失われた右腕と希望の先に

瑪瑙 鼎

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第12章 終焉

206:MAHO

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『この、システム・ロザリアをはじめとする一連のシステム群の正式名称は、“Multi Area Help Operating system(汎広域支援基幹システム)”。通称、“MAHOマホ”と言います』
「MAHO…魔法…か…」

 前方のパネルが点滅し、降り注ぐ女性の言葉を受け、柊也が呟く。

『MAHOのコンセプトは、西暦2056年に提唱されました。当時、地球では技術革新と人口の増加、発展途上国の発展によって化石燃料の消費が激増し、地球温暖化の危機が叫ばれていました。人類は半世紀以上も前にその危険性を認識し、消費の抑制を繰り返し提唱しておりましたが、大国間の駆け引きの前に反故が繰り返され、抑制への努力は有名無実化しておりました。
 そして西暦2056年を迎え、温暖化の影響による被害を無視し得なくなった人類は再び協議を行い、これまでとは異なる、逆転の発想の下で、初めて世界の合意に至ったのです』
「逆転の発想?どういう事だ?」

 ロザリアの言葉に、柊也が首を傾げる。地球温暖化の問題は、柊也達が召喚された2019年9月当時も大きな問題として繰り返し取り上げられており、柊也もテレビやインターネットで目にした事があった。あの頃から、先進国と発展途上国との間の権利の奪い合いとも言える応酬が繰り返され、京都議定書はほとんど形骸化していたはずだ。それを逆転の発想によって合意とは、どういう事だ?柊也の問いに、ロザリアが答える。

『それまでの地球温暖化対策は、消費の抑制によって解決を目指そうとするものでした。しかし、それは国家の発展を阻害し、世界を跨いだグローバルな競争の足枷となります。そのため、為政者達は自国が“貧乏籤”を引かないよう駆け引きを繰り返し、その度に対策は暗礁に乗り上げていました。
 それを覆し、初めて世界合意に至った、逆転の発想。それは消費の抑制ではなく、温暖化に繋がる余剰エネルギーを消費する全世界的なシステムを構築する事。それが、MAHOのコンセプトなのです』



「…何か、わかったような、上手く言いくるめられているような、論理だな」

 柊也が左手で頭を掻き回しながら、ぼやきを入れる。考え方としては、合っている様にも思える。余っているエネルギーが悪影響を及ぼしているのだから、それを使い切れば良い。だが、そんな絵空事が実現できるのか?

『2056年当時、世界では様々な問題が発生していました。ある地域では砂漠化が進み、別のある地域では100年に一度の豪雨に連日の様に見舞われる。発展途上国は未だ貧富の差が激しく、子供達は学校にも行けず、毎日十数kmも離れた井戸からの水汲みや、薪集めに奔走する。言葉の壁は人々の間に立ちはだかり、異言語地域間の交流を阻害する。
 もし、それを解決するとしたら、どの様な方法があるでしょう。大量の雨が降り、人や物が濁流に呑まれる地域から水を汲み上げ、旱魃に喘ぐ地域に撒く事ができたら?空中に漂う水分を取り出し、飲料水に回す事ができたら?温暖化に繋がるエネルギーを集約して熱を生み、調理や暖に使えるとしたら?21世紀初頭から急速に進歩した自動翻訳を、何の機器も用いずリアルタイムに使えるとしたら?そして、それらに要するエネルギーは空中に漂い、使えば使うほど地球温暖化対策に繋がり、喜ばれるとしたら?



 MAHOは、地球上に漂う温暖化に繋がる余剰エネルギーを消費し、この様な環境問題の解決を図る世界規模のIoTシステムとして提唱され、推進されたのです』



 ***

 床に座り込み、呆然としたままの美香の耳にロザリアの説明が流れ込み、美香は突き付けられた真実に背を向け、目を逸らすかのように、耳を傾ける。

『MAHOは各国共同での研究開発によって、2071年にVer.0.1が完成。想定に近い効果が認められたため、本格的な開発へと進みました。2085年、異常気象が常態化し、ついに温暖化が限界を迎えたと判断した各国は、未だ開発途中のVer.0.23を緊急投入。数々の問題を抱えながらもMAHOは一定の抑制効果を生み、地球は破滅一歩手前で踏み止まる事に成功。以降、人類は未完成のMAHOに寄り添い、開発を繰り返しながら、地球と共存していく事になります』
「サグラダ・ファミリアかよ…」
『サグラダ・ファミリアは、2029年に完成いたしました』
「え、マジ?」
『マスターの生まれた世界はわかりかねますが、この世界ではその様に記録が残っております』
「マジかぁー」

