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第六章
95:僕の行きそうにない場所に
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やり残したことはまだある。
「『比翼の鳥 連理の枝』に続くワンフレーズを突き止めたかった。古代の魔女の暴挙を止める手持ちの札になればいいと思ったが時間が」
アスランの言葉に、剣がふっと光る。
そうこうしているうちにも、残された貴重な時間が過ぎていく。
アスランはルルの部屋へと向かった。扉をノック仕掛け、そこが小さく開いているのに気付く。
「ルル?」
覗き込むと、鏡と小机が脇に寄せられていた。
だが、本人の姿はない。
「魔法使いの誰かがルルを部屋から拉致した?いや、部屋に乱れた跡はない」
どんなに月狂いの夜に苦しんでいても、ウォルトやミレイに厳しく稽古をつけてもらっているのだから、連れ去るなら激しく抵抗するはずだ。
ロンドの手助けを拒否し部屋に籠もったことや、今は部屋に不在というのも彼なりに何か思うことがあるのかもしれない。
だが、はたから見ればただの側仕え。
アスランが首と宣言すれば、一瞬で他人同士になる。
進軍を控えた大切な夜なのだから、戦に帯同しない側仕えなど放っておけばいい。
本当に、ただの側仕えなのだとしたら。
アスランの足は、執務室を出て廊下へと向かっていた。
「僕に、気配すら感じさせたくないってことか?」
最後の夜、アスランがルルに会いに来るだろうと察して、姿を隠したのかもしれない。
「どこかに身を潜めるといっても、こんな夜にルルがゴート城を離れることは考えづらい」
だとしたら、城内のどこかにいる。
「僕の行きそうにない場所に」
アスランは、屋上へと繋がる外階段に向かった。
階段を上りきると、星が瞬く夜空が見えた。
大きな満月が高く上がっている。雲も出ていて、柔らかな金の円をたまに隠す。
屋上の隅で、ルルが膝を抱え座っていた。
アスランの足音を耳に捉えたのか、身体がピクッと反応する。
だが、顔は上げなかった。
足音で誰なのか、判ったのかもしれない。
「ルル。僕だ。隣に座っていいか?」
そう聞いたものの、アスランは、返事を待たずに腰掛けた。
「これを返しにきた。大切な物なのに、長い間、借りていて悪かったな」
ルルへ剣を差し出すと、ようやく顔を上げてくれた。
うつろな表情をしている。
「今夜は月狂いの夜だ。大丈夫なのか?」
「ロンド様が、よく効く月見草を小袋に入れてくださったので」
アスランがルルの首元に鼻を寄せる。
「たしかに、世界中の月見草を焚きしめたような匂いがするな」
そう言いながら離れると、ルルが首元に手を当てる。
そして、拳二つ分ほど距離を開けて座り直した。
「以前より己を見失ってないみたいだが、それにしたって剣士には危険な夜だ」
すると、ルルはポケットから暗器を取り出し、床に転がした。
Tの字になっている金属で、下部が鋭く尖っている。接近戦になったとき、握りしめて相手の首や腿などに突き刺す。
「相手が魔法使いだって、奥せず戦えます。俺、ウォルト様とミレイにしごかれたから」
「王都の少年兵ぐらいには強くなったらしいじゃないか。頑張ったな」
「褒められたくて、主に言ったんじゃない!」
ルルの叫び声が、満月の夜に溶けていく。
はっきり物を言うようになったその変わりように、アスランは驚いた。
「そうだな。ルルは、いずれ、王都の剣闘大会に出て、名を上げて活躍する。そのために稽古に励んでいるだから」
「違う!そうだけど、違う」
ルルが激しく首を横に振る。
「剣闘大会に出て名を上げるのは、俺の夢だけど、主の役にも立ちたいっ!!俺も連れていってください。今夜で月狂いの夜は終わる。朝にはまともになりますから」
