27 / 69
27.
しおりを挟む
「あの……もう一度、お願いしてもよろしいでしょうか?」
とても物騒な言葉だった気がする。
とても高貴な方のお名前だった気がする。
単純に聞き漏らしただけなのか、私が認識したくなかったのか。
「おっと、すまない。手順が逆だったようだ。先の言葉で、楽しくなってしまってな。いけないいけない。順番が大事だ。今回のような案件では、特に」
わざとらしく言う。
手を叩き、顔を伏せて笑う。
きっと分かってやっているに違いない。
本当にーー性格の悪い男。
「……これを聞いたら戻れないが、いいな」
その言葉に、
私は無言で頷く。
頷くしかなかった。
聞き漏らしたとはいえ、わざとかもしれないとはいえ、私が聞いたという事実はアンドレアル様含め、控えの従者も聞いている。
もう既に戻れない状況。
それを分かって、この男は言っている。
「だが、言葉だけでは信用できない。これに名前を頂戴したい」
すっと一枚の紙が私に手渡される。
そこには、これから話されるだろう計画の概要が書かれている。
やはり物騒な内容で、高貴なお方の名前がその対象として記されている。
最後に、私の名前を書かせるつもりなのだろう、署名欄が付与されていた。
聞き間違いではなかった。
こんな突飛な状況でなければ、誰かの空想と思ってしまうだろう。
出来るはずがないし、畏れ多くてやるはずもない。
だけど、
だけど。
この計画を考えたのは元次期国王候補であり、まだ第一王子であるアンドレアル様なのだ。
彼の立場を最大限活用すれば、その成功は現実味を帯びる。
「君らも俺を信用しなかっただろう、その時のお返しだ」
根に持っているらしい。
小さい男だ。
妹殺し、そんな大それたことをしようとしているのに。
あんなことを引き合いに出すとは。
ーーいや、そもそも弟であるあのお方を幾度もなく殺そうとしていたのだ。
前提が間違っている。
初めてではないのだ。
私と違って。
誰かを手にかけることが、
家族を手にかけることが。
「あの……本当にイデア様を殺さないといけないのですか」
他の手段もあるはずだ。
確かに効果的な方法だと思う。
恥ずかしながら、私にも利がある。
あの方を引きずり降ろしても、高嶺から落としても。
イデア様がいる限り、気持ちは私のものにはならない。
たとえ権力なき王子を権力で手に入れても、それは私が求めるものとは違う。
けど、それでもいいとさえ思っている。
少なくとも、
時間がない、
今の私にとっては。
あのお方の体だけでも手中に収められるなら、心までは欲張らないつもりだった。
「殺す。イデアを殺す。妹であるあいつを殺す。それが一番いい」
アンドレアル様は断言する。
明言する。
誤解のしようもないほどに、はっきりと。
自分の妹を殺すと。
とても物騒な言葉だった気がする。
とても高貴な方のお名前だった気がする。
単純に聞き漏らしただけなのか、私が認識したくなかったのか。
「おっと、すまない。手順が逆だったようだ。先の言葉で、楽しくなってしまってな。いけないいけない。順番が大事だ。今回のような案件では、特に」
わざとらしく言う。
手を叩き、顔を伏せて笑う。
きっと分かってやっているに違いない。
本当にーー性格の悪い男。
「……これを聞いたら戻れないが、いいな」
その言葉に、
私は無言で頷く。
頷くしかなかった。
聞き漏らしたとはいえ、わざとかもしれないとはいえ、私が聞いたという事実はアンドレアル様含め、控えの従者も聞いている。
もう既に戻れない状況。
それを分かって、この男は言っている。
「だが、言葉だけでは信用できない。これに名前を頂戴したい」
すっと一枚の紙が私に手渡される。
そこには、これから話されるだろう計画の概要が書かれている。
やはり物騒な内容で、高貴なお方の名前がその対象として記されている。
最後に、私の名前を書かせるつもりなのだろう、署名欄が付与されていた。
聞き間違いではなかった。
こんな突飛な状況でなければ、誰かの空想と思ってしまうだろう。
出来るはずがないし、畏れ多くてやるはずもない。
だけど、
だけど。
この計画を考えたのは元次期国王候補であり、まだ第一王子であるアンドレアル様なのだ。
彼の立場を最大限活用すれば、その成功は現実味を帯びる。
「君らも俺を信用しなかっただろう、その時のお返しだ」
根に持っているらしい。
小さい男だ。
妹殺し、そんな大それたことをしようとしているのに。
あんなことを引き合いに出すとは。
ーーいや、そもそも弟であるあのお方を幾度もなく殺そうとしていたのだ。
前提が間違っている。
初めてではないのだ。
私と違って。
誰かを手にかけることが、
家族を手にかけることが。
「あの……本当にイデア様を殺さないといけないのですか」
他の手段もあるはずだ。
確かに効果的な方法だと思う。
恥ずかしながら、私にも利がある。
あの方を引きずり降ろしても、高嶺から落としても。
イデア様がいる限り、気持ちは私のものにはならない。
たとえ権力なき王子を権力で手に入れても、それは私が求めるものとは違う。
けど、それでもいいとさえ思っている。
少なくとも、
時間がない、
今の私にとっては。
あのお方の体だけでも手中に収められるなら、心までは欲張らないつもりだった。
「殺す。イデアを殺す。妹であるあいつを殺す。それが一番いい」
アンドレアル様は断言する。
明言する。
誤解のしようもないほどに、はっきりと。
自分の妹を殺すと。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
悪役令嬢の私、計画通り追放されました ~無能な婚約者と傾国の未来を捨てて、隣国で大商人になります~
希羽
恋愛
「ええ、喜んで国を去りましょう。――全て、私の計算通りですわ」
才色兼備と謳われた公爵令嬢セラフィーナは、卒業パーティーの場で、婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられる。聖女を虐げた「悪役令嬢」として、満座の中で断罪される彼女。
しかし、その顔に悲壮感はない。むしろ、彼女は内心でほくそ笑んでいた――『計画通り』と。
無能な婚約者と、沈みゆく国の未来をとうに見限っていた彼女にとって、自ら悪役の汚名を着て国を追われることこそが、完璧なシナリオだったのだ。
莫大な手切れ金を手に、自由都市で商人『セーラ』として第二の人生を歩み始めた彼女。その類まれなる才覚は、やがて大陸の経済を揺るがすほどの渦を巻き起こしていく。
一方、有能な彼女を失った祖国は坂道を転がるように没落。愚かな元婚約者たちが、彼女の真価に気づき後悔した時、物語は最高のカタルシスを迎える――。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜
六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。
極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた!
コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。
和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」
これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷 むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界恋愛33位)
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
私のかわいい旦那様
Rj
恋愛
優秀だが変わり者とよばれる王太子ダレンに嫁いだシャーリーは、「またやってしまった……」落ち込む夫に愛おしさを感じる。あなたのためなら国を捨てることもいといません。
一話完結で投稿したものにもう一話加え全二話になりました。(10/2変更)
『次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛』に登場するグレイスの長女と次男の話ですが未読でも問題なくお読み頂けます。
天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く
りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。
私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。
それなのに裏切りやがって絶対許さない!
「シェリーは容姿がアレだから」
は?よく見てごらん、令息達の視線の先を
「シェリーは鈍臭いんだから」
は?最年少騎士団員ですが?
「どうせ、僕なんて見下してたくせに」
ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる