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事情
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「お前、そんなことを考えていたのか」
「だから、団長の本音だと言ってるじゃ――ああ、やはり自覚がないんですね」
ルーカスの狼狽ぶりに、セルゲイは呆れた風に肩をすくめた。
「団長の言動を総合的に判断すると、誰よりオリヴィエを女として見ているのは団長です。無意識に団員たちの前で
セクハラ行為を尽くす前に、素直に愛を告白するべきではないでしょうか」
「……それは無理だ」
ルーカスは、水差しの取っ手に指をかける。まだ三分の一ほど残っているが、グラスに注ぐ気にはならない。
「どうしてです?」
「まず、俺は王になる。聖女を娶るのが、この国の慣わしだ」
水差しから、直接水を喉に流し込む。冷たい水が火照った体に気持ちいい。
「だから、俺はあいつとどうこうなるつもりはない」
口にするつもりのなかった本心が、するりと滑り落ちてしまう。
もうずっと昔から、ルーカスはオリヴィエに恋をしていた。だがそれは叶わぬ夢だ。
「どうしてです?」
セルゲイは遠慮がない。容赦なく踏み込んでくる。
「……それは」
ルーカスは一瞬口籠り、再び水をあおると一気に残りを飲み干し、ことりとデスクに置いた。
「あいつは正妻になるべき女だ。中途半端に俺に縛り付けてはおけない」
自分でも驚くほど、覇気のない声になってしまった。
「なるほど、納得しました。では尚更、愛を乞うべきです」
「だから……」
「違います。妾妃に甘んじてもらえるよう、許しを請うのです。恐らく、彼女なら、理解してくれるでしょう」
ルーカスは、まじまじとセルゲイを見た。
理解してくれる、とはどういう意味だ?
「たしかに皇太子は聖女と婚姻する慣わしです。が、現在聖女は不在。いつ現れるかは、誰にもわかりません。ルーカス様の即位まで現れなければ、どの道、側妃を迎える声が高まります。その時になってオリヴィエが適齢期を過ぎていたら目も当てられません」
「……よく考えているな」
――適齢とは、出産の適齢期だ。当然ながら王族は継承者を残さねばならない。
優先されるのは正妃の生む男児だが、なければ妾妃の子にも権利が回る。
「当たり前です」
「頭が痛くなってきた」
ルーカスは自嘲気味に呻いた。そんなルーカスを余所に、セルゲイは続ける。
「必要な事柄には最速で処理に当たるべきです。彼女のためとか、建前は結構です。いえ、オリヴィエのためと思う
なら、余計に卑怯に立ち回るべきです」
「どうして、お前がそれほど熱心なんだ」
「別に、馬鹿馬鹿しいと思いましてね。団長が騎士団員の育成に熱心だったのは、オリヴィエの件もあるからですよね」
「なぜ、それを?」
「3年前を境に、団長は騎士団の活動に取り付かれたようにのめり込むようになった。3年前は聖女選定が行われた年、オリヴィエは聖女の排出で有名なシルバーモント家の令嬢……色々総合すると、団長の心の中が透けて見えるんですよ、気の毒なほど」
秘めていたつもりだったのに、次々と言い当てられて、もはやぐうの音も出ない。
「お前の言う通り、俺はあいつを、オリヴィエを、どうしても手に入れたい。そう、俺に観念させて、いったいどうしたいんだ?」
観念して告白した。
しかし思いの外、心は凪いでいる。
「俺は聖女の加護がなくても、この国が立ち行くようにこの騎士団を増強するくらいしか思いつかない。お前に何か考えがあるのか?」
「……まずは」
意を決したように、セルゲイは頷いた。
「週末にボッカの街で開催される舞踏会に出席してください。オリヴィエをエスコートして」
「なんだと?」
思わず声が裏返った。
ごほん、とわざとらしく咳払いをしてごまかした。
ボッカの街は王都から馬で3日ほどの距離に位置する辺境の街だ。
