転生済み最上級魔導士はギルドの事務職にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!

紫波すい

文字の大きさ
9 / 89
第2章 月夜を仰ぐ「碧水」の本音

9.月下のプロローグ

しおりを挟む


 合同葬儀を終えた夜。
 憧れは虚ろに変わった。夢に満ちていた明日の世界の、残酷な姿を知った。
 俺は顔を背けながらも、逃げ出すために出した一歩目で、地を踏むことを躊躇っていた。
 葬儀のために急いで揃えた純白の上下を身に纏ったまま、気づけば修行場へ辿り着いていた。いつも通り、木々の狭間にある小道を通ってきた筈なのに、まるで瞬間移動だ。
 憔悴しきった母さんは、俺の手を握り返すこともできない有り様だった。ただ呆然と、父さんの書斎に残された椅子に、操り糸を切られた人形のように身体を預けていた。窓から母子を覗き込む三日月を、意味もなく見つめ返す瞳から顎へかけて、乾き切った涙の跡を幾筋も残して。
 俺が傍らにいても無意味な気がして。赤子同然に無力な気がして。だから……
『帰れ』
 その夜の、三日月の影に似た姿。木々をざわめかせる風に、大きく揺れる右袖。
 今にも揺れて倒れそうな程に、酷く痩せ細った長身。白く白く、青褪めた肌の色。伸ばし切った銀色の長髪を、いつもうなじに近い位置で雑に結んでいる。
 サリヤ・スティンゲール。
 利き腕を喪失してギルドを引退した当時の職級は「碧水魔導士・零級」。『転生者』ではなく、持ち合わせた素養は水の魔力……不足を補い不常を癒す、補助や治癒に特化した属性の魔導士でありながら、単独で最強という名の頂に登り詰めた。隣国フェオリアの北方民族がシェールグレイ国内に攻め寄せた「ジルジア征討」の折に、先代のラグディッド陛下が自ら率いられた軍で、三人の敵将を討つという目覚ましい活躍をおさめた、カルカの英雄。
 父さんは、俺が片手剣の振り方や炎魔法の基礎をある程度習得するなり、俺を彼に師事させた。素晴らしい魔導士であると同時に、信頼できる友人でもあると紹介して。
 でも師匠は、父さんの友人は……父さんの葬儀に、顔を出さなかった。
 そして、振り返らずに繰り返した。
『今の貴様に、まともな稽古がつとまるものか。帰れ』
 空っぽになった身体に、ジュッと音を立てて充填された、炎のような感情。
 焦点がぶれるほどに双眸を見開き、ぐらつくほどに奥歯を噛み締め、力任せに握り込んだだけの愚かな拳で。俺は初めて稽古の外で、自分から人を殴ろうとした。
 師匠は、薄っぺらな身体を揺らしただけだった。それだけで俺は勢い余ってつんのめり、いつもよりも硬質な地面に、いつものように強かに身体を打ちつけた。古い酒を僅かに残しただけの、ガラス瓶みたいに無様に転がった。
 行けよ、何度でも。この薄情者に命中するまで。
 そう怒り狂う自分の傍らで、「誰か」が言葉を探して項垂れていた。
 ……言葉? そう、言葉だ。「どうして」という、虚しい言葉。
 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
『どう、して……来て、くれなかったんですか……』
 乾いた、土の匂いがする。
 泣くのを堪えていた。泣いたら、認めてしまうから。もう疑うことができなくなるから。だから今、点々と、視界を黒く黒く染めていくのは涙じゃない。
 泣かない。俺だけは泣かない。だから、どうか。
 女神様。「京さん」のために俺を、俺のために「京さん」を選んだ女神様が、本当にこの世界のどこかにいらっしゃるのなら。教義の通り、いつも慈愛の眼差しで、全ての人を見守っていらっしゃるのなら。どうか……
『死と親しむな』
 師匠は、嗄れた声で吐き捨てた。
 湖に張る薄氷のように碧く危うげな瞳が、冷然と俺を見下ろしていた。
『同胞を亡くす度に強くなることができるのなら、修練など必要ない』
 それは、あまりにも師匠らしい言葉だった。
 この唇の片端を上げた感情の名前が、何だったのかは分からない。ただ、フィーユの声が微かに聞こえた。クロ、どこにいるの、と繰り返し呼んでいた。どこにいるのと問いながら、居場所を完全に把握しているようで。少しずつだが確かに声が近づいてくる。
 やがて俺は、ボロ切れが風に舞い上がるように立ち上がり、ようやく一歩、踏み出すことができた。
 その先が、それまでとはまるで違う道へ続いていたとしても、立ち止まっているよりはマシだ。
 そう、思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~

仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。  そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。   しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。   ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。   武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」  登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。   これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...