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第三章

46:放っておいてくれよ!それがマナーだろ。礼儀だろ

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 小一の国語はさすがに簡単で、一ページ終えたエイトのドリルにペンケースから取り出した赤ペンで採点をする。
「僕が、院内学級でしてもらってすごく嬉しかった思い出」
 花丸を描くと、エイトの唇の端がちゃんと感情込みでほんの少しだけ上がった気がした。

「なあ、体調がいいならちょっと出かけないか」
 零の首筋を掴んで体温を確かめながらエイトが言ったのは、ドリルも一息ついたその日の夕方だった。小一の問題なので、高速で進む。
 でも、字が汚いのはいただけない。早く解きたいという気持ちが先立つのか、本当に乱雑なのだ。美文字になる練習帳も買った方がいいのかもしれない。
「どこに?」
「バー」
「エイト、行きつけの?」
 ちょっと飲み食べしただけで怖い人が出てきて二十万円ぐらい請求されるところだろうか。
 別に払えなくはないけれど。
 実は零にはそこそこの現金預金があった。亡くなった母親の死亡保険金だ。父親の分もほぼ手つかずである。でもそのことを知っているのは大家と医師の上原しかいない。
 エイトに話すことではない。だって、聞かれないから。
 エイトは返却されこたつの上にある携帯をつついた。
「うんこのついでに調べた。場所は歌舞伎町」
 そして、零は今、エイトと一緒に歌舞伎町二丁目にいた。野良猫が入り込むような建物と建物の狭い隙間だ。寒くないようにモコモコに着込んで、マフラー、手袋で防寒もばっちりして。
 もう何度外出できるかわからない。
 そう考えてエイトの誘いに乗って最寄り駅から電車に乗り新宿駅で降りた。エイトに道案内されるがまま付いていって二丁目の直前で彼の目的に気づいた。そもそも、エイトが歌舞伎町という地名を出した時点で気づくべきだった。
 二丁目にはゲイバーは多い。大学生になったばかりの頃、勇気を出してここまで来たことがあるのだが、一人だったので怖気づいて店には入れなかった恥ずかしい思い出がある。
 そして、今、零はショックを受けていた。
 エイトが零のセクシャリティーに気づき、知らない振りをしていたことに。きっとデリヘル嬢を呼んだ後に何らかのきっかけで気づいたのだ。約二十四時間そのこと黙っていた。
 彼には知られたくなかった。
 名字すら知らないほぼ他人でも、だ。
 だって、友達じゃなくなってしまう。
「どうしてこんなとこにっ、連れてくるんだよっ」
 喚くと、エイトが零の口を塞ごうと手を近づけてくる。
「こんなとこって、さすがにそりゃ失礼だろうが。おいって」 
 それを逃れて隙間を進むと、行き止まりだった。
 背を向けたまま言う
「放っておいてくれよ!それがマナーだろ。礼儀だろ」
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