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19. 100点満点中200点?

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「さっきアリーシャとは、変換先の魔力の属性について議論したが――今回は別のアプローチで解決を図ろうと思う」
「し、師匠? いったい何を……」

 俺は空中に魔法陣を描いていく。それは、単純なものを3つ合わせてだけの、単純ながら複雑な構成をしていた。

「魔力変換の術式を3つも?」
「ああ、変換先が悩ましいなら、すべての属性の魔力を生み出してしまえば良い。簡単だろう?」

 俺は生み出した魔法陣に、風属性の魔力を注ぎ込んでやった。バチバチっと激しい音を立てて、魔法陣が激しく3色に輝く。

「ヒッ」
「な、何が起きてるんや?」
「変換術式が競合してるだけだ。じきに収まる」

 慌てるエマをなだめる。リーシアがこそっとアリーシャの後ろに隠れたが、アリーシャは目の前の現象をマジマジと観察していた。
 俺の言葉のとおり、激しい輝きを放っていた魔法陣は、やがては小刻みな明滅を繰り返しながら収まり――火・水・土の3属性の魔力が穏やかに放出された。

「だ、旦那さま。いったい今の現象は何だったのですか?」
「なにって属性変換の術式を連結しただけだが……」

 3つの魔法陣をただ重ねただけで、結界術としての美しさの欠片もない。現象を穏やかにする工夫もしなかったのは、弟子たちに派手なものを見せようというサービス精神だった。


「し、師匠がまた訳のわからないことをしています。いいえ、これは師匠にとっての常識、私も早く常識を捨てないと……」

 アリーシャは引きつった笑顔で、何かを呟いていたが、

「師匠の答えが、とても100点だとは思えなかったので……」

 ぽつりとそう呟いた。

(そうか――アリーシャは一流の結界師になる意思を、改めて固めたんだ。こんな見かけ騙しの魔法陣で、満足してくれるはずがないよな)

 指摘されてハッとした。

 
「そうだよな……。偉そうなことを言っておきながら、こんな不格好な術式を見せるなんて。どうかしていた」

 見ていて面白い結界術? 向上心が強いアリーシャが望むものは、そんな見掛け倒しのものではないだろう。完成された精緻な魔法陣だろう。

「え? 師匠は何を言っているのですか」
「ああ、言いたいことは分かっている。こんな稚拙で派手なだけの術式――10点、いやもはや0点だ」

 いまだに魔力の受け入れを待つ魔法陣を、俺はポイッと抹消する。ああっ、勿体ない! とどこかから悲鳴が聞こえような気がしたが、きっと気のせいだろう。


「し、師匠……私は100点満点の中の200点のものを出されたことに驚いただけで――師匠、今度は何を!?」

 アリーシャが何かを言っていたが、集中する俺の耳にはもう何も入らない。


 細心の注意を払って、魔法陣を組み立てる。属性変換を単純に3つ足し合わせるのではなく、1つの魔法陣で同等の効果をもたらす。これは新たな挑戦でもあった。

(弟子の期待を裏切るわけにはいかない!)

 俺の胸にあったのはそんな想い。難しい挑戦ではあったが、やり遂げる価値はあった。
 素早い時間での試行錯誤。脳内で術式を組み上げ、ときに破棄しながら、高速で術式を組み立てていく。そうして、それは形になっていく。



「――できた」

 実際には、それほどの時間は経っていないはずだ。
 俺の手元には、小型化された魔法陣が現れていた。さきほどの見掛け倒しのものとは、比べ物にもならない美しい術式だ。

(これで、胸を張って見せられる)

 そうして俺はようやく――こちらを見つめるティファニアのキラキラした瞳と、食いつくようなアリーシャの顔が目の前にあることに気がつく。思わぬ不意打ちに動揺し、俺は思わず後ろに飛びずさる。


「きゃっ、ごめんなさい」
「すいません師匠、つい夢中で……」

「いや、良い。俺が没頭して気が付かなかったのが悪い」

 ティファニアたちも急に恥ずかしくなったのか、ぺこぺこと頭を下げる。



「……さて、実際に隠遁結界に組み込んで試してみたい。ティファニア、問題はないか?」

 内心の動揺を隠すように、俺はティファニアにそう声をかけた。「もちろんです!」と、エルフの少女は無邪気な笑みを返した。


「アリーシャ、見えるか?」
「はい、師匠」

 隠遁結界のコアとなっていた古い術式を破棄し、変わりに先ほどの魔法陣を組み込む。今度の魔法陣はとても精密だった。多数伸びる魔力の回路を、正しく繋ぎなおしてやる。かなり気力を要する作業だったが、俺はテキパキとこなしていった。


「よし、これで完了だ」
 
 なかなかに疲れる仕事だったが、そのぶん達成感もひとしお。実際の稼働確認は、ティファニアにも手伝ってもらう必要があるけどな。

「だ、旦那さま? 私、本当にこんなことが出来るようになるんですか?」
「そのうちな。アリーシャと一緒に、これから学んでいけば良い」

「頑張ります!」

 ティファニアも決して結界師としての腕は低くない。ここまで難しい施術はすぐには難しくても、簡単な結界のアップデート程度なら、すぐに出来るようになるだろう。


「えへへ、これで私も旦那さまの弟子ですね!」

 だから無邪気に俺に抱きつくな!
 俺はいつものように、メリメリッとティファニアを引っぺがそうとするも、
 
「でも師匠の一番弟子は、私です。絶対に渡しませんからね!」

 その腕はガッチリと、アリーシャにホールドされていた。

「旦那さまに教わったら、あっという間にアリーシャさんのことなんて追い抜いちゃいますから!」
「でも1番弟子は私だけです。ね、師匠?」
「あ、ああ……」

 ティファニアは、む~っとアリーシャを威嚇していた。迫力はまるで無く、猫がじゃれあっているようで、どこか微笑ましい。


「師匠――リット様に弟子入りするには、まずは一番弟子の私を通して下さい! ティファニアは常識を捨てれなそうなのでNGです」
「アリーシャだって旦那さまに比べたら、まだまだ常識人じゃん!」

(おい、俺を挟んで口げんかするのはやめてくれ。……最近はこんな感じのスキンシップが流行っているのか?)

 というかみんなして、俺を常識知らずって。まずは結界の起動確認をだな?

 暴走するティファニアたちを前に目を白黒させる俺を――やはりリーシアとエマは呆れ顔で見てくるのだった。……何故だ?
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