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第20話
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ディヒトバイをそっとしておいたほうがいいかと思い、クエルチアは風呂に入った。
海水でべたついている肌や髪を洗ってさっぱりしたその帰り道、ホールを通ると商人と話をしているアカートに出会った。
丁度話を終えたところだったアカートはクエルチアに気付くと、ホールの隅にあるソファに座るよう促した。
促されるままにクエルチアはソファに座る。
「どうしました」
「どうしましたじゃねえ、今日はどうだったんだよ、二人きりになったんだろ?」
そのことかとクエルチアは納得すると、悩みながら話し始める。
「船の上でナイフをなくしたでしょう。その代わりを、今日ディヒトさんに買ってもらって。自分を助けるためになくしたんだから、自分が買うって」
「十分収穫があったんじゃねえか。何もなかったのかと思ったぜ」
「でも、それしかなくて……。話も何もできなかったし……」
「まあ待て、冷静に考えろ」
無駄に威勢のよかったアカートは更に威勢をよくし、身振りを加えながら話し始めた。
「あのディヒトがだぞ。一匹狼を絵に描いたようなディヒトが他人に贈り物を! これはかなり脈ありと考えていい」
「でも」
「どうした、浮かねえ顔をして」
クエルチアはアカートのほうを窺い、ため息をついた。
「次にああいうことがあったら見捨てろって、言われてしまって」
きっと自分のような若輩者に助けられたのが気に食わなかったのだろう。
ディヒトバイの気分を害してしまったと落ち込むクエルチアに、アカートはにやにやしながら答えた。
「そんなの決まってるだろ、自分のために命を投げ捨てるような真似をすんなってことだよ。よく思われてる証拠じゃねえか」
「都合が良すぎやしませんか?」
「そんなこたあない!」
怪訝そうにクエルチアは問うと、アカートはなぜか自信満々に答えたのだった。
「ふふふ、予言しよう。この恋が必ず実るとな」
指を振りながらアカートは言った。
「何です突然」
急すぎるアカートの言葉に、クエルチアは疑わしいものを見るような目でアカートを見た。
「お前にゃ突然に見えても俺にゃ突然じゃねえの。確固たる根拠があんの」
「その根拠とやらを教えてくださいよ」
「そりゃあのとき船の上で……、って駄目だ。そこまで言ったらディヒトが可哀想だ。そこはそれ、保証されてんだから好き勝手やって当たって砕けろって意味だよ」
「船の上で何かあったんですか? それに砕けちゃ意味がないでしょう」
「勢いでディヒトと寝た割には細かいことを気にする男だな」
「そ、それは……」
アカートは不真面目だが嘘をつくような人間ではない。
しかし、だからといって他人を弄ぶような言動はどうかと思いながら、クエルチアはため息をついた。
「でもディヒトさん、さっき様子がおかしくなかったですか?」
クエルチアが言うと、アカートは痛いところを突かれたというように唸った。
「まあな。フリースラントに行くって聞いた時点で相当嫌がってたし、さっきは怖い顔をしてたもんな。行きたくない場所があるみてえだ」
「何か、力になれればいいんですけど……」
クエルチアが言うと、アカートはクエルチアの肩を叩いた。
「それは俺に言うんじゃなくて、ディヒトに言ってやんな」
アカートは言うとソファから立ち上がる。
「作戦会議は以上だ。部屋に戻ろう」
言うほど作戦会議だったのかは疑問が残るが、何も進まなかったわけではない。
自分がそこまでディヒトバイによく思われているかは実感が湧かないが、嫌われているわけではないことを他人から言ってもらえるのは安心する。
彼がこの旅に不安を抱えているというなら、せめてその助けになろう。
そして、それを伝えよう。
クエルチアはそう決めて部屋に戻るアカートの後を追った。
海水でべたついている肌や髪を洗ってさっぱりしたその帰り道、ホールを通ると商人と話をしているアカートに出会った。
丁度話を終えたところだったアカートはクエルチアに気付くと、ホールの隅にあるソファに座るよう促した。
促されるままにクエルチアはソファに座る。
「どうしました」
「どうしましたじゃねえ、今日はどうだったんだよ、二人きりになったんだろ?」
そのことかとクエルチアは納得すると、悩みながら話し始める。
「船の上でナイフをなくしたでしょう。その代わりを、今日ディヒトさんに買ってもらって。自分を助けるためになくしたんだから、自分が買うって」
「十分収穫があったんじゃねえか。何もなかったのかと思ったぜ」
「でも、それしかなくて……。話も何もできなかったし……」
「まあ待て、冷静に考えろ」
無駄に威勢のよかったアカートは更に威勢をよくし、身振りを加えながら話し始めた。
「あのディヒトがだぞ。一匹狼を絵に描いたようなディヒトが他人に贈り物を! これはかなり脈ありと考えていい」
「でも」
「どうした、浮かねえ顔をして」
クエルチアはアカートのほうを窺い、ため息をついた。
「次にああいうことがあったら見捨てろって、言われてしまって」
きっと自分のような若輩者に助けられたのが気に食わなかったのだろう。
ディヒトバイの気分を害してしまったと落ち込むクエルチアに、アカートはにやにやしながら答えた。
「そんなの決まってるだろ、自分のために命を投げ捨てるような真似をすんなってことだよ。よく思われてる証拠じゃねえか」
「都合が良すぎやしませんか?」
「そんなこたあない!」
怪訝そうにクエルチアは問うと、アカートはなぜか自信満々に答えたのだった。
「ふふふ、予言しよう。この恋が必ず実るとな」
指を振りながらアカートは言った。
「何です突然」
急すぎるアカートの言葉に、クエルチアは疑わしいものを見るような目でアカートを見た。
「お前にゃ突然に見えても俺にゃ突然じゃねえの。確固たる根拠があんの」
「その根拠とやらを教えてくださいよ」
「そりゃあのとき船の上で……、って駄目だ。そこまで言ったらディヒトが可哀想だ。そこはそれ、保証されてんだから好き勝手やって当たって砕けろって意味だよ」
「船の上で何かあったんですか? それに砕けちゃ意味がないでしょう」
「勢いでディヒトと寝た割には細かいことを気にする男だな」
「そ、それは……」
アカートは不真面目だが嘘をつくような人間ではない。
しかし、だからといって他人を弄ぶような言動はどうかと思いながら、クエルチアはため息をついた。
「でもディヒトさん、さっき様子がおかしくなかったですか?」
クエルチアが言うと、アカートは痛いところを突かれたというように唸った。
「まあな。フリースラントに行くって聞いた時点で相当嫌がってたし、さっきは怖い顔をしてたもんな。行きたくない場所があるみてえだ」
「何か、力になれればいいんですけど……」
クエルチアが言うと、アカートはクエルチアの肩を叩いた。
「それは俺に言うんじゃなくて、ディヒトに言ってやんな」
アカートは言うとソファから立ち上がる。
「作戦会議は以上だ。部屋に戻ろう」
言うほど作戦会議だったのかは疑問が残るが、何も進まなかったわけではない。
自分がそこまでディヒトバイによく思われているかは実感が湧かないが、嫌われているわけではないことを他人から言ってもらえるのは安心する。
彼がこの旅に不安を抱えているというなら、せめてその助けになろう。
そして、それを伝えよう。
クエルチアはそう決めて部屋に戻るアカートの後を追った。
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