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浅草の恋敵

9話

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「それじゃあ、お父っつあん、行ってくるよ」

 悠耶が草履に足を通すと、風介は湯呑みを静かに置いた。

「もう行くのか? 一人で本当に大丈夫なのか。午後ならお父っつあんも行ってやれるんだが」

「大丈夫だよ。浅草は、この間まで住んでた場所だよ」

「それはそうだが、つい先日だって拐かされたばかりだろう。それにお前が縁談に乗り気でないなら、あまり一人で先方へ行くのは……」

 風介は、どこか不安な様子だった。

 だが、悠耶は、にっこり微笑んだ。

「それとこれとは、話が別だよ。お父っつあんは信じないけど、妖怪を見つけて悪戯を止める仕事なんだ。それに惣一郎も一緒だから、一人じゃないよ」

 初仕事に行く娘をただ憂慮しているのかと思った。

 だが、どうやら違ったようだ。

 そうか、縁談を断った相手の元へ一人で行くのは良くないのか。
 
 だから昨日、惣一郎は「深如の所へ行くのだから、ついて行く」というような言葉を残したのか。
 
 なるほど、流石は惣一郎だ。悠耶は一人で頷いた。

 悠耶は惣一郎の眼力に感心したのに、逆に風介は驚いた。

「若旦那も? 一緒に浅草へ行くのか?? 昨日も昼飯をご馳走になってただろ?」

「言っていなかったっけ? 惣一郎とご飯を食べてる時に深如がやって来たんだ。深如の所へ行くなら、ついて来てくれるってさ」

「はぁ~。……若旦那も、暇じゃなかろうに」

 風介は頷いて、腕を組む。更に首を捻った。

 納得しているのか疑問に思っているのか、わかり辛い。

「なんだい、その仕草は。お父っつあん、変なの」
 
 悠耶はけらけら声を立てて笑い、腰高障子に手を掛けた。

「惣一郎の所へ寄ってから、浅草へ行くね」

「なあお悠耶、お前、若旦那はどう思ってるんだ」

「惣一郎を? どうって?」

 どうって、どういう意味だろう?
 
 悠耶は最後に見た昨日の惣一郎の姿を思い浮かべた。

 ちょっとぼんやりしたような、項垂れた様子を思い出し、吹き出した。

「惣一郎ってさあ、面白いよね!」

「面白いだけか? 他にもあるだろう。こんなに頻繁に会って、お前、若旦那をどう思う」

 風介はどんな返事を望んでいるのだろう。物足りない面持ちで悠耶の次の言葉を待っていた。

「だから、面白くって、良い奴だと思うよ」

「良い奴な、だけか? 他には? 例えば、何てえか……」

「何だよ、お父っつあん気持ち悪いなあ。良い奴なだけじゃなく面白いよ。じゃあね、おいら、もう行くよ!」

 大真面目な顔で食い下がって来た風介を残し、悠耶は部屋を出た。
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