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第十六話
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「……その、よかったな。コスティが無事で。一件落着だ」
夕食後、報告書を書いているイングヴァルの元にアカートが現れた。
アカートの声にイングヴァルは手を止めて視線を上げ、頬杖をついた。
「そうだね。本当に良かった。安心したよ」
「……悪かったな、殴ったりして」
「何がかな。君がいなかったら僕は冷静になれていなかったよ。それにね、君も僕の体を触ってわかっただろう。僕の体は氷のように冷えていて、感覚もほとんどないんだ。痛くはなかったよ」
言ってイングヴァルは自分の頬を叩いてみせた。
「俺はな、お前のそういう、優等生ですかした態度が気に食わねえんだ」
「そう言っても、僕はこういう性格だからなぁ……」
イングヴァルの返しにアカートは溜息をついた。
「お前、今度からちゃんと周りに弱音を吐けよ」
「……そうだね、本当にそうだ」
言ってイングヴァルはペンを置いて立ち上がり、窓に向かう。
外には雪が降っていた。
「僕は四年前の冬、傭兵団の仲間に裏切られて殺されたんだ。あり得ない奇跡が起こって死んではいないけどね。でも、自分が殺されるのを待つしかないのはとても怖かったよ。二度と思い出したくないくらいだ。……だから、今までイグナシウスさんとアウレリオにしか話していなかったんだけど。僕は一人で上手くやっていけると思っていたんだ。でも、全然そんなことはなかったね。今回はたまたまコスティ君が助かったけれど、二度と僕のせいで誰かが傷付かないようにするよ。イグナシウスさんが、こんな僕でもいていいって言ってくれた居場所なんだ。だから、僕はこの場所を誰も傷つかない場所にしたい」
「具体的には?」
「……そうだな。もっと君たちを信じるよ。それで、君たちの手を借りるようにする。書類仕事は君を頼るとかね。ほら、さっきも言った通り僕の手はほとんど感覚がないものだから、文字を書くのが苦手なんだ。書類を書くのに時間がかかって仕方がない。君は代書屋だけあって字が上手いだろう?」
言ってイングヴァルは振り返ってアカートのほうを見た。
「は? まさかお前、今までずっと書類仕事ばっかしてたのって単純に書くのが遅かったからってことか?」
「……まあ、そう」
恥ずかしそうにイングヴァルは言った。
「それを早く言えよ! 俺に頼めば済んだ話だろ」
「ぼ、僕にだってちっぽけな意地くらいあるんだぞ。字が下手だからなんて言えるわけないだろう……!」
「捨てちまえそんなもん! 他には! なんか隠してることはねえだろうな!」
「か、隠すだなんて……」
イングヴァルはそう言ったものの、何か言いたげにアカートのほうを見つめている。
「その、僕はまだ教会に入ったばかりだから、聖職者のよく使う言い回しとか、聖典の引用とかがたまにわからないことがあって……。雰囲気で使ってて、今更誰かに聞けなくて……」
「た、ま、に、だぁ?」
「ひ、頻繁に、です……」
アカートの威嚇に気圧されてイングヴァルは答えた。そこに院長の威厳はなかった。
「この見栄っ張りが! 書類は俺が書く! 明日からお前は聖典の勉強! アウレリオと一緒にだ! 雑用も他の奴らに頼め! わかったか!」
「は、はい……」
イングヴァルはしゅんとして恭順の態度を示した。
「で、でも……。これだけは言っておくけど……」
「何だよ、まだ何かあるのか」
「か、隠し事じゃないよ。その、君とは方針の違いがあるけれど。僕が正規の手段にこだわるのは、常日頃から規則を守っていれば信用が得られるからだ。確かに君の言う通りに手段を選ばなければもっと事が早く済むかもしれない。でも、規則を守っている間は規則が僕たちを守ってくれる。相手も突っぱねるのに難癖をつけないといけない。それに、ちょっとずつ信用を積み重ねていけば……」
「いけば?」
「ここぞというところで規則を破っても意外とばれないんだ」
ふっ、と誇らしげにイングヴァルは言った。
「……お前、いい性格してるよ」
言ってアカートは大きく溜息をつく。
「僕だって傭兵団の団長だったんだぞ。僕の賃金交渉次第でみんなが食べていけるか決まるんだ。どんな汚い手でも使ったさ。僕は君が思っているほどいい人間じゃないよ。それに……」
イングヴァルはそこで区切って悪戯っぽく笑う。
「君は不真面目を気取っているけど悪い人間じゃない。そっちのほうがずっと見栄っ張りで優等生で、いい性格だと思うけど」
イングヴァルに言われて、アカートは珍しく言葉に詰まった。
それから視線をあちこちにやって、ああでもないこうでもないと悩んでから口を開いた。
「……お前が自分のことを話したから、俺も一つ言ってやる。俺はお前が羨ましいんだ。教会の上級司祭になって、ここの院長として立派にやってる。汚いことをしてない。俺がどんなに望んでも手に入らないものを、お前は全部持ってる。だから、その……」
「素直になれなかった?」
「……そういうことだな。みっともなくて仕方がねえが。ほら、仕事は終わらせて早く寝ろ。明日からみっちり勉強だからな」
「はいはい、わかったよ。頼れるアカート君の言う通りにしよう」
