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5.使い捨て愛馬

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レイピア=アントワーズはお嬢様である。
恵まれた豊かな家庭に生まれた。
だが、そこまでだ。
貴族の分類には入るが、王族ではない。
本来、国を攻める資格も権限もない。
動かせる兵士もいない。

とは言っても、彼女が本気になれば、この国はそう動く。
周りが彼女のために献身する。
多くの民が、
多くの兵士が、
多くの貴族が、
彼女のために動く。
それぞれの理由、それぞれの目的で、彼女に尽くす。
その結果として国が動くのだ、彼女の望むように。
基本的には、
ほとんどは、という限定がつくが。

「さて、このまま隣国へと突入しましょう」

しかし、今回レイピアは本気にならなかった。
なぜなら、彼女のこの行動はただの気晴らしだからだ。
完全なるノープラン。
場当たり主義的行動。
剣を持ち、馬で駆けた。
ただそれだけ。

だけれど、
適当ではあるものの、彼女には目的がある。
隣国に攻め込む、
戦でかの者のことを忘れるという目的が。

「行きましょう。バルディッシュ」

先程まではただの名も無き馬が、恵まれし令嬢から名前を賜った。
無名ではあるが、才気に満ちた駿馬はさらに奮起した。
彼女は馬にも尽くされる、そんな存在なのだ。

野を越え、
山を越え、
川を越え。

自国の領地を抜け出し、
中立地帯を駆けていく。

道中、すれ違う者もいた。
声をかけた者もいた。

しかし彼女は止まらない。
ただただ駆けていく。
かの者との思い出に浸りながら、
かの者を忘れよう望みながら。
矛盾を抱えたままに走る。

「そこの者、止まれ!」

武装した兵士が槍を向ける。
流石のレイピアも止まった。
否、理由はそこではなかった。

「お疲れ様、バルディッシュ」

一時の愛馬、バルディッシュが倒れたからだ。
彼女の願いを果たすため、全力を賭した結果。
自分の体よりも、彼女の望みを優先した結果。

恵まれた彼女も、馬を死霊のように際限なく使い続けることはできない。
命あるものは、使い倒すことしかできない。
使い捨てることしか、できない。

「邪魔」

レイピアは一言告げる。
併せて兵士を切り裂いた。
赤い血が吹き出る。

別に、この段階で斬りふせる必要はなかった。
美に恵まれ彼女は、単純にお願いすればそれで良かった。
あるいは、彼女の魅力に堕ちるのを待てば良かった。
けど、そうしなかった。

ただ、面倒だったから。
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