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童貞は宣言する

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「ぉ、だじま…くん…」

 名前を呼ばれ、ハッと我に返った。

 パリパリの白いシーツをぼんやりと照らすオレンジ色の間接照明。と、ツインベッドに仰向けに寝そべる青島、に覆いかぶさる俺。
 およそ十五センチ先に青島の顔。分厚い眼鏡とサージカルマスクを外し、重い前髪が横に流れ、いつもは隠されている素顔が晒されている。

 ああ、そうだ。
 確か、青島とヤる為にゲームを引き合いに飲みに誘って、そんでいい感じに酔っぱらったのを見計らってゲームを引き合いにラブホに連れ込んで。いや、連れ込もうとしたんだけどラブホが満室で。どうしようかと内心焦っていたら青島に近くにシティホテルがあるからって言われて、ついて行って、部屋に入って、押し倒して。

 なう。

 そこまで順調すぎるほど順調に進んできたというのに、ここに来て時が止まった。思考と身体が、止まってしまった。

 なぜなら、ここから先は未知の領域だ。

 クソ。このまま酒の勢いとノリに任せて突っ走ってしまいたかった。どうせ気付くなら、事を終えたその後に気付きたかった。何故、一旦冷静になってしまったのだ俺よ。
 しかし、それも仕方ないこと。なにせ俺は慎重で繊細な男なのだ。石橋を叩いて叩いて叩いて叩いてからじゃないと渡れない男なのだ。初めての出来事にめっぽう弱い。

「ぁ、の……」

 小田島の声に、またしてもハッとなる。
 いかん、また思考が飛んでいた。いや、ちょっと考え事をしていただけで、酔いが醒めて今の状況にビビったとか、そんなんじゃねぇし!

 そうだ。冷静になれ、小田島。
 相手はあの青島だぞ。地味で地味で地味すぎてモブ以下で事務所の背景と同化しているほど存在感を限りなく消しているコミュ障の青島だぞ。緊張なんて、する訳がない。

 改めて、十五センチ先にある青島の顔を見る。

 意外と大きな目、意外ときれいな二重、意外と長い睫毛、意外と艶っぽい口元、意外と均整の取れた顔立ち。

 ……あれ、これ本当に青島だよな。
 間違えて違う女の手引っ張ってきちゃったとか……いやいや流石にそれはない。
 だって着てる服一緒だし。青島の定番、何の面白みもない白シャツ(もちろんボタンは首の一番上までかっちりと留められている)に何の面白みもない濃紺のスカート。入社六年目にして未だフレッシャーズスタイル。
 やはり地味で地味で地味でモブ以下の青島だ。

 ……青島、だよな?超至近距離でばっちり視線合ってるけど、キョドってる感じ一ミリも感じないけど。

 いや!最早本当に青島なのか青島じゃないのかはこの際どうでもいい!

 今のこのシチュエーション、齢28にしてようやく訪れたこの絶好の機会を無駄にするわけにはいかない。

 小田島、セックスします!!


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