アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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問答する男たち

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 ギデオン自らがエルの湯浴みの支度をしていた。
 マティアスがしますと言ってきたが、お前はエルの様子を見ていろとギデオンに言われ、ソファに横になっているエルを見守っていた。

 でも、口の方は元気のようで、
「お前なにやっているんだよ!!」というマティアスのお小言に対して、
「……うるせぇな……」
という会話が、浴室からでもよく聞こえた。
 ドアから覗くと、大人しく、マティアスがもっているタオルで顔を拭かれている。

 ずいぶんと仲良くなったものだ……。
 最初は殺し合いだったのにな……。

 マティアスもなぜかエルをもう元アサシンとして怖がることはなくなっていた。
 彼女の腕の確かさはともかく、人としての天真爛漫さが彼のエルに対する見方を変えたようだった。

 風呂のお湯を溜めながら、ギデオンは自分の想いをどう捉えていいのかわからなかった。
 王宮は水道設備はととのっている。
 蛇口を捻れば、たくさんのお湯や水が出てくるのだ。
 風呂の湯がだんだんと上昇していくのを見ながら、ギデオンが目を細めた。

 まるで自分の感情を表しているかのような浴槽を見守る。

 「気をつけていないと…溢れてしまいそうだな」

 自分の眉間にはシワが寄っていた。
 思わず、それを指でなぞった。
 エルが言った言葉を思い出して、笑みが溢れてしまう。

 まいったな……。

 あの血の中に佇む彼女を見て、今までに経験したことのない感情が沸き起こった。
 それは彼には正直、有り難くない感情だった。
 今、もし彼女が隣にいれば、問い詰めるか、抱きしめてしまいそうだった。

 それは正直、保護者としての感情ではなかった。

 だから、マティアスにエルを見張る方に頼んだ。
 この少しの時間で自分を落ち着かせたかった。

 あの場所で彼女の目が赤くないことを確かめた。
 だが、あそこでまた燻っていた疑問が持ち上がる。

 仕方がないと思う。
 この風呂がきっとその答えを教えてくれるだろう。







 すこし冷たい声でギデオンがエルに話した。

「エル、湯浴みの準備が出来たぞ…」

 流石に血糊のついた顔やドレスのまま寝台に入る訳には行かず、エルはただ頷いた。
 体力は消耗しているが、そんな大したことはない。

 ただ、エルにとっては、いま自分に一番近い人たちに自分の真の正体を知られた恥ずかしさ、いや、恐怖が体を緊張させた。

 エルが浴室へと消えていく。

 二人の男がエルの寝室でソファに座りながら、黙っている。

「ギデオン様、あの……」

 沈黙を破ったのは、マティアスだった。

「あれってもしかして、闇人ヴィゴンですかね……」
「……それに近いかもな」
「でもあんなに血の量って……」


 あの惨状から色々と仮定を打ち立てていた。

「でも、ヴィゴン自体はあんな血の量なんて出しませんよ……。この前に切った時は、確かに血が出て消え失せました!」
「そうだな……もしかして、ヴィゴンの形成途中のものかもしれない」
「もしくは……」
「そうだな、それだけの闇人が出たかっということか……」

 そう言いながら、ギデオンは立ち上がった。
 そして、その足を浴室のほうへ向けた。

 ドアに手をかけた。
 その様子をみていたマティアスが思わず声をかける。

「な、なにを!! ギデオン様!」

「確かめないといけないことがある」

 ギデオンは切れている指先を見つめた。
 あの草むらに入った時、エルの温度を確かめるために手袋を取った。その時、思わずその周りの笹の葉で切ってしまったのだ。

 エルはその笹の中で、ほとんど半裸の状態、ドレスが引き千切られた状態でいたのだ。

 今までの疑問をすべて解消したかった。

 あの金鉱、刑務所、いままでの訓練やすべてのエルの行動。

 ギデオンは公爵だが、基本的には学者タイプの人間だった。
 考察し、仮定を出し、それがあっているかどうか確かめる。
 そして、その確証を得るため…何度も確かめたはずなのに……もう一度見なければ、自分の気がすまなかった。

 それを確かめようとドアノブに手を乗せた状態だった。

 回そうとすると、マティアスの手が自分の手の上にかかっていた。

「だめです!  ギデオン様! エルが入浴中です!」
「マティアス、いま俺は確認したいことがある」
「……なっ、で、でも、だめです。ギデオン様がエルのあの福音とか、なんちゃらをもらって特別な関係になったのは、俺でもわかります。でも、裸の体を見せ合うような関係ではないのは、馬鹿な俺でもわかりますから!」

「マティアス、まさかお前」
「エルはいま公爵令嬢です。だから、そのなんの目的だか知りませんが、入浴中のレディに対して無礼を働く者は、たとえ、ギデオン様でも許しません」

 ギデオンがただその感情が読み取れない目線でマティアスを見つめる。

「ああ! ギデオン様、目、使わないでくださいよ! 俺は誠意に対応してますから!!」

 そう言いながら、マティアスは自分の腰の剣に手をかけている。

 ギデオンは知っている。
 マティアスは俺に敵わないことを十分に承知している。
 でも、それでもあえて、エルの名誉を守ろうとしているのだ。

「お前は、エメラルドの騎士ナイトになりたいのか?」

 揶揄うのではなく、直球な質問をしてみた。
 急にマティアスの頬が赤くなる。

「な!! ぎ、ギデオン様は、なんて酷い質問をされるんだ! あのエルの騎士だなんて、うえええっ、寒気がするぞ」

「だが、いま取っているお前の行動は騎士が、守る対象の女性にするものだぞ」

 今度はマティアスが困惑してきた。
 ええ、俺、なにやってんだ? 
 エルだぞ。
 あの真っ黒だった、猿のようなエルの騎士なんて!!

 なにか聞いてはいけない質問だったらしいとギデオンは苦笑した。
 明らかにまだ自分の感情によく気がついていないマティアスを困惑させてしまったようだ。

「まあ、いい。お前はいいやつだし、可愛いぞ」
「な、なんですか! 男に対して、可愛いなんて、エルと一緒じゃないですか! あいつになぜかいつも可愛いって言われるんですよ!! 」


 男たちがガヤガヤとやっていると、浴室のドアが開いた。
 そこにはタオル一枚をただ、巻いたエルが出てきた。
 その姿に男たちは唖然として、息を飲んだ。
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