貴族や商人たちが集まる社交場として栄えている場所だが、滅多に騎士団の人間が足を踏み入れることはない。
「だから、団長の本音だと言ってるじゃ――ああ、やはり自覚がないんですね」
ルーカスの狼狽ぶりに、セルゲイは呆れた風に肩をすくめた。
「団長の言動を総合的に判断すると、誰よりオリヴィエを女として見ているのは団長です。無意識に団員たちの前で
セクハラ行為を尽くす前に、素直に愛を告白するべきではないでしょうか」
「……それは無理だ」
ルーカスは、水差しの取っ手に指をかける。まだ三分の一ほど残っているが、グラスに注ぐ気にはならない。
「どうしてです?」
「まず、俺は王になる。聖女を娶るのが、この国の慣わしだ」
水差しから、直接水を喉に流し込む。冷たい水が火照った体に気持ちいい。
「だから、俺はあいつとどうこうなるつもりはない」
口にするつもりのなかった本心が、するりと滑り落ちてしまう。
もうずっと昔から、ルーカスはオリヴィエに恋をしていた。だがそれは叶わぬ夢だ。
「どうしてです?」
セルゲイは遠慮がない。容赦なく踏み込んでくる。
「……それは」
ルーカスは一瞬口籠り、再び水をあおると一気に残りを飲み干し、ことりとデスクに置いた。
「あいつは正妻になるべき女だ。中途半端に俺に縛り付けてはおけない」
自分でも驚くほど、覇気のない声になってしまった。
「なるほど、納得しました。では尚更、愛を乞うべきです」
「だから……」
「違います。妾妃に甘んじてもらえるよう、許しを請うのです。恐らく、彼女なら、理解してくれるでしょう」
ルーカスは、まじまじとセルゲイを見た。
理解してくれる、とはどういう意味だ?
「たしかに皇太子は聖女と婚姻する慣わしです。が、現在聖女は不在。いつ現れるかは、誰にもわかりません。ルーカス様の即位まで現れなければ、どの道、側妃を迎える声が高まります。その時になってオリヴィエが適齢期を過ぎていたら目も当てられません」
「……よく考えているな」
――適齢とは、出産の適齢期だ。当然ながら王族は継承者を残さねばならない。
優先されるのは正妃の生む男児だが、なければ妾妃の子にも権利が回る。
「当たり前です」
「頭が痛くなってきた」
ルーカスは自嘲気味に呻いた。そんなルーカスを余所に、セルゲイは続ける。
「必要な事柄には最速で処理に当たるべきです。彼女のためとか、建前は結構です。いえ、オリヴィエのためと思う
なら、余計に卑怯に立ち回るべきです」
「どうして、お前がそれほど熱心なんだ」
「別に、馬鹿馬鹿しいと思いましてね。団長が騎士団員の育成に熱心だったのは、オリヴィエの件もあるからですよね」
「なぜ、それを?」
「3年前を境に、団長は騎士団の活動に取り付かれたようにのめり込むようになった。3年前は聖女選定が行われた年、オリヴィエは聖女の排出で有名なシルバーモント家の令嬢……色々総合すると、団長の心の中が透けて見えるんですよ、気の毒なほど」
秘めていたつもりだったのに、次々と言い当てられて、もはやぐうの音も出ない。
「お前の言う通り、俺はあいつを、オリヴィエを、どうしても手に入れたい。そう、俺に観念させて、いったいどうしたいんだ?」
観念して告白した。
しかし思いの外、心は凪いでいる。
「俺は聖女の加護がなくても、この国が立ち行くようにこの騎士団を増強するくらいしか思いつかない。お前に何か考えがあるのか?」
「……まずは」
意を決したように、セルゲイは頷いた。
「週末にボッカの街で開催される舞踏会に出席してください。オリヴィエをエスコートして」
「なんだと?」
思わず声が裏返った。
ごほん、とわざとらしく咳払いをしてごまかした。
ボッカの街は王都から馬で3日ほどの距離に位置する辺境の街だ。
貴族や商人たちが集まる社交場として栄えている場所だが、滅多に騎士団の人間が足を踏み入れることはない。
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