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18. 旦那さまに並ぼうと思ったら、まずは常識を捨てるところからですね

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「師匠、何がダメなんですか?」
「まず2属性に絞る必要がない。どうしてもというなら、メインの風属性が弱点とする火属性に強い――水の魔力を生み出すべきだろうな」

 魔力には火・水・風・土という4つの属性が存在し、相性関係が存在する。たとえば火は風に強く、風は土に強い。
 エルフの秘術は火に弱いせいで、火属性の魔力を乗せて意識を集中すると、あっさりと隠蔽の効果を見破られる、という弱点があったのだ。


「理屈としては分かりますが……水の魔力なんて生み出しても、そのまま風の魔力に飲み込まれてしまうのではないですか?」
「その点は心配無用だ。流し込む魔力に気をつければ良いし、いざとなったら水の魔力を保護する術式を組み込んでも良い」

 なるほど、とアリーシャはメモを取りながらしきりにうなずく。魔法使いとしても一流な彼女は、属性相性の大切さも身にしみているのだろう。


「だ、旦那さまがスパルタです。アリーシャの答えも、随分と凄そうだったのに」
「いや、方向性としては普通に正しいぞ? 60点なら十分合格だしな」

 あくまでプラスアルファの話だ。アリーシャが口にした方法でも、十分な効果は得られるだろう。でも俺の感想とは裏腹に、

「でも合格ギリギリですよね」

 アリーシャは浮かない顔をしていた。


「……そんな合格スレスレのところに、いつまでも燻っていてはいけないのに。早く師匠の名に恥じないような、立派な結界師にならないといけないのに」

 アリーシャの表情は険しいものだった。
 故郷では魔法の天才と呼ばれながら、親の反対を押し切ってまで結界師に弟子入りした少女――どこまでも自分に厳しく、きっと理想が高すぎるのだ。


「アリーシャは優秀だと思うぞ? 結界術を学びはじめたばかりとは思えない驚異的なレベルにいる。もっと自信を持って良いと思うぞ?」
「……本当に、そう思いますか?」

 アリーシャは泣きそうな声で、そう言った。本心からの言葉なのだが、アリーシャはそうは思わなかったらしい。


「私、プライドばっかり高くて。こうして外に出て、師匠の凄さをあらためて目の当たりにして。
 私なんて本当は師匠に釣り合わない……ろくでもない弟子なんじゃないかって。師匠の時間を、無駄に奪ってるだけなんじゃないかって思うんです」
「いや、弟子が師匠の時間を奪うのは当然だろう?」

 えっ? と驚いたようにこちらを見るアリーシャ。やれやれ、こんなこと面と向かって言うのも恥ずかしいんだけどな。


「……弟子に取る、というのはそういうことだ。何をしてでも、アリーシャを1人前の結界師にすると――あの日に、そう決断したからな」
「師匠……」

 いつもガムシャラに前に進んでいたアリーシャが、まさかそんな悩みを持っていたとはな。アリーシャは十分頑張っているし、もし成長できていないとしたら、すべては俺の責任だ。
 アリーシャが気に病む必要はまったくない。


「誰がなんと言っても、アリーシャは俺の1番弟子だ。弟子になることを認めた日からな」
「私なんかが本当に、師匠の一番弟子を名乗り続けても良いんですか?」

「当たり前だ、おまえがそれを望む限りな。
 アリーシャが何と言っても、絶対におまえを1人前の結界師にしてやる。覚悟するんだな」
「――はい、師匠! いつの日にか師匠に認めてもらえるような、立派な結界師に、なります!」

(俺はこれまで、アリーシャの強さに甘えてきたのかもしれないな)

 さきほどまでの迷いを振り切ったように、ようやくアリーシャは力強く宣言した。
 弟子を取ることを決断して、早いものでもう数カ月。当然ながら、ただ知識を授ければ良いわけではないわけではないのだ。弟子を育てるというのは難しいものだな。


「旦那さまに並ぼうと思ったら、まずは常識を捨てるところから始めないとですね? アリーシャさん、頑張って下さい!」

 おい、そこのエルフ。それはどう言う意味だ?

「ふふ、そうですね。基準がおかしすぎて――本当に、どうかしてました。私はちゃんと前に進んでますよね」
「当たり前だ。そこはちゃんと保証してやる。そうでなければ――俺の方こそ、師匠失格だからな」

 そう答えると、アリーシャはとんでもないというように首を振った。
 


「では師匠! 100点満点の答え、見せてください!」

 決意を新たにした、弟子からの期待のこもった目。さらにはこの場に集まった少女たちからの、キラキラした視線も集まった。

(やれやれ、これは下手なことは出来ないな)

 俺は気合を入れ直し、結界の制御台に向き直るのだった。
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