逢いに行くよ

ぶんゆ

文字の大きさ
5 / 8

103日目

しおりを挟む
「ねぇ、今日はさ!俺が人間だったらって妄想に付き合ってくれません?」

「また変なこと言い出したな、お前」

天使はいつものように着いてきた撮影現場で、ずらりと吊り下げられた衣装を前に目を輝かせて言った。

「だって!俺もゲイノウジン、やりたいっす!ここにある衣装着てみていいすか!?」

「その端の方は使わないからいいと思うけど…。でも人間なら別に芸能人じゃなくても良くないか?」

いそいそと衣装を体にあてて楽しんでいる天使に向かって、樹は不思議そうに言った。
樹自身、学生時代からこの世界にいるため、芸能以外を知らないと言っても過言ではないが、知識として数多くの職業があることはもちろん知っている。
人類全体でみれば、芸能に関わる人間なんて少数派だろうし、「人間ごっこ」をするには少し不釣り合いな気もした。

「だって、カメラの前でポーズとってる樹さん、かっこいいすから!俺もやりたいんす!」

ペカペカと発光するような天使の笑顔に圧倒される。
こういう時、樹はこの男が天使であると信じざるを得ないと思わされるのだ。

「……素で褒めるな、気持ち悪い」

「んも~素直じゃないっすねぇ。じゃ、俺これにするっす!」

ようやく衣装が決まったらしい天使が嬉しそうに駆け寄ってくる。
その姿に大型犬のイメージを重ねながら、樹は頭を撫でてやった。
最初出会った時随分シンプルな格好をしていたからファッションという概念が無いのかと思ったが、どうやらセンス自体はあるらしい。
大柄な刺繍の施してある空色のシャツは、彼によく似合っていた。

天使が着ているものは他人にどう見えているのだろうと気になったが、誰にも何も指摘されないので服もまた見えなくなっているのかもしれない。

適当なことを言ってメイクさんから道具を借り、人目につかない場所で天使に軽くメイクを施してやる。彼は頬を紅潮させて、まるで発表会前の幼児のようだ。
思わず樹は吹き出して、柔らかな頬をつまんだ。

「ちょっとー!なにするんすか!せっかくのお化粧がっ!」

「ファンデーションは塗ってないから大丈夫だよ」

樹を探す声がする。
返事をして、ワイワイと騒ぐ天使を引き連れ、カメラの前に向かった。



「フゥー!ひと仕事終えたって感じっす!」

「はいはい、お疲れ様」

私服に着替えた樹の周りを、同じく衣装を脱いだ天使がチョロチョロと動き回る。
結局撮影中の天使といえば、樹の横でポーズを取ったかと思えばカメラマン(のふり)にまわったりと忙しそうにしていた。
樹は笑いを堪えるのに必死だったが、彼なりに「人間ごっこ」の仕事をやりきったらしい。

「楽しかったか?」

「はい!樹さんと同じになれたみたいで嬉しかったっす!」

「そうか」

あれが楽しくて、これが大変で……と話す天使の横顔を見ながら、もしも……と樹は空想した。
キメ顔の彼と思わず笑う自分が並んだ写真が、手元にあったなら……それはどんなに心躍るだろう。
今日この日の証明がなにも残らないのは惜しいな、と樹はそんなことを思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

息の仕方を教えてよ。

15
BL
コポコポ、コポコポ。 海の中から空を見上げる。 ああ、やっと終わるんだと思っていた。 人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。 そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。 いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚? そんなことを沈みながら考えていた。 そしてそのまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。 話自体は書き終えています。 12日まで一日一話短いですが更新されます。 ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

処理中です...