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1.姫の章
18.噂の魔物
しおりを挟む「皆さん、ありがとうございました」
「お世話になりました」
翌朝早く、私達は日が昇ってきたのを確かめて、宿を発つ事にした。
「これ、お弁当です。またいつでも泊まりに来てくださいね」
ハナちゃんとダイナさんに見送られて歩き始め……ふと、今の私にまたがあるのかと考えると寂しくなる。
「カロンとセドニーを回収したらまた戻ってきましょう」
察したようにルチルが励まされ、宿での想い出をラピスとスピネルに話しながら、まだ人通りのない静かな市場を行き過ぎる。
「あんまり一処に居着くのは良くねぇが、想い出が出来たのはよかったな」
「姫様は城にいる頃からよく退屈だと外に出たがっていましたから、外の世界を知るいい機会になるかもしれません」
「うん……おぼえていられるといいな」
「きっと大丈夫です」
モモルーは早起きが苦手なのか、私の肩でまだ眠っている。返事はないけれど、肩にほんのりと伝わるこの子の温かさに、とても癒されている気がする。
市場を通り過ぎると風景が変わってきて、小さな家がたくさん建っている通りに出た。まだみんな眠っているのか、ひっそりとして薄暗く、窓から明かりが漏れている家もない。
「魔物騒ぎの影響でしょう。金を配る理由も、祭りではなく魔物騒ぎの為だったのかもしれませんね」
「まぁ、そうだろうな。祭りは延期になったらしいが結局、何を祝うか民には知らされていなかったらしい」
静かな通りを歩いていると、話し声も自然に密かに。
「疲れたら言えよ」
「ありがとう」
静かでひっそりとした旅の始まり。けれど、事態は思っていたより深刻で。
「おい」
緊迫したスピネルの声。同時に剣がすぐ横を通り過ぎていく。
目撃情報通り、黒い毛に覆われた巨大な熊の胴体に狼の頭が三つ……ゴジラのような尻尾が地面に打ちつけられる度、轟音と揺れに見舞われて、地面が割れる。
「頭切るぞ!! 」
スピネルの号令で駆け出す三人の戦士達。
「はぁぁぁっっっ!! 」
一足早くスピネルが斬りつけた。魔物の眼が紅く光る。
飛び上がるラピスとルチル、でも後ろから。
「危ないっっ!! 」
太い尾が今にも二人に……声を張り上げ、何とか避けたと思ったら今度は。
「ルチル!! 」
鋭い爪につまみ上げられて、ジロジロと紅い眼に見られている。
何をされるか、恐怖で足が震える。
三人が闘うそばで私だけ一人、何もできない。王族になれるほど強い力を持っているはずの特別なエメラルド。
「くそっっ!! 」
ルチルを救う為、果敢に立ち向かうスピネルとラピス。でも魔物はうるさい蝿を払うようにスピネルの方へルチルを投げつけて、二人は地面に叩きつけられてしまった。
ラピスはすばしっこく、魔物の手を避けて登っていくけれど、剣で斬り掛かった所を手で振り払われてしまった。
「ラピス!! 」
「っ……くっ…姫様……お逃げください」
「そんな事出来るわけない!! 」
こんな時に、役立つどころかキラリとも光らない緑の石。
「ロゼ、逃げろ!! 」
声の意味に気付いた時にはもう遅かった。
さっきのルチルと同じように、つまみ上げられてすぐ横を向くと魔物の鋭い爪が見える。
(どうして……何の力も発揮できないの、私が姫様じゃないから? でも詳しくないけどアニメとかで見る異世界転生って、魔法使えたり、能力持ってたりするでしょ、普通!! )
下では私を救うべく、満身創痍の三人が剣を手に起き上がって闘ってくれている。
(それなのに…私は……)
湧き上がってきたのは劣情。情けない、いつも無力で何もできない役立たずな自分。そのくせ、人生やたらハードモードで今だって異世界に来てまでこんな魔物に殺されそうになって手も足も出ない。
ルチルも、スピネルもラピスも……命懸けで守ってくれている。
それなのに私は。
身体が熱く、無力な自分への怒りが。
世界が紅く染め上げられて、魔物の雄叫びが響き渡って。
(あぁ……こんなあっけなく、終わっていくんだ……)
何が終わるのかわからない。もしかしたら私が死ぬことで、本来の姫様の意識がこの身体に戻ってこられるのかもしれない。
優しくて、特別な力で皆を守り、愛されていた姫様が。
(私じゃ……なかった……)
「ロゼ!! 」
最後の瞬間、スピネルの声が聞こえた気がした。
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