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2章 ドノヴォン国立学院編

115 後始末

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 その日の放課後、俺とユリィは一緒にあの勇者岩を修復することになった。

 修復用にもらったのは、石工用ボンドのチューブのみだった。一応はマジックアイテムの一種らしく、そこそこいい値段がするそうで、これを俺たちに手渡したときのリュクサンドールの顔は暗かった。これの代金はこいつの給料から天引きだからしゃーないか。

 石工用ボンドの使い方は簡単で、ようは接着剤だったが、石と石をくっつけると、魔法の力で二つの石が完全に一つに融合するというものだった。接着面が多少でこぼこでも問題なかった。これなら修復作業もすぐ終わる……はずだったが、まずは勇者岩の破片を全部集める必要があり、これが大変だった。俺ってば、あのときはずいぶん頭に血が上っていて、ほぼフルパワーで勇者岩を砕いちゃってたのだ。そのせいで、破片はかなり遠くまで散らばってしまったようだった。

「……うーん、まだまだかなあ?」

 一時間ほどユリィと一緒に岩の破片を集め、それを一か所に積み上げたところで見てみたが、やはりどうも元の岩の大きさには足りてない……。まずいぞ、すでに日は落ちかけ、暗くなり始めているのに。

「レオにも手伝ってもらえればよかったんだがなあ」

 そう、あの黒ヤギのやつは、今日は草むしりのバイトが入っているから俺たちの作業は手伝えないとのことだった。お前の場合は草むしりではなく、草を食べて取り除く仕事だろ、と、ツッコミたくなったが。

「このさい、違う岩を混ぜちまうのはどうだ、ユリィ? 色が似てればバレやしないだろ?」
「そんなズルしちゃダメですよ。ちゃんと元の岩の破片を使いましょう」

 ユリィは相変わらずマジメだ。まあ、確かに、横着して違う岩を混ぜたことがバレたら、今度こそヤバイか。俺はしぶしぶ勇者岩の破片を探す作業に戻った。

「なあ、こういうのって、魔法でなんとかならなかったりしないか?」

 ふと、俺は振り返らずにユリィに尋ねた。別に何か期待しているわけでもなく、ずっと黙って作業をしているのも、ちょっと気まずい感じだったから。

「なんかこう、探しものを簡単に見つけられるような魔法とか?」
「ないこともないですけど」
「へえ、どういう魔法だ?」
「この岩の破片を見つけるなら、回収《リコール》の魔法を使うのが一番いいと思います。壊れて、ばらばらになった物の破片なんかを集めるときに使うものなんです」
「ふーん、確かに今のこの状況にはぴったりの魔法だな」
「……わたしが使えればよかったんですけれど」

 と、ユリィが憂鬱そうにため息をつくのが聞こえた。俺は焦った。たわいのない雑談のつもりで振ったネタだったが、ユリィにとって鬼門の話だったか。

「い、いや、元はといえば、俺がしでかしたことなんだし、お前がこうして手伝ってくれるだけでも、俺にはすごくありがたいことなんだよ!」

 すぐにユリィのそばまで行き、必死に訴えた。せっかく二人きりで作業をしているのに、落ち込んでほしくなかった。実際、俺にとっては、ユリィが一緒にいてくれるだけでもすごくうれしいことだし。

 しかし、ユリィは、

「いえ、そもそもの原因はわたしにあるんです。それなのに、わたしったら、何のお役にも立てなくて……」

 なんかどんどんヘコみはじめてるんだが! 俺が勝手にやったことで、お前が責任を感じる必要なんかないのにさ!

「ユリィ、気にするなよ。今日できないことも、明日かあさってか、来週か来年くらいにはできてるかもしれないもんだしさ」

 脳細胞をフル稼働させ、らしくない、慰めの言葉を口からひねり出す俺だった。

「お前はつい最近、火が出せるようになったばっかりじゃないか。それだけでも十分な進歩だし、それ以上のことを望むのはまだ早いと思うぞ。お前はきっと、ウサギさんより亀さんってタイプなんだよ。ゆっくりじっくり、魔法の才能を開花させればいいさ」
「そうでしょうか……」

 ユリィはなんだか俺の言葉に心を動かされたような雰囲気だった。ずっとうつむいて、地面を行きかうアリの行列を見つめていたのに、急に顔を上げ、俺をじいっと見つめた。すがるような眼差しで。

「そうだよ。何も急にいろんなことができるようになる必要はないんだよ。人それぞれ、成長の速度は違うもんなんだからさ」
「は、はい……ありがとうございます」

 ユリィの顔がぱっと明るくなった。よかった。俺はほっとした。正直、こいつはちょっとチョロいというか、単純すぎるところがあると思うが、今はそういうところがありがたかった。ずっと暗い顔をしているこいつなんて、見たくないからな。こいつは、今みたいに笑っているときが、一番かわいいんだ……えへへ。

「でも、わたし、明日はどうしたらいいのかなって」
「明日? なんかあったっけ?」
「はい。クラスの皆さんに聞いたんですけど、明日は魔法の実技のテストがあるそうなんです」
「ふうん。魔法の実技かあ。お前もそうだが、俺も全然できそうにないな、それ」

 俺は笑い飛ばしたが、ユリィはまたちょっと表情が暗くなりかけていた。その魔法の実技のテストが憂鬱なようだった。まあ、このままじゃ二人とも赤っ恥だからなあ。

「クラスの皆さんは、わたしに何かすごく期待されているようで……。わたし、魔法はほとんど何もできないのに」

 そうか、こいつは俺と違って、テストの点も良かったし、魔法検査の水晶ぶっこわした実績?があるんだっけ。だから余計に、ほとんどなんの魔法も使えないのがバレるのが恥ずかしいわけだ。あの魔占球を使った結果もすごかったしなあ。

 まあ、普通に考えると変な話だよな。これまでのことから、魔力自体はすごいものを秘めているはずなんだ、こいつは。知識もしっかりある。なのに、今はほんのちょっと火が出せるだけ……。母ちゃんと死別したのをきっかけに、昔のことを丸ごと忘れていて、そのせいで魔法も使えなくなってるんだったっけ。すごく悲しい記憶だろうし、忘れておいたほうが幸せなのかもしれないけれど、でも、魔法が使えないことで落ち込んでいるユリィの顔も見たくないなあ。俺に何かできることがあるのなら、少しは昔のことを思い出させて、魔法の力を取り戻してやりたいな。こいつが自分に自信が持てるようになるくらいまで。

「まあ、あまり気にするなよ。実技のことでまた昼間の連中が悪口を言ってきたら、俺が相手してやるからさ。あ、もちろん、そのときは問題にならないように気を付けて、だな……」
「そうですね。今度は何か壊さないようにお願いします」

 ユリィは安心したように微笑み、俺の右手を両手でぎゅっと握った。「頼りにしてますよ、勇者様」と、小声で言いながら。

「お、おう……」

 やべえ。またドキドキしちゃう。よく考えればさっきからずっと二人きりだし、もう暗くなりかけてるし、ユリィの手はやわらかくてあったけえし……えへへ。

 と、俺がニヤニヤしていたそのとき、

「……変ですね。まだ修復作業が終わってないとは」

 一人の女子が俺たちのところに歩いてきた。ルーシアだ。
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