

「いや俺だって自分から声かけた訳じゃねーよ。あっちの方から来たいって言ってきたんだ。断れるわけねーだろ」

「そこは断ってくださいよ。びしっと男らしく。同期でしょ」

「無理無理!戦闘能力違いすぎんの見てわかるだろ!?ボコボコにされて病院送りとか、ぜってえ嫌だし。」

「入院したら看護師とお近づきになるチャンスじゃないですか。美人系から可愛い系から熟女系から選り取り見取りだって、前言ってたくせに」

「ああ、そうか。それもそうだった。でも、無理ぃー」

 ヒソヒソ声のくせにやたらよく聞こえる二人のくだらない会話を聞きながら、頼んだサワーをぐびぐび飲む。

 ばっかみたい。断られたからって志島くんが怒るわけないじゃん。
 志島くんは優しいんだぞ。絶対に怒らないんだぞ。
 荒ぶる鬼神のごとき顔をしているけど、怒ってるわけじゃないんだぞ。

「ほら、見てみろよ。やべえよ。今少しでも気に障ること言ったら、懐からトカレフ出してサイレンサーも取り付けずにバンバン撃ってやるぜオラア、って顔してんよ」

「もしくはすでに人の一人や二人殺してきて、昂った殺人衝動をどうにかして鎮めるために酒の力を借りてるって顔ですね」

 酷い。酷すぎるよ。
 人を殺してそうな顔してるからって本当に殺してる訳ないじゃん。志島くんが好きな動物はジャンガリアンハムスターなんだぞ。スマホの待ち受けはとっとこフムタローなんだぞ。

 ほら今だって、いつも通りの単に怖いだけの顔をしているだけじゃないか……って、あれ。

 怒ってる。
 あの顔は確かに鬼神のごとく怒ってらっしゃる。人を殺してはいないけど、殺してやるぜと息巻いてもおかしくない顔立ちをしている。
 志島検定(略してしじ検)準2級の私が言うのだから間違いない。

「ひいいいい、やべえ!俺めっちゃ睨まれてる!殺すぞビームめっちゃ食らってるよ!何で?何で俺?」

 隣に座っていた藤本ががくがくと身体を震わせ、私を盾にするようにさっと後ろに隠れた。
 自覚ないとか、最低だなこいつ。
 誰だって自分の身に覚えのないことをアレコレ言われたら嫌な気分になるだろう。遠く離れた席に座る志島くんに今の会話は聞こえてないだろうけど、自分の悪口というのは何となくわかってしまうものだ。

 藤本の言う通り、志島くんは視線で藤本を殺せるほど鋭く睨んでいる。
 第六感の全くない私にさえ、志島くんの背中から湧き上がる禍々しいオーラがはっきりと目視できるほどだ。
 あれ、急に髪の毛逆立って金髪になったりしないよね?穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士、スーパー志島くんにとかならないよね?
 そんなことを半分本気で思っちゃうくらい、今の志島くんはどこからどう見ても怒っていた。

 ああ、もしかして私も一緒になって悪口を言っていると思われてるのかな。
 だからこんなにも怒っているのかもしれない。
 あのアマ俺の前ではいい顔しておきながら、いい度胸じゃねぇか上等だゴラァ、って。

 ううん、志島くんはそんなこと言わない。
 だって志島くんは優しいから。
 白髪を抜かせてくれるし、耳クソ取らせてくれるし、勝手にシコシコしても怒らないし、私の事何回もイカせてくれたし…本当に、志島くんの半分以上は優しさでできていると言っても過言ではない。

 だから怒ってるんじゃなくて、もしかして傷ついているのかもしれない。
 彼はその見た目に反比例するかのように、心も手つきも繊細だ。仲が良いと思っていた私が一緒になって悪口を言ってると思い、悲しみに明け暮れているのかもしれない。
 言ってない、誤解だよ!志島くんの悪口なんて絶対に言わないよ!むしろ反対に愛の告白をしたいくらいなんだよ!
 否定の念を込めて、もう一度志島くんを見る。

 ああ、だめだ。やっぱ怒ってる。怒りしかない。
 環境汚染によって生み出された大怪獣が「ニンゲン、コロス」って言いながら町をめちゃくちゃに破壊してる時と同じ顔をしてる。

「もうさー、ちゃっちゃっと切り上げて別の店で仕切り直さねえ?あいついると盛り上がんねえよ」

「そうですね。今この部屋の中、生きるか死ぬかの選択肢を迫られてるみたいな緊迫感漂ってますもんね。社長と専務が飲み会にお忍び参加したときの方がまだ和やかでしたよ。もう、本当になんで来たんだろ」

「知らねえよ、嫌がらせか!?」

 確かに。
 志島くんがこういう飲み会に参加するのは珍しい。私も全然行かないから分かんないけど、志島くんがお酒を飲みながら仕事仲間と談笑するイメージは微塵もない。ていうか酒の席関係なしに、談笑どころか誰かと会話している所でさえあまり見ない。

「それかさ、もしかしてあいつも彼女欲しいとか」

「ええ!?ちょっ!怖いこと言わないで下さいよ!どーしよう、目つけられたら。だって私可愛いじゃないですかぁ!絶対今日来たメンバーイチ可愛いじゃあないですかぁ!?不動のセンターじゃないですかぁ!?俺の嫁にならないとお前の一族全員食い殺すぞとか脅されたら、どーしましょー!」

