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第三章

43:エイトの過去、ほとんどを聞き尽くしたと思ってたよ。まだ底があったんだね

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「ウソぉ?俺、中卒なの?」
 エイトの声が裏返った。心底驚いていた。
「それって、あまり行ってなかったってことだね?」
「あまりっていうかほぼな。ムショにも学校があるんだけれど、それすらついていけなかった。それは、マジやべーって。俺より頭おかしそうな奴らより、俺、頭が悪いのかよって。まあ、漢字が書けて読めるようになったところで劇的には変わりはしないだろうけれど、俺は色んな部分が陥没しているだろうから、それを埋めたい」
「きっと変わるよ。心が。努力は自信に変わると思う。最終的に生き様だって変わるんんじゃない?」
「だったらいいんだけどねー」
 まるで信じていない声色だ。
「院内学校の先生が言ってた。国語、数学、理科、社会、英語、物理、生物。色んな教科を学ばされるけれど、それってアプリみたいなもんなんだって」
「携帯に入っているあれか?」
「うん。アプリって開いて試してみないと良さがわかんないでしょう?教科も同じで、試してみて興味が持てそうなものを極めていけばいいって。エイトの場合、その出発点に立ったってことでしょ。こんなに大きい生徒に教えることになるとは思っても見なかったけれど、僕も夢が叶うことだしやってみよ。何年生ぐらいからする?小五ぐらい?」
「一から。俺さ、マジで小学校に指で数えられるほどしか行ってねえんだ。母親がほとんどいなかったから、小学生になったら平日は朝起きて小学校に行くっていう感覚が無くて。行ってもやれ服がボロいだの臭いだの馬鹿にされるしさ」
「じゃあ食事とかは、どうしていたの?」
「県営住宅っていうボロい長屋みたいなとこに住んでた。隣がスナック務めの女で 日中、部屋にいるからメシをたかりに行っていた。それが十代になるまで俺のサイユウセンジコウだった。えっと、伝わっている?」
「勉強よりも食べることが大事だったんだね。そりゃそうか」
 零の頭に小さなエイトが浮かんでくる。
 困り果てて泣いている。
「母親はその女が世話してくれることに味をしめてますます家に帰って来なくなって、俺、もうほとんどその女の家に住んでた」
「エイトの過去、ほとんどを聞き尽くしたと思ってたよ。まだ底があったんだね」
「また引かせたな。止めるか、この話」
「聞くよ。続けて」
 エイトはしばらく考えこんだ。
 喋ることを整理したかったようだが、うまくいかなかったようだ。ぽつり、ぽつりと語り始める。
「優しい女だったと思う。メシを食ったら歯を磨くとか、髪を梳かすとか、長く伸びたら切るとかその女は教えてくれたから。俺、六歳になってもそういうことすら知らなかったんだ。ええっと、あと何だ?」
 エイトが指を折り始める。
「服は寝巻きと普段着で分けるとか。布団の敷布は変えるとか。世の中には菓子パンやカップラーメン以外の食い物があるとか」
 堪らない気持ちになって、エイトの手に自分の手を重ねた。もう数えて欲しく無かった。
 でもエイトは喋り続ける。
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