言ってイングヴァルはペンを片付ける。その顔は笑っていた。
夕食後、報告書を書いているイングヴァルの元にアカートが現れた。
アカートの声にイングヴァルは手を止めて視線を上げ、頬杖をついた。
「そうだね。本当に良かった。安心したよ」
「……悪かったな、殴ったりして」
「何がかな。君がいなかったら僕は冷静になれていなかったよ。それにね、君も僕の体を触ってわかっただろう。僕の体は氷のように冷えていて、感覚もほとんどないんだ。痛くはなかったよ」
言ってイングヴァルは自分の頬を叩いてみせた。
「俺はな、お前のそういう、優等生ですかした態度が気に食わねえんだ」
「そう言っても、僕はこういう性格だからなぁ……」
イングヴァルの返しにアカートは溜息をついた。
「お前、今度からちゃんと周りに弱音を吐けよ」
「……そうだね、本当にそうだ」
言ってイングヴァルはペンを置いて立ち上がり、窓に向かう。
外には雪が降っていた。
「僕は四年前の冬、傭兵団の仲間に裏切られて殺されたんだ。あり得ない奇跡が起こって死んではいないけどね。でも、自分が殺されるのを待つしかないのはとても怖かったよ。二度と思い出したくないくらいだ。……だから、今までイグナシウスさんとアウレリオにしか話していなかったんだけど。僕は一人で上手くやっていけると思っていたんだ。でも、全然そんなことはなかったね。今回はたまたまコスティ君が助かったけれど、二度と僕のせいで誰かが傷付かないようにするよ。イグナシウスさんが、こんな僕でもいていいって言ってくれた居場所なんだ。だから、僕はこの場所を誰も傷つかない場所にしたい」
「具体的には?」
「……そうだな。もっと君たちを信じるよ。それで、君たちの手を借りるようにする。書類仕事は君を頼るとかね。ほら、さっきも言った通り僕の手はほとんど感覚がないものだから、文字を書くのが苦手なんだ。書類を書くのに時間がかかって仕方がない。君は代書屋だけあって字が上手いだろう?」
言ってイングヴァルは振り返ってアカートのほうを見た。
「は? まさかお前、今までずっと書類仕事ばっかしてたのって単純に書くのが遅かったからってことか?」
「……まあ、そう」
恥ずかしそうにイングヴァルは言った。
「それを早く言えよ! 俺に頼めば済んだ話だろ」
「ぼ、僕にだってちっぽけな意地くらいあるんだぞ。字が下手だからなんて言えるわけないだろう……!」
「捨てちまえそんなもん! 他には! なんか隠してることはねえだろうな!」
「か、隠すだなんて……」
イングヴァルはそう言ったものの、何か言いたげにアカートのほうを見つめている。
「その、僕はまだ教会に入ったばかりだから、聖職者のよく使う言い回しとか、聖典の引用とかがたまにわからないことがあって……。雰囲気で使ってて、今更誰かに聞けなくて……」
「た、ま、に、だぁ?」
「ひ、頻繁に、です……」
アカートの威嚇に気圧されてイングヴァルは答えた。そこに院長の威厳はなかった。
「この見栄っ張りが! 書類は俺が書く! 明日からお前は聖典の勉強! アウレリオと一緒にだ! 雑用も他の奴らに頼め! わかったか!」
「は、はい……」
イングヴァルはしゅんとして恭順の態度を示した。
「で、でも……。これだけは言っておくけど……」
「何だよ、まだ何かあるのか」
「か、隠し事じゃないよ。その、君とは方針の違いがあるけれど。僕が正規の手段にこだわるのは、常日頃から規則を守っていれば信用が得られるからだ。確かに君の言う通りに手段を選ばなければもっと事が早く済むかもしれない。でも、規則を守っている間は規則が僕たちを守ってくれる。相手も突っぱねるのに難癖をつけないといけない。それに、ちょっとずつ信用を積み重ねていけば……」
「いけば?」
「ここぞというところで規則を破っても意外とばれないんだ」
ふっ、と誇らしげにイングヴァルは言った。
「……お前、いい性格してるよ」
言ってアカートは大きく溜息をつく。
「僕だって傭兵団の団長だったんだぞ。僕の賃金交渉次第でみんなが食べていけるか決まるんだ。どんな汚い手でも使ったさ。僕は君が思っているほどいい人間じゃないよ。それに……」
イングヴァルはそこで区切って悪戯っぽく笑う。
「君は不真面目を気取っているけど悪い人間じゃない。そっちのほうがずっと見栄っ張りで優等生で、いい性格だと思うけど」
イングヴァルに言われて、アカートは珍しく言葉に詰まった。
それから視線をあちこちにやって、ああでもないこうでもないと悩んでから口を開いた。
「……お前が自分のことを話したから、俺も一つ言ってやる。俺はお前が羨ましいんだ。教会の上級司祭になって、ここの院長として立派にやってる。汚いことをしてない。俺がどんなに望んでも手に入らないものを、お前は全部持ってる。だから、その……」
「素直になれなかった?」
「……そういうことだな。みっともなくて仕方がねえが。ほら、仕事は終わらせて早く寝ろ。明日からみっちり勉強だからな」
「はいはい、わかったよ。頼れるアカート君の言う通りにしよう」
言ってイングヴァルはペンを片付ける。その顔は笑っていた。
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