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美坊主の悪あがき

8話

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「惣一郎、お水ちょうだい」

 惣一郎は悠耶に請われるがまま、瓢箪ひょうたんを差し出した。

 瞬く間に団子二串を腹に納めて、喉が渇いたらしい。
  
 団子の入った葉蘭を膝に載せ、左手には一串、握ったまま、水を飲んでいた。

 だが蓋を閉める際にしくじって、腹の上に水を零してしまう。

 悠耶は慌てて団子を葉蘭に戻して、蓋を閉め直した。

「ちっと汚れてるが、これを使いな。裏側は綺麗だから」
  
 惣一郎が懐から手拭を取り出す。貸してもらって悠耶は、あっと声を出した。

「どうした?  なんぞ不具合でもあったか」

「さっきはすぐ渡そうと思っていたのに。嫌だなあ、団子にばかり気を取られて忘れていたよ」
  
 さっと惣一郎の手拭で腹部の水気を払ってから、悠耶は懐に手を入れた。

「団子屋の横にさあ、十九文店が出ていたんだ。ねっ、これ、惣一郎は気に入るかなあ」
  
 貸した手拭とは別の手拭を渡される。

「これを、気に入るかって……?」

「珍しい柄だよね?  三日月と満月、二つ描いてあって、可愛いだろ。この間、惣一郎のお気に入りだった蛸柄の手拭を、おいらのせいで駄目にしちまったし、いつも世話になっているから。お父っつあんからだけじゃなく、おいらも何かお礼をあげたいって思ってたんだ」
  
 惣一郎は落ち込んでいたので、すぐに頭が動かない。

 受け取った木綿の手拭には白地に紺の染めが入っていた。

 確かに輪郭の柔らかい、細い月と、小さな満月が描かれている。

 恐らく、小袖をほぐして作り直した手拭だ。
  
 これは月の柄じゃなくて露芝だよ……。

 うちには手拭いなんて山ほどあるのに。

 せっかく身を削って稼いだ給金を、俺への贈り物なんか買って無駄遣いするな。

 などと、様々な詮無き言葉が思い浮かんだ。

 だが、全て声にならなかった。

「お父っつあんには、帰ったら……」

 すぐ隣には蕨乃がいるし、何もできなかった自分には、過ぎた行為だとわかっていた。

 でも体が勝手に手を伸ばしていた。惣一郎の腕は悠耶を引き寄せ、抱きしめていた。

「惣一郎?  どうしたの、どこか痛い?」

 悠耶は多少慌てて、喋っていた台詞を引っ込めた。

 でも、拒絶は、されなかった。

「どうしたのさ、急に。……泣いているのを見られたくないの?」
  
 惣一郎は強く首を振る。

「泣いてねえ。気のせいだ」

「気に入ってくれたの?」
  
 今度は、首を縦に振った。

「気に入った。一等気に入った。大事にする」

「なら、よかった。おいら、人に贈り物をするのは初めてだからさ、ちょっと憂慮していたんだ。気に入らなかったら、どうしよう、って」
  
 惣一郎の腕の中で、悠耶は小さく安堵の息を吐く。
  
 なんとか細やかな身じろぎだろう。
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