 ロザリアの説明を聞いた柊也が130年以上にも渡って建築が続く世界文化遺産の名を挙げ、すかさずロザリアが補足する。

『なお、余談ですが、2090年代までに至る各国の宇宙開発競争の結果、衛星軌道を漂うスペースデブリが急増し、ケスラーシンドロームが発生。宇宙進出の夢は潰え、人類は地球に閉じ込められました。人類は自らの将来を地球とMAHOに託さざるを得ず、MAHOの開発により一層力を入れる事になります』
「余談で済ませる話じゃねぇだろ…」
『幸い、MAHOの開発はゆっくりとではありますが順調に進み、その間、地球環境の破壊も最小限に抑える事ができました。そして西暦2304年、Ver.1.0がリリースされ、MAHOの本稼働が始まります』



「オズワルド、アンタ、何を話しているか、わかるかい?」
「私に聞くな」

 柊也の後ろでゲルダがオズワルドに小声で話しかけ、オズワルドが渋い表情を浮かべる。美香は床に座り込んだまま、傍らに寄り添うレティシアに縋りつき、レティシアが頭を撫でる。

『初期バージョンのMAHOは未だ原始的なシステムで、AIによる自律管理はできておりませんでした。人類はその後もバージョンアップを進め、順次機能を追加。現在のシステムはVer.162.9、西暦1万8022年リリースとなります』
「ぶっ」

 あまりにも飛躍した時間軸に、柊也は思わず噴き出してしまう。繰り返し咳き込む柊也を余所に、ロザリアの説明が続いた。

『MAHO Ver.162.9の概要は、次の通りとなります。一、AIを用いた自律管理・運用機能を実装し、世界を複数のエリアに分割。各エリアにAIを配備して、人が不在の場合でも安定した運用が可能になりました。この方式はVer.43.0以降継続して採用されており、現在導入されているAIは“リア”シリーズと呼ばれております』
「ロザリアの、“リア”だな?」
『左様でございます。ちなみに各システムは自己修復機能を有しており、半永久的な稼働が可能です』

 ロザリアの肯定の声に連動し、前方のパネルが瞬く。

『二、ナノシステムと呼ばれる、微小の浮遊端末を全世界に散布。このナノシステムを用いた世界各地での自動翻訳サービスを無料提供。この結果、異言語間の意思疎通が容易になりました』
「伝承は、本当でしたのね…」

 美香の頭を撫でながら、レティシアが呟く。中原三国、エルフ、獣人間の自動翻訳はロザリアの恩恵と言い伝えられていたが、まさかロザリア本人からその説明を受ける日が来るとは露も思わず、レティシアは感嘆する。

『三、世界中に浮遊するナノシステムにユーザが命令する事で、任意の自然現象を発動させる事ができるようになりました。これにより空中を漂う水蒸気から飲料水を生成できるようになりました。また、温暖化エネルギーを活用した燃焼、冷却、物資の重量軽減、送風等が行えるようになり、貧困地域の生活環境が劇的に改善しました。ナノシステムへの命令は音声認識にて行われますが、身障者に配慮し手話にも対応しております。なお、これらのサービスは無料で利用できますが、過度の濫用の抑止とエネルギー補助のため、ナノシステム経由で生体エネルギーを吸収、利用者は疲労を覚える事になります』
「…それが、魔法の正体…」

 美香がレティシアの胸に顔を埋めながら、小さく呟く。レティシアは母性を掻き立てられ、美香の背中に両手を回し、強く抱き締めた。

『四、ナノシステムを通じ、世界に遍在するエネルギーや大気成分を移送。異常気象の発生を防止し、砂漠地域への降雨と緑化、森林火災の自動消火等、持続的な地球環境の整備体制を構築。これらの運用に温暖化エネルギーを利用し、疑似光合成によって二酸化炭素を分解する事で、地球温暖化問題を解決へと導く事ができました』
「これが再び動けば、エミリア様もきっとお元気に…」

 後方の入口を警戒していたセレーネがロザリアの言葉を聞き、前方のパネルに向けて呟く。入口を注視したままのシモンの三角形の耳が、忙しなく左右を向く。

『以上が、MAHO Ver.162.9の機能概要となります。このMAHOの稼働により地球環境は安定し、人類は西暦1万8000年初頭まで、繁栄を謳歌する事ができました』



 ロザリアが口を噤むと、円筒形の広い部屋の中に冷ややかな静寂が漂う。やがて柊也は静かに深呼吸を行い、意を決し口を開いた。

「1万8000年以降、何があった?」

 柊也の瞳に宿る決意の光を受け、前方のパネルが再び瞬く。

『はい、マイ・マスター。それより遡る事、西暦1万5000年代。MAHOが安定稼働を続ける人類社会において、一つの社会問題がクローズアップされ、世界に広く知れ渡るようになりました』
「どんな問題だ?」



『MAHOのセキュリティを突破し、悪用する人々の存在が明らかになりました。――― 人族の出現です』
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