 藤本の言葉に後輩が本気で狼狽え始めて、嫌な気分になる。
 そんなこと、あるはずない。志島くんは見た目とか気にしない。それに志島くんは後輩みたいなタイプ、好きじゃない。はず、多分。

 でも、ふっと映像が頭によぎる。
 筋肉モリモリな志島くんの腕にしなだれかかっていた女の子。
 確かに、後輩くらい若めで、服装もいかにも今時の女子ってかんじで、髪の毛も可愛くアレンジしていた。

 もしかして志島くんは、ああいう子がタイプなのかな。

 私みたいな外見大人しそうなモブで中身変態じゃあダメなのかな。そういう需要は志島くんの中にはないのかな。
 ああ、だめだ。また悲しい気持ちになってきた。
 もう誰かに話を聞いてもらって発散なんてさせなくていいから帰りたい。
 ていうか志島くんのいる所で志島くんに失恋した話なんてできる訳ないし、後輩はともかくその話をよりにもよって藤本なんかに聞いてほしくない。帰って一人部屋で志島くんを想って涙を流しながらラブイズオーヴァーをBGMに安い酒をちびちび飲みたい。
 自分ワールドに浸りに浸って引きこもりたい。

「……ごめん、私やっぱ帰るわ」

「ちょい川村ずりいぞ、一人だけ!よし、俺も出る!一緒にいくぞ。で、少しずつ抜けて別の店で合流して仕切り直ししようぜ」

「あ、それいいですね。じゃあこの場の皆、もちろんあの人以外にメッセします。お店リクありますか?なければ私勝手に選びますよ」

「ちが、そういう意味じゃなくて。私は本当に帰りたいの」

「はいはい。そういう、彼氏欲しいけどそういうの興味ないって言っちゃった手前今更本当は欲しいんだなんて言い辛いから藤本もっと私を引き留めてアピール、いいからいいからぁ~」

「だから違って!うぎゃっ、離せ!離してー!」

「はいはい。そういう、本気で嫌がってると見せかけて内心俺に腕掴まれて嬉しい藤本も男の人なんだ、きゅんってのも今はいいからいいから~」

 嬉しくないわ!なんだ、きゅんって!なるかぁ!!

 藤本に手首を掴まれ、それを振り払おうと力をこめる。男の平均よりも身長低めで胸板も薄めで輪郭も削りすぎた鉛筆のようにシャープなヒョロ男藤本のくせに、やっぱり女の私よりは全然力が強くてびくともしない。必死に抵抗するも敵わず、ズルズルと引きずられるように店の入り口まで連れてこられてしまった。

「じゃ、フジモン先輩。先行っててください。殿しんがりは私にお任せあれ」

「おう、頼むぞザキヤマ。……死ぬなよ」

 後輩と藤本が笑みを消して顔を見合わせる。
 そういう、長坂の戦いで迫り来る曹操の大群を食い止める為にたった一人で残った張飛と劉備みたいなくだり、いらないから!今やられてもムカつくだけだから!

「さあ、振り返らずに行くぞ川村。ザキヤマちゃんの死を無駄にするな」

「だから行かないって言ってるじゃん!とりあえず離して!本当に無理!」

「いい加減素直になれよ川村あ~。天邪鬼が許されるのは可愛い女子だけだぞ」

 元々尖った顎を更に尖らせ、目をニヤニヤと細めた藤本に超上から目線で言われる。

 うがっ!超ムカつくこいつ。何この顔。
 いい加減我慢の限界で藤本を殴り飛ばそうかと思ったその時、照明が何かによって遮られ視界がフッと暗くなった。

 え、停電?……ではなさそうだ。じゃあ、一体――

 何事かと後ろを振り向けば、そこには壁。ではなく男性のスーツが見え、ゆっくりと視線を上げていくとそこには――

「その手を離せ、藤本」

「……ふえ?」

「……あ」

「うぎゃぁーーー!出たぁぁーー!!巨鬼オーガぁぁぁああ!!」

 私と藤本に覆いかぶさるように、ゴゴゴゴゴゴ…とおどろおどろしい擬音を背負った志島くんが仁王立ちしていた。

「藤本。離せと言ってるのが、聞こえないのか?」

「離します離しますはいっ離しました!じゃ、川村さんさようなら!アデュー!」

 一人ぎゃあぎゃあ騒いでいた藤本が掴んでいた私の手首をぽいっと離し、颯爽とこの場から去っていく。この逃げ足の速さ、この手のひらの返しよう。藤本の期待を裏切らない小物っぷりに、むしろ安堵する。
 個室の入り口には顔面蒼白にした後輩を始めその他諸々のメンツが、私に向かって両手を合わせて必死に謝っている。むしろ、ははーって感じでひれ伏している。
 何だか志島くんという名の荒神様に村を救う為に献上される生贄の心境だ。

「川村」

「うわあ!」

 皆の姿に呆れていると、不意にさっき藤本に掴まれた方とは反対の手首を志島くんに掴まれ、そのまま無言で店の外へと連れてかれた。


「……川村、ありがとう。お前の死は決して無駄にはしないぜ。つーことで、乾ぁ杯~~~!!」

 私達が店からいなくなった瞬間に二度目の乾杯が行われたなんて、もちろん知る由もなかった。


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