風の聖女は護れないっ! ~聖女の力を分けた結果、聖女は“あほの子”になった~

笹色 ゑ

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54 どうしてそう結論づけるのか

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 久しぶりに気持ちよく眠れた。

 安心する甘い香りに包まれて目が覚めた。

 頬には柔らかいクッションが当たり、それに顔を埋めると、香りがより強くなる。

 前世やそれ以前の護るべき彼女が遭ってきた悲壮な事態を、昨晩は夢に見ることがなかった。

 ただ、馬鹿なアリアが幸せな顔で笑っていた。

 美味しいものを食べて、家族と過ごして、友達といて、そして、私に対して微笑んでいた。

 なんていい夢だろう。

「ご主人様、そろそろご起床いただけませんか?」

 やはり夢だったのか、シファヌの声で目が覚めた。夢というのは、醒めてしまうとなんとも儚いものだ。

「? アリア」

 顔を上げると半べそのアリアと、視線を下げると先ほどまで顔を埋めていたクッション……アリアのおっぱいがあった。なぜかボタンが外れて谷間が見えている。

「お、おトイレに、行きたいデスっっ」

 アリアが泣きそうな声で言う。それで、自分がアリアに抱きついて話していないのだと理解し、解放した。

 放流されたアリアは走ってトイレに行ってしまった。

 状況の理解が追いつかずポカンとしてしまう。

 夢だけど、夢ではなかった?

「私も、昨晩はアリア様の子守唄か微かに聞こえて、よく眠らせていただきました」

 シファヌが淡々という。

 私ほどではないが、シファヌもアリアが誘拐されたことであまりよく眠れていなかったと言う。

 本人は全く気にしていないが、誘拐され、普通であれば強姦もされていた可能性が高い。それはあまりにも辛い現実だ。そうならなくとも、可能性だけで恐怖していいものだ。

 なのにどうしてああも平気でいられるのか。

「支度を済ませたらアリアと朝食を取る」

「かしこまりました」

 湯浴みの場まで行って、後悔する。

 柔らかい胸の感触、手にはなぜか柔らかいパンのような感覚も残っている。胸を揉んでいたのか……。夢の中の私は、ただただ幸福だった。アリアの香りに包まれ、温もりと、胸の弾力に頬を寄せていたのだ、悪夢を見ようがない。

 だか、それら全ては夢現の中での出来事であり、覚醒した今は砂糖菓子のように溶けてなくなってしまった。

 眠ったままに貪るのではなく、どうせならばしっかりと味わうべきだった。

 いや、違う。睡眠障害で眠れず、限界の状態だったとはいえ、清らかなままのアリアをあろうことか抱き枕にし、無遠慮に体を触ったのだ。

 これは許されざる行いだ。他の男がそんなことをすれば、じわじわと苦しみを与えて殺していただろう。いっそ自分を殺せればいいが、それでは今生のアリアを護る者がいなくなる。

 アリアから、蔑みの目で見られ、口も聞いてもらえない。それで許してほしい。

 時間をかけて部屋に戻ると、アリアがムッと口を尖らせて座っている。

 今回は理由がはっきりしている。蔑まれたとしても当たり前だ。

「私のせいで、眠れなかったの?」

 不貞腐れた口調でアリアが予想外のことを問う。

「仕事が忙しかっただけだ」

 事実を言ったところで何になるのか。負い目を感じて欲しいわけではない。

「何もなかったとはいえ、男の寝所に入るな。何をされても文句は言えないことだ」

 無体を働いたことを謝ろうとして、そんな言葉が出る。

「ちゃんと、大丈夫な人かは判断できる」

「はぁ」

 ため息が出る。どう考えても私はダメな相手だ。

「ヴァーナード、私のこと好きなら大丈夫」

 眼鏡越しに恨めしそうとも、嬉しそうとも取れる顔で言われる。

「まあ、寝ぼけた拍子に告白をしてもらえたんですか?」

 呆然とする中、シファヌが朝食を運びながらいう。

「寝ぼけてたから、違うって言われるかも」

 アリアが珍しくもじもじと言う。

「お前は、私を嫌いだと言っていただろう」

 嫌いなモノ、どうでもいい相手からの恋慕は面倒か気持ちの悪いものでしかないだろう。

「だって、勝手に結婚先決めようとしてたから。腹が立った」

「アリアさんは、ご主人様がお好きですか?」

 シファヌの誘導尋問を止めようとして、手が止まる。事実を聞きたくない。だか、馬鹿な私はどこかで期待している。

「……ヴァーナードが、誰かと結婚しちゃうのは、凄いやだから……えっとね」

 ごくりと無意識に唾を飲む。

 アリアには好意を持たれないように気を付けてきた。それはアリアには相応しい相手と幸せになってほしいからだ。また、私のような男に縋るしかない人生は歩ませたくない。

「えっとね……だから、私がお妾さん? になって、子供を産んであげればいっかなって」

 へへと笑って言うアリアを見て冷静になる。

「アリアを妾のような不遇の立場にできるわけがないだろう。仮にも侯爵家の令嬢なのだぞ」

「でも、結婚しないなら、それが一番いい案だと思う」

「どうしてお前はそう馬鹿なんだ。アリアが私と結婚すればいいだけ……だろ、う」

 自分で言いながら、言葉を撤回したい。

「……でも、ヴァーナード、誰とも結婚しないって」

 アリアがキョトンとした顔をしている。

 どうして、こう鈍いのか。いや、今は鈍くていい。

「アリアさんと結婚できないなら、誰とも結婚しないという意味ですよ」

「シファヌ」

 茶を入れて、アリアに差し出しながら入れ知恵をするのを咎める。

 アリアは純真で無垢でバカだ。人の言葉を簡単に間に受けるのだ。

「えっと、やっぱり、寝ぼけてただけで、ヴァーナードは、私じゃ、や?」

 メガネがあるせいかやや上目遣いで見上げてくる。

 馬鹿みたいに顔がいい上に、頭がおかしいほどに可愛い。どうしてこんな育ち方をしてしまったのか。

「私とアリアでは……、釣り合わない」

「そっか……」

 あっさりとそういうと、しょんぼりとしてしまう。



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