虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと

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「あの……もう一度、お願いしてもよろしいでしょうか?」

とても物騒な言葉だった気がする。
とても高貴な方のお名前だった気がする。
単純に聞き漏らしただけなのか、私が認識したくなかったのか。

「おっと、すまない。手順が逆だったようだ。先の言葉で、楽しくなってしまってな。いけないいけない。順番が大事だ。今回のような案件では、特に」

わざとらしく言う。
手を叩き、顔を伏せて笑う。
きっと分かってやっているに違いない。
本当にーー性格の悪い男。

「……これを聞いたら戻れないが、いいな」

その言葉に、
私は無言で頷く。
頷くしかなかった。

聞き漏らしたとはいえ、わざとかもしれないとはいえ、私が聞いたという事実はアンドレアル様含め、控えの従者も聞いている。
もう既に戻れない状況。
それを分かって、この男は言っている。

「だが、言葉だけでは信用できない。これに名前を頂戴したい」

すっと一枚の紙が私に手渡される。
そこには、これから話されるだろう計画の概要が書かれている。
やはり物騒な内容で、高貴なお方の名前がその対象として記されている。
最後に、私の名前を書かせるつもりなのだろう、署名欄が付与されていた。
聞き間違いではなかった。

こんな突飛な状況でなければ、誰かの空想と思ってしまうだろう。
出来るはずがないし、畏れ多くてやるはずもない。
だけど、
だけど。
この計画を考えたのは元次期国王候補であり、まだ第一王子であるアンドレアル様なのだ。
彼の立場を最大限活用すれば、その成功は現実味を帯びる。

「君らも俺を信用しなかっただろう、その時のお返しだ」

根に持っているらしい。
小さい男だ。
妹殺し、そんな大それたことをしようとしているのに。
あんなことを引き合いに出すとは。
ーーいや、そもそも弟であるあのお方を幾度もなく殺そうとしていたのだ。
前提が間違っている。
初めてではないのだ。
私と違って。
誰かを手にかけることが、
家族を手にかけることが。

「あの……本当にイデア様を殺さないといけないのですか」

他の手段もあるはずだ。
確かに効果的な方法だと思う。
恥ずかしながら、私にも利がある。
あの方を引きずり降ろしても、高嶺から落としても。
イデア様がいる限り、気持ちは私のものにはならない。
たとえ権力なき王子を権力で手に入れても、それは私が求めるものとは違う。
けど、それでもいいとさえ思っている。
少なくとも、
時間がない、
今の私にとっては。
あのお方の体だけでも手中に収められるなら、心までは欲張らないつもりだった。

「殺す。イデアを殺す。妹であるあいつを殺す。それが一番いい」

アンドレアル様は断言する。
明言する。
誤解のしようもないほどに、はっきりと。
自分の妹を殺すと。

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