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番外編
番外編 オシンさん 3
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オシンがクルステにぶつかった様子を市場の大人達が見ていた。
「オシンちゃん!大丈夫!」
布屋のおばさんの叫びはその場に広がったどよめきの声に途中からかき消される。
成人の儀式以外ではめったに姿を見せたことのないクルステの姿を見たとたん、その場にいた全ての大人達はそこが道路であろうが構わず跪いて頭を垂れる。
わけの分からないオシンにもその光景は異様であったし、自分もそうしなければいけないと本能が訴えかける。
オシンが起き上がり、そのまま跪こうとするのをクルステの手が止める。
「跪いたりしないでいいから。わたしも特別な人間では無いのだから。
皆さんも立ち上がって下さいね。」
オシンの手を取って立ち上がらせたクルステは、地面に頭をこすりつけたまま動かない大人達を見て苦笑する。
「怪我は無いかい。わたしが外に出るといつもこんな騒ぎになるから、日頃は外出を控えているのだけど。
本当に申し訳ない。
オシンちゃんと言いましたっけ?ぶつかってごめんね。
でもどうしてだろう。あなたにはわたしと近いものを感じるよ。
また時間があるときにでも神殿においで。ゆっくりとお話しようね。」
そう言うとクルステは跪いたままの大人達に微笑みかけて、神殿の方に歩き始めたのだった。
布屋のアルノは今目の前に起きた奇跡に畏怖の念と共に動けないでいた。
「おばさん?」
さっき自分とおしゃべりしていたオシンちゃんが店を出てすぐに大人とぶつかって倒れるところを見かけた。
起こしに行こうと動き出したところでそのぶつかった相手がクルステ様だと気付いた時は驚きで心臓が止まるかと思った。
数100年前の建国以前から国民を導き、劣悪な王政から議会民主制に移行し、この国に平和を齎したと言われる生き神様。
30年前の成人の儀で拝顔した時と少しも変わらないそのお姿に思わず跪いて頭を道にこすりつけてしまった。
その後、クルステ様がオシンちゃんと何かお話しになられているのが分かったが、それを聞き取ることは叶わなかったのだ。
「おばさん大丈夫?」
オシンちゃんの声にふと我に返る。
恐る恐る頭を上げると不思議そうに顔を覗き込むオシンちゃんがいた。
「オ、オシンちゃん?クルステ様は?」
「クルステ様? あー、あのお姉さんのこと?もうあっちへ行っちゃったよ。」
そのやり取りを聞いていた近くの人から順に立ち上がっていき、数分後には何もなかったかのように大人達が動き始めた。
まるでクルステの噂をすることすら不敬に当たるとでも思っているかのように。
アルノもクルステ様とオシンちゃんの会話の内容を知りたいとは思うのだが、それ自体が罪悪であるかのように思えて、結局聞くことは出来ずじまいになってしまったのだ。
「あっ、おばさん、わたし帰らなくっちゃ。お母さんに叱られちゃう。
おばさん、さようならーー。」
急いで走っていくオシンの姿を見送りながら、奇跡のような出来事に感謝するあるのであった。
「オシン、遅いぞ。」
家に着いたオシンはお父さんから遅くなったことを咎められた。
「ごめんなさい。」と恐縮するオシンを工房の皆んなが笑顔で迎えてくれた。
「さあ、早くお食べよ。冷めないうちにね。」
「ありがとう。いただききます。」
冷めたであろう自分の分の食事を温め直してくれた母親に感謝しながらオシンは皆んなと同じ席について遅い昼食を始めるのであった。
「あのねお母さん。今日不思議なお姉さんに会ったんだ。
とっても綺麗な人。わたしとよく似ているから、また会いにおいでって。」
その晩、寝る前にオシンは今日の出来事を母親に話した。
「知らない人に付いていっちゃ駄目だよ」と言う母親に、悪い人じゃ無いと思うんだけどなと思いながら、またの再会を楽しみにするオシンだった。
翌日、市場を訪れたオシンの母親は昨日の真実を知ることになる。
クルステ様がオシンに会いたいとおっしゃっていると。
慌てて家に戻り、学舎から戻ったばかりの娘に問い質すと、果たして布屋のアルノの言うとおりであった。
その話しは直ぐに父親に伝えられ、オシンは父母と共に急いで神殿に行くことになったのだ。
父母の突然の行動にわけのわからないオシンだったが、その雰囲気から尋ねることも憚られ、縺れる足をなんとか前に出すことしか出来なかった。
やがて神殿にたどりつく。
大きくてどこまで伸びているのか見当も付かない高さの建物。
庶民はもちろん、議員でさえ近づきがたいそこは、成人の儀のみ入ることが許される神聖な場所であり、この国の歴史と象徴と言うべき地である。
「昨日、娘がクルステ様にご無礼を働いたとうかがい、ご容赦をお願いに参りました。」
受付にいる神子様に畏れ多くもと詫びる父親。
神子様は、目の前の水晶に向かって何かをつぶやく。
「そのお子様の名前は?」
「オ、オシンと申します。」
しばらく沈黙の後、神子様はオシンに向かって話しかけられたのだった。
