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1.姫の章
20.異変
しおりを挟む「行くぞ!! 」
声と共に空を駆け、しなやかに舞って攻撃を避け、身を翻して剣を突き刺す。
迫りくる尾の先をルチルが切り落とす。しかし、瞬時に再生されて歓喜は消え去り激しさを増して騎士達を襲う。
息を呑むような戦闘を、ただ見ているしかない無力な自分。何度も前に出ようとしてモモルーに止められて。
彼等は闘っていた。
生身の身体で何度、地面に叩きつけられても、命を投げ出し、全てを懸けて。
涙が溢れて止まらない。
彼等のことなんて何も知らないくせに……もうやめてと何度も言ってしまいそうになる。
「うっっ……」
その瞬間、何かのビジョンが見えて頭に激痛。
「ロゼ!! 」
「スピネル……」
「大丈夫か」
「どうして」
「力が弱まったからな…お前に何かあったかと」
「私は…大丈夫だから早く皆の元に……」
「俺の役目は終わった、後はあいつらがやってくれる」
スピネルの言葉通り、程なくしてラピスとルチルも戻ってきた。
「姫様、お怪我ございませんか」
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
傷だらけのぼろぼろで、それでも私を気遣ってくれる。この世界の騎士という仕事は、こんなにも自分を蔑ろにしてまで……主人に仕えなければならないのだろうか。
「ひとまず、休める所に移りましょう」
硫黄のような異臭を感じながら、ルチルに抱えられてその場を離れた。
「過去を……思い出す時だと思うの」
頭痛の理由を、私はそう説明した。
自分でも何が起こっているのか、全てわかっているわけではない。ただ、この世界に来るより前の……日本という国がある世界にいた頃の事。その頃経験した苦しみ、やりきれなさ、救われず落ちていく無念さ、悔しさ、怒り……そういった自分の奥底にあるドロドロとした汚い物が湧き上がる時、何かの映像が浮かんで呼吸が荒れ、頭が痛くなったりするのだと。
そして以前、石の力を使った時に同じ状態だった事も話した。
「なるほど……力が強まった時に起こるのか」
「ですが、頭痛も過呼吸も続けば心身への影響は計り知れません。治す方法を探しましょう」
スピネルは黙ったまま何も言わない。難しい顔をして考え込んで、いつもひょうきんな振りをして実際は、わりと気難しくて思慮深い人なのかもしれない。
「ありがとう……」
この世界に来て初めて、私は心からの感謝を三人に伝えた。怒りも理不尽も、まだ拭えてはいないけれど。
彼等が闘ってくれている間、何か温かいパワーのようなものを感じていた。
柔らかく、全身が大きな手で包みこまれているかのようなパワーを。
守ってくれているという実感、なのかもしれない。
「少し休んだら進むぞ」
「スピネル、気持ちはわかるがこんな状態で歩けるわけないだろう。今日はこの辺りで野営を」
「はぁ……この先に宿がある。具合が悪い時ぐらいまともな所で休みたいだろ」
皆がそれぞれの考えで私を気遣ってくれている。もちろんそれは私が姫様だからだけれど、今はそんな事どうでもよかった。
「少し収まってきたみたい。歩けると思う」
立ち上がり、また歩き始める。
「頭痛に効く薬草があるので、宿に着いたら煎じてみましょう」
「まぁ、宿っつっても何もねぇけどな。火ぐらい起こせるだろ」
「火くらい……スピネル、もしかして姫様にまで空き家に不法滞在させるつもり? 」
「不法滞在? 」
「ち、ちげぇよ。今回は事前に家主から許可もらってんだよ」
「今回はって事は……いつもやってるんだ」
「なっ、鋭いツッコミすんな」
「姫様、その意気ですよ」
「ルルルゥ♪」
「おい、何でお前まで喜んでんだよ」
こうしてわいわい話していると、少しだけ頭痛も和らいでいく気がする。
笑ったり、冗談を言ったりして疲れをごまかしながら何キロか進んで、やっと森の奥深くにある丸太小屋に辿り着いた。
(初めてスピネルに会った…あの小屋に似てる……)
「今は寒期だからな。持ち主の猟師が出稼ぎに出てる間、使わせてもらってんだよ」
「出稼ぎって? 」
「この寒さだからな、稼ぎになるほど獲物が捕れねぇんだ。だから猟師達は皆、この時期になると王都へ出て薪とか木彫りの人形なんかを売ったりして稼ぐ。故郷に里帰りする奴もいるしな」
(えっと……)
スピネルは当たり前のように言うけれど、すごい違和感。
「今って……寒い? 」
「そうですね……一年のうちでもかなり寒い方かと。ねぇ、確かラピスは寒さが苦手だったよね」
「な、それは昔の話で……軍人だからな、そのぐらい耐えなくては」
そう言いながらも寒いのか、ラピスは暖炉に火を入れる手を止めようとはしない。
(風が心地よくて秋の始まりくらいかと思ったんだけど……もしかしたら私の体感がおかしいのかな)
「気温……とかって…」
「えぇ、少々お待ちください……そうですね、今は17度。少し冷えてきましたね」
「じ、じゅうななど……」
思わずカタコトになってしまった。
「姫様? 」
「ごめん……私のいた世界はもっと寒くなる時期があったから……冬になると最高でも6度とか」
「6度!? 」
小さな丸太小屋に騎士三人の驚愕の叫び声が響いた。
(やっぱり頭、痛いかも……)
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