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三章
27.刹那
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死を想う時、人は時間感覚が狂うという。
刹那の時が永遠にも感じる。
あくまで感覚的なものである。
当然、その永遠の間に敵を鏖殺することもできなければ。
世界の果てまで逃げることもできない。
ただ、思考が巡るだけ。
ただ、周囲の状況を感じるだけ。
彼女にも、同じことが起こっていた。
目を閉じたまま、ゆっくりな時間を感じていた。
だが、迫りくる暴力は。
避け難い死を前にしては、拷問の時間に等しい。
震えが止まらない。
感情が止まらない。
諦めたはずの人生に、しがみつきたくなる。
無いはずの可能性に、期待してしまう。
「いや、嫌、嫌ーー」
刹那の中、とうとう彼女の思考は逃走を選択した。
闘争から諦観、そして逃走へ。
生命としての根源的欲求。
刹那の時間を使って、彼女は一歩踏み出した。
「死にたくない死になたくない死にたくない」
そこからは振り返らず、ただ前だけを見て駆け出した。
「助けて助けて、誰か助けて」
いつかの少女のように、
ただ唱える。
唱えた所で、その言葉が誰にも届かないと自身でも理解して。
しかし、言わずにはいられない。
自身が壊れてしまうから。
「死にたくない死にたくない」
最早彼女にはいつもの優雅さの欠片も残っていない。
余裕も気品も何もない。
何もかもかなぐり捨てて、逃走という行為に全力を尽くす。
そこには策も計略も何もない。
どこへ走っているかも分からない。
だが、彼女も人間である。
火事場の力があろうとも、それは人間の域を超えない。
彼女は悪役にはなったが、怪物にも化物にもなれていない。
人のままなのだ。
疲労で足がもつれ、みっともなく顔から地面に着地する。
顔は泥に塗れ、赤い衣装はまだらに汚れ。
追う側の蛮族には余裕が見えていた。
先ほどまでの決意が、必死が薄れていた。
時間にして、ものの数分。
その逃走劇の間に変化した力関係。
手心を加える余裕すら見えてきた。
絶対に勝つ、絶対に殺すーーではなく、もう勝った、あるいは殺したも同然と。
認識を変質させていた。
一部には笑みすら浮かべていた。
それも仕方がない。
自身らの圧倒的有利を自覚してしまえば。
「嫌だ嫌だ嫌だ」
どうしてこうなった、
何がいけなかったのか。
あの時か、
あの時か、
それともあの時か。
足は動かず、
思考は恐怖に支配されて。
じたばたと踠き苦しむ。
そして、結果は時間が巻き戻ったような状況に。
つまりは、多勢に無勢。
囲まれて、敗北を確約されて。
場所が変わっただけで、戦況は変わらない。
「××、××××××、××?」
意味の分からない言葉で問われる。
口調、表情から何かを問われているは分かる。
だが、答えようがなかった。
仮に、彼女の言語で問われていても同じことだっただろう。
「助けて助けて助けて助けて」
自分の言葉で、意味のない、価値のない言葉を紡ぐ。
それらの単語は彼らには届かず。
向けられた刃物や鈍器は、彼女に届きうる。
刹那の時が永遠にも感じる。
あくまで感覚的なものである。
当然、その永遠の間に敵を鏖殺することもできなければ。
世界の果てまで逃げることもできない。
ただ、思考が巡るだけ。
ただ、周囲の状況を感じるだけ。
彼女にも、同じことが起こっていた。
目を閉じたまま、ゆっくりな時間を感じていた。
だが、迫りくる暴力は。
避け難い死を前にしては、拷問の時間に等しい。
震えが止まらない。
感情が止まらない。
諦めたはずの人生に、しがみつきたくなる。
無いはずの可能性に、期待してしまう。
「いや、嫌、嫌ーー」
刹那の中、とうとう彼女の思考は逃走を選択した。
闘争から諦観、そして逃走へ。
生命としての根源的欲求。
刹那の時間を使って、彼女は一歩踏み出した。
「死にたくない死になたくない死にたくない」
そこからは振り返らず、ただ前だけを見て駆け出した。
「助けて助けて、誰か助けて」
いつかの少女のように、
ただ唱える。
唱えた所で、その言葉が誰にも届かないと自身でも理解して。
しかし、言わずにはいられない。
自身が壊れてしまうから。
「死にたくない死にたくない」
最早彼女にはいつもの優雅さの欠片も残っていない。
余裕も気品も何もない。
何もかもかなぐり捨てて、逃走という行為に全力を尽くす。
そこには策も計略も何もない。
どこへ走っているかも分からない。
だが、彼女も人間である。
火事場の力があろうとも、それは人間の域を超えない。
彼女は悪役にはなったが、怪物にも化物にもなれていない。
人のままなのだ。
疲労で足がもつれ、みっともなく顔から地面に着地する。
顔は泥に塗れ、赤い衣装はまだらに汚れ。
追う側の蛮族には余裕が見えていた。
先ほどまでの決意が、必死が薄れていた。
時間にして、ものの数分。
その逃走劇の間に変化した力関係。
手心を加える余裕すら見えてきた。
絶対に勝つ、絶対に殺すーーではなく、もう勝った、あるいは殺したも同然と。
認識を変質させていた。
一部には笑みすら浮かべていた。
それも仕方がない。
自身らの圧倒的有利を自覚してしまえば。
「嫌だ嫌だ嫌だ」
どうしてこうなった、
何がいけなかったのか。
あの時か、
あの時か、
それともあの時か。
足は動かず、
思考は恐怖に支配されて。
じたばたと踠き苦しむ。
そして、結果は時間が巻き戻ったような状況に。
つまりは、多勢に無勢。
囲まれて、敗北を確約されて。
場所が変わっただけで、戦況は変わらない。
「××、××××××、××?」
意味の分からない言葉で問われる。
口調、表情から何かを問われているは分かる。
だが、答えようがなかった。
仮に、彼女の言語で問われていても同じことだっただろう。
「助けて助けて助けて助けて」
自分の言葉で、意味のない、価値のない言葉を紡ぐ。
それらの単語は彼らには届かず。
向けられた刃物や鈍器は、彼女に届きうる。
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