みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん

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第8部 ぽんこつMy.HERO

第27話 迷えるドブネズミ

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 大和田信菜は気がつくと、森実海浜公園傍の浜辺へとやって来ていた。

 父親に『頼むから、わたしたち家族のジャマだけはしないでくれよ』と、告げられた後の記憶が、まったく無い。

 一体自分は、どうやってここまで来たのか?

 まったく覚えていなかった。

 覚えている事と言えば、父親の無機質で冷たい視線と、声音こわねのみ。

 それだけが耳にこびりついて、離れない。



「……もう夜か」



 何となしに空を見上げる。

 そこには東から来た夜が、オレンジ色を黒く蹂躙していく様が見えた。

 ふとローファーの底に、柔らかい砂の感触を感じた。

 視線を下げると、へそのすぐ下まで海水にかっていた。



「海だ……」



 波がさらなる深みへと、彼女をいざなおうとする。
 
 それは不思議な魅力となって、ゆっくりと彼女の足を進めた。

 ゆらゆらと、不気味な生き物みたいに、海面が揺れる。

 そっと掌ですくい、口に含んでみる。



「しょっぱい……」



 塩の味がした。

 記憶しているよりも、しょっぱかった。

 天と地が逆さまになったような漆黒の帳(とばり)の中、泥のように濁った海水に視線を落とす。

 世界は今日も簡単そうに回る。

 自分を置いて回っていく。

 夜空に向かって、手を伸ばす。

 もちろん届かない。

 届くはずがない。

 力なく腕を下ろす。

 ちゃぽんっ! と、海面を叩く音がした。

 そう言えば、そろそろお兄ちゃんが帰ってくる時間だ。

 もしかしたら、今頃心配しているかもしれない。

 信菜はポケットからスマホを取り出す。

 画面は暗転したままだった。

 そういえば防水じゃなかった。

 修理に出さないと、そう思ったら色々なことが面倒になった。

 あまりにも面倒になったので、海の中に放り投げてみた。

 深い緑色の闇の中へと沈んでいくソレを見ていると、何故か少しだけスッキリした。



『――――ッ!』


 
 頭の中で何かがうごめめく。

 誰かの声が自分を揺さぶる。





 死にたくなった。
 




 信菜は死にたくなるから、考えないことにした。

 だというのに、頭は勝手に何かを考えはじめる。

 やめて、何も考えたくない。

 考えたくないんだ。

 すぐ傍で聞く波の音は、意外なくらい静かだった。

 まるで子守唄のように、彼女の全身を包みこんでくれる。

 ひゅうっ! と、冷たい風が信菜の体を震わせた。

 寒さから逃れるように、身を沈ませる。

 海の中はとても冷たいハズなのに、不思議と温かく感じた。

 すごく安心できる温かさだ。

 前にも似たような温かさを感じた気がしたが、思い出せない。

 頭にモヤがかかっているみたいだ。

 もっと先へ進めば、思い出せるかもしれない。

 気がつくと彼女は深いところ、深いところへと、歩を進めていた。

 制服が徐々に重くなっていく。

 それでも構わず前へと進む。



 もっと深いところへ。
 肩が海水に浸かる。



 さらに深いところへ。
 鼻先が海に沈む。



 ずっと静かな所へ。
 音が遠ざかる。



 もっと……安らかなところへ。
 刹那、視線が海中に沈む。



 波が体にまとわりつき、強い力で彼女の身体を、意識を引きずりこむ。

 が、それは錯覚だったらしい。

 信菜は肩まで海水に浸かったところで、足を止めていた。

 いや、止めさせられていた。

 波よりもはるかに強い力を持った【ナニカ】が、シャツの襟首を引っ張っていた。

 それはゴツゴツとした、大きな男の子の手だった。



「――いやいや、お嬢さん! それは洒落にならんてっ!?」



 そこには、今にも泣きそうな顔をした大神士狼が立っていた。
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