「オシンさん、クルステ様がお会いになられるそうです。
あなただけ、こちらに。」
「オシンちゃん!大丈夫!」
布屋のおばさんの叫びはその場に広がったどよめきの声に途中からかき消される。
成人の儀式以外ではめったに姿を見せたことのないクルステの姿を見たとたん、その場にいた全ての大人達はそこが道路であろうが構わず跪いて頭を垂れる。
わけの分からないオシンにもその光景は異様であったし、自分もそうしなければいけないと本能が訴えかける。
オシンが起き上がり、そのまま跪こうとするのをクルステの手が止める。
「跪いたりしないでいいから。わたしも特別な人間では無いのだから。
皆さんも立ち上がって下さいね。」
オシンの手を取って立ち上がらせたクルステは、地面に頭をこすりつけたまま動かない大人達を見て苦笑する。
「怪我は無いかい。わたしが外に出るといつもこんな騒ぎになるから、日頃は外出を控えているのだけど。
本当に申し訳ない。
オシンちゃんと言いましたっけ?ぶつかってごめんね。
でもどうしてだろう。あなたにはわたしと近いものを感じるよ。
また時間があるときにでも神殿においで。ゆっくりとお話しようね。」
そう言うとクルステは跪いたままの大人達に微笑みかけて、神殿の方に歩き始めたのだった。
布屋のアルノは今目の前に起きた奇跡に畏怖の念と共に動けないでいた。
「おばさん?」
さっき自分とおしゃべりしていたオシンちゃんが店を出てすぐに大人とぶつかって倒れるところを見かけた。
起こしに行こうと動き出したところでそのぶつかった相手がクルステ様だと気付いた時は驚きで心臓が止まるかと思った。
数100年前の建国以前から国民を導き、劣悪な王政から議会民主制に移行し、この国に平和を齎したと言われる生き神様。
30年前の成人の儀で拝顔した時と少しも変わらないそのお姿に思わず跪いて頭を道にこすりつけてしまった。
その後、クルステ様がオシンちゃんと何かお話しになられているのが分かったが、それを聞き取ることは叶わなかったのだ。
「おばさん大丈夫?」
オシンちゃんの声にふと我に返る。
恐る恐る頭を上げると不思議そうに顔を覗き込むオシンちゃんがいた。
「オ、オシンちゃん?クルステ様は?」
「クルステ様? あー、あのお姉さんのこと?もうあっちへ行っちゃったよ。」
そのやり取りを聞いていた近くの人から順に立ち上がっていき、数分後には何もなかったかのように大人達が動き始めた。
まるでクルステの噂をすることすら不敬に当たるとでも思っているかのように。
アルノもクルステ様とオシンちゃんの会話の内容を知りたいとは思うのだが、それ自体が罪悪であるかのように思えて、結局聞くことは出来ずじまいになってしまったのだ。
「あっ、おばさん、わたし帰らなくっちゃ。お母さんに叱られちゃう。
おばさん、さようならーー。」
急いで走っていくオシンの姿を見送りながら、奇跡のような出来事に感謝するあるのであった。
「オシン、遅いぞ。」
家に着いたオシンはお父さんから遅くなったことを咎められた。
「ごめんなさい。」と恐縮するオシンを工房の皆んなが笑顔で迎えてくれた。
「さあ、早くお食べよ。冷めないうちにね。」
「ありがとう。いただききます。」
冷めたであろう自分の分の食事を温め直してくれた母親に感謝しながらオシンは皆んなと同じ席について遅い昼食を始めるのであった。
「あのねお母さん。今日不思議なお姉さんに会ったんだ。
とっても綺麗な人。わたしとよく似ているから、また会いにおいでって。」
その晩、寝る前にオシンは今日の出来事を母親に話した。
「知らない人に付いていっちゃ駄目だよ」と言う母親に、悪い人じゃ無いと思うんだけどなと思いながら、またの再会を楽しみにするオシンだった。
翌日、市場を訪れたオシンの母親は昨日の真実を知ることになる。
クルステ様がオシンに会いたいとおっしゃっていると。
慌てて家に戻り、学舎から戻ったばかりの娘に問い質すと、果たして布屋のアルノの言うとおりであった。
その話しは直ぐに父親に伝えられ、オシンは父母と共に急いで神殿に行くことになったのだ。
父母の突然の行動にわけのわからないオシンだったが、その雰囲気から尋ねることも憚られ、縺れる足をなんとか前に出すことしか出来なかった。
やがて神殿にたどりつく。
大きくてどこまで伸びているのか見当も付かない高さの建物。
庶民はもちろん、議員でさえ近づきがたいそこは、成人の儀のみ入ることが許される神聖な場所であり、この国の歴史と象徴と言うべき地である。
「昨日、娘がクルステ様にご無礼を働いたとうかがい、ご容赦をお願いに参りました。」
受付にいる神子様に畏れ多くもと詫びる父親。
神子様は、目の前の水晶に向かって何かをつぶやく。
「そのお子様の名前は?」
「オ、オシンと申します。」
しばらく沈黙の後、神子様はオシンに向かって話しかけられたのだった。
「オシンさん、クルステ様がお会いになられるそうです。
あなただけ、こちらに。」
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