「君は剣士かもしれないが、兵士ではない。命を散らすような真似はするな」
「『比翼の鳥 連理の枝』に続くワンフレーズを突き止めたかった。古代の魔女の暴挙を止める手持ちの札になればいいと思ったが時間が」
アスランの言葉に、剣がふっと光る。
そうこうしているうちにも、残された貴重な時間が過ぎていく。
アスランはルルの部屋へと向かった。扉をノック仕掛け、そこが小さく開いているのに気付く。
「ルル?」
覗き込むと、鏡と小机が脇に寄せられていた。
だが、本人の姿はない。
「魔法使いの誰かがルルを部屋から拉致した?いや、部屋に乱れた跡はない」
どんなに月狂いの夜に苦しんでいても、ウォルトやミレイに厳しく稽古をつけてもらっているのだから、連れ去るなら激しく抵抗するはずだ。
ロンドの手助けを拒否し部屋に籠もったことや、今は部屋に不在というのも彼なりに何か思うことがあるのかもしれない。
だが、はたから見ればただの側仕え。
アスランが首と宣言すれば、一瞬で他人同士になる。
進軍を控えた大切な夜なのだから、戦に帯同しない側仕えなど放っておけばいい。
本当に、ただの側仕えなのだとしたら。
アスランの足は、執務室を出て廊下へと向かっていた。
「僕に、気配すら感じさせたくないってことか?」
最後の夜、アスランがルルに会いに来るだろうと察して、姿を隠したのかもしれない。
「どこかに身を潜めるといっても、こんな夜にルルがゴート城を離れることは考えづらい」
だとしたら、城内のどこかにいる。
「僕の行きそうにない場所に」
アスランは、屋上へと繋がる外階段に向かった。
階段を上りきると、星が瞬く夜空が見えた。
大きな満月が高く上がっている。雲も出ていて、柔らかな金の円をたまに隠す。
屋上の隅で、ルルが膝を抱え座っていた。
アスランの足音を耳に捉えたのか、身体がピクッと反応する。
だが、顔は上げなかった。
足音で誰なのか、判ったのかもしれない。
「ルル。僕だ。隣に座っていいか?」
そう聞いたものの、アスランは、返事を待たずに腰掛けた。
「これを返しにきた。大切な物なのに、長い間、借りていて悪かったな」
ルルへ剣を差し出すと、ようやく顔を上げてくれた。
うつろな表情をしている。
「今夜は月狂いの夜だ。大丈夫なのか?」
「ロンド様が、よく効く月見草を小袋に入れてくださったので」
アスランがルルの首元に鼻を寄せる。
「たしかに、世界中の月見草を焚きしめたような匂いがするな」
そう言いながら離れると、ルルが首元に手を当てる。
そして、拳二つ分ほど距離を開けて座り直した。
「以前より己を見失ってないみたいだが、それにしたって剣士には危険な夜だ」
すると、ルルはポケットから暗器を取り出し、床に転がした。
Tの字になっている金属で、下部が鋭く尖っている。接近戦になったとき、握りしめて相手の首や腿などに突き刺す。
「相手が魔法使いだって、奥せず戦えます。俺、ウォルト様とミレイにしごかれたから」
「王都の少年兵ぐらいには強くなったらしいじゃないか。頑張ったな」
「褒められたくて、主に言ったんじゃない!」
ルルの叫び声が、満月の夜に溶けていく。
はっきり物を言うようになったその変わりように、アスランは驚いた。
「そうだな。ルルは、いずれ、王都の剣闘大会に出て、名を上げて活躍する。そのために稽古に励んでいるだから」
「違う!そうだけど、違う」
ルルが激しく首を横に振る。
「剣闘大会に出て名を上げるのは、俺の夢だけど、主の役にも立ちたいっ!!俺も連れていってください。今夜で月狂いの夜は終わる。朝にはまともになりますから」
「君は剣士かもしれないが、兵士ではない。命を散らすような真似はするな」
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