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くたびれたワンピースに、少し汚れた靴。雑に髪をまとめて、飾り気一つない実用性のみを考慮した髪留め。それらを着用して、わたしはくるっと軽く鏡の前で回って見せた。
「どう、カリス。平民に見える?」
「髪と肌の艶が綺麗過ぎるのでちょっと浮きますけど、着ているものが着ているものなので、許容範囲だと思います!」
素直なカリスの言葉に、わたしはじっくりと鏡を見る。……確かに、ちょっと浮くかもしれないな、これ。でも、じっくり見られなきゃセーフ、のはず。
お忍びで平民の住む区画に行ったことは何度かあるが、そのときは大抵お金持ちのお嬢さん風の服を着ていったので、いかにも平民、という服を着たのはこれが初めてだ。ちなみにこれはカリスのおさがり。
なぜわたしがこんな恰好をしているか、といえば、ひとえに、オクトール様が出した課題のためである。
最初で最後の追加条件。
それは、手料理が食べたい、というものだった。
わたしからしたら、可愛らしい要求、としか思わないが、貴族のお嬢様からしたらとんでもない要求である。
前世のわたしはかなりずぼらで、自炊はあまりしない方だったが、作れるかといえば作れる。少なくとも、学校の調理実習で手こずるような人間ではなかった。
が、普通のお嬢様なら、料理なんて料理人の作るもの。包丁の握り方すらまともに分からないものだ。というか、冗談抜きで調理前の食材の名前が一致するかも怪しい。
オクトール様の母親が平民出身だから、という理由で、母親が作るような手料理を食べたい、とオクトール様は条件を提示したらしいのだが、わたしにとってはかなり好条件。こっちに生まれ直してから特別料理をしたことはなかったけれど、レシピの分量等や、よっぽど技術的なことならともかく、普通に作る料理の腕はそうそう落ちることはない。
ためしにオクトール様から『手料理を食べたい』という条件を提示された日の夜、厨房を借りて作ったら、普通に美味しく作れた。使い慣れないキッチンで時間はかかったけれど、魔法道具という便利アイテムのおかげで、ほとんど前世と同じように調理することができた。
とはいえ、事前に下準備を重ね、完璧に挑むためには、いくらでも手を打っておきたい。
――ということで、下町への偵察なのだ。
オクトール様の母親の出身地区は聞いているので、そこへ向かって、彼女のふるさと味を知り、極力オクトール様の記憶の中にある料理に近いものを出したいのだ。
この世界にも料理教室のようなものは存在しているので、可能ならそこに通いたい。
家の料理人に教わる、という手もあるけれど、オクトール様が求めるのは十中八九、質のいい高級料理ではなく、素朴な家庭料理だ。土俵が違うので、高級料理を学んだって、遠回りになるだけだと思う。そりゃあ、完全に無駄ではないかもしれないが、時間が豊富にあるわけじゃないから最短距離で進むべき。
絶対にオクトール様の心だけでなく胃袋も掴める料理を作れるようになるぞ、と意気込み、わたしはカリスをお供に、下町へと足を運ぶのだった。
「どう、カリス。平民に見える?」
「髪と肌の艶が綺麗過ぎるのでちょっと浮きますけど、着ているものが着ているものなので、許容範囲だと思います!」
素直なカリスの言葉に、わたしはじっくりと鏡を見る。……確かに、ちょっと浮くかもしれないな、これ。でも、じっくり見られなきゃセーフ、のはず。
お忍びで平民の住む区画に行ったことは何度かあるが、そのときは大抵お金持ちのお嬢さん風の服を着ていったので、いかにも平民、という服を着たのはこれが初めてだ。ちなみにこれはカリスのおさがり。
なぜわたしがこんな恰好をしているか、といえば、ひとえに、オクトール様が出した課題のためである。
最初で最後の追加条件。
それは、手料理が食べたい、というものだった。
わたしからしたら、可愛らしい要求、としか思わないが、貴族のお嬢様からしたらとんでもない要求である。
前世のわたしはかなりずぼらで、自炊はあまりしない方だったが、作れるかといえば作れる。少なくとも、学校の調理実習で手こずるような人間ではなかった。
が、普通のお嬢様なら、料理なんて料理人の作るもの。包丁の握り方すらまともに分からないものだ。というか、冗談抜きで調理前の食材の名前が一致するかも怪しい。
オクトール様の母親が平民出身だから、という理由で、母親が作るような手料理を食べたい、とオクトール様は条件を提示したらしいのだが、わたしにとってはかなり好条件。こっちに生まれ直してから特別料理をしたことはなかったけれど、レシピの分量等や、よっぽど技術的なことならともかく、普通に作る料理の腕はそうそう落ちることはない。
ためしにオクトール様から『手料理を食べたい』という条件を提示された日の夜、厨房を借りて作ったら、普通に美味しく作れた。使い慣れないキッチンで時間はかかったけれど、魔法道具という便利アイテムのおかげで、ほとんど前世と同じように調理することができた。
とはいえ、事前に下準備を重ね、完璧に挑むためには、いくらでも手を打っておきたい。
――ということで、下町への偵察なのだ。
オクトール様の母親の出身地区は聞いているので、そこへ向かって、彼女のふるさと味を知り、極力オクトール様の記憶の中にある料理に近いものを出したいのだ。
この世界にも料理教室のようなものは存在しているので、可能ならそこに通いたい。
家の料理人に教わる、という手もあるけれど、オクトール様が求めるのは十中八九、質のいい高級料理ではなく、素朴な家庭料理だ。土俵が違うので、高級料理を学んだって、遠回りになるだけだと思う。そりゃあ、完全に無駄ではないかもしれないが、時間が豊富にあるわけじゃないから最短距離で進むべき。
絶対にオクトール様の心だけでなく胃袋も掴める料理を作れるようになるぞ、と意気込み、わたしはカリスをお供に、下町へと足を運ぶのだった。
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