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バレた?

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 『清き水
  流れに流れて
  行き止まり
  水たまり

  入ったらダメよ
  泥だらけ

  飲んだら負けよ
  コロリンよ
 
  頼んじゃダメよ
  コロリンコ
 
  紅茶は熱く温めて
  胸にはお花を
  飾りましょう

  戻っておいで
  聖なる水

  流れておいで
  清き水

  こっちの水は甘いから……』

 
 ジンに攫われてどこかの路地に連れて来られた。
 借りた帽子も、もらった花束もアイスクリーム屋に落としてきてしまった。

 やっとこの男の肩から路上に降ろされて、目の前の男を睨んだ。
 もちろん、バンッとその胸を押す。
 ジンってもうちょっといい子だと思っていた自分は浅はかだった。

 馬鹿野郎は馬鹿野郎なのだ!

 耳にはこの道路の手前で遊んでいる子供たちのわらべ唄が聞こえていた。
 聞いたことがある歌詞が耳につく。
 
 ジンが涙目でこちらを見ているが、もう騙されないと思う。
 彼はあれだけの猛ダッシュをしたのに、全く息を切らしていない。
 それもなんだか憤りを覚える要因になりえなかった。

「これ以上、変なことしたら、叫ぶわよ!」

 声を張り上げた。
 すると、目の前の男が土下座した。

「ごめんなさい!!」

「え?」

「どうしても二人きりになりたかった!! 悪い。俺を踏んでもいい。蹴ってもいい。だから、残りのわずかな時間、俺と二人で過ごしてください!!」


 はあーーとため息がでる。
 なんだよ。こいつ。
 支離滅裂じゃんか。

 耳にあの歌詞が離れない。
 頭がクラクラする。
 きっとこいつの肩で揺すられたせいだと思う。

「あのね、人気のないところに連れ込んで、こうやって土下座されても全く心に響きません。むしろ、ムカつきます」
「!!」

 頭にきたから、ずっとこの男を土下座させ続けた。

 こんな路上でただひたすら、ジンは謝り続けている。
 自分が「もう帰る」と言ったからだ。
 実はこれは時間稼ぎだった。

 そのうち、どっかから、隠れてついてくるレオさんが現れると思った。
 後をついて行きますっと言っていたもん。

 レオ兄さん!
 犬だもんね。
 直感で付いてこれるよね! 

 と密かにレオさんの健闘を心で祈る。
 
 ただ、あの走りに付いてこられるかは、かなりの疑問だった。
 その不安が当たるかのように、レオさんが現れる気配は今のところ全くなかった。

 それを確かめようと、もう一度辺りを見回したとき、少しを感じた。
 人気ひとけが全くないのだ。この通りには……。
 静か過ぎるのだ。
 なぜかもうあのわらべ唄も聞こえない。

 何か嫌な汗がじとっと脇から滲んだ。

 思い出して、サッとポケットから紙を出した。
 
「ここどこよ!」

 担がれてきたから、場所が把握出来ていない自分が未だ跪いているジンに聞く。

「え、これって……」

 そして、すぐにジンが周りを見回した。
 
 そう、今の問題はこのジンによる拉致ではないのかもしれない。
 誘拐まがいな行為も大問題だが、私達は今、レオさんが忠告していたにいた。
 目線をあげるとちょっと先には曲がり角があり、大きな道路が見えた。
 私達が来た方角だ。
 
 あそこには先ほどまで子供達が遊んでいたから、大丈夫なラインのはずだと思う。

 まるで外国の「一本道を挟んだら、全く治安が違う状況」みたいだなと思う。
 この通りはとにかく活気がないと言うより、何か通り全体が薄暗く、一言で表現すれば『薄気味が悪い……』と言った感じだ。

「あのさ、ここって治安が危ない場所ところなの?」

 改めて聞いてみる。
 正直、ジンは騎士団としては腕はイケるんじゃないかと思っていた。
 なにせだ。
 そんな大層な漫画みたいな名前があだ名なら、ゴロツキなども跡形も無く、簡単にやっつけてくれると思っていた。
 だから、いつもの軽い調子で、『大丈夫、サキさん、俺に任して…』と言われるのを期待していた。

 けれども、彼の表情は全く自分の期待を裏切るものだった。

 ──え、なんてマズそうな表情かおすんのよ!
 
 何か緊張感が走るような顔つきをジンがした。
 周りを見て、舌打ちまでしている。
 それを見て、ここはかなりヤバイんだと実感した。
 どんなゴロツキが出るんだと身構えた。でも、あたりには人影さえない。

「走るよ。また担ぐけど、いいかな?」
「やだ! 絶対にいやだ!」
「サキさん、今そういう問題じゃないんだ」
「──何よ! そういう問題です」
「だったら、あそこ迄、全速力で走って……」

 自分が思っていた通りに、ジンが先ほど子供達がいたあの角を指差した。

「っ、わかった…」

 お互いが顔を見合わせて、足を前に動かす。
 走り出す瞬間だった。
 
「はあ、ちょっと、ねえ、そんなにこの辺り、治安が悪いの? でもジンだったら、やっつけられるでしょ? 騎士団なんだし」

 走り出した途端、この男に質問する。

「──いや、そういう…は、早く! もうすぐだ」

 まあ少しぐらいなら、問題ないと思っていた自分は甘かった。
 ジンは何か異変を感じたようで、言葉を最後まで終えなかった。
 
 一瞬、風が頬を掠めた。
 えっと思った瞬間だった。
 ゴゴゴっという轟音が響き、地面が揺れ始めた。
 地震かと思い、足元や周りを見渡した。
 恐ろしくて足が止まる。

 あっという間の出来事だった。

「だめだ! サキさん、止まってはだめだ!!」
 
 そんなこと言われても足が竦んで動けなくなった。

 目の前に信じられないものが現れた。
 それはチンピラとかゴロツキとかのシロモノじゃなかった。
 レオさんの危ないという言葉をつい、治安が悪いと勘違いしていた自分の浅はかさを思い知った。

 そう、この国は、平気でドラゴンとか魔物が出てきちゃう世界!

 足元のすぐ先に、渦を巻いている暗黒のが現れたのだ。
 それが3Dなどの偽物じゃないってわかるのは、その穴に、周りにあるゴミが吸い込まれていくのが見えるからだ。
 いや、それ以前に臨場感が半端じゃない。
 
「や、ヤバイ。こんな時に限って……!!サキさん、ゆっくりと下がって!!」
「えええ!!」
「足元が崩れるから!!」

 なにそれ!
 マジ、聞いてないんですけど!!
 こんなとんでもないものが発生するなんて、全くの寝耳に水だった。
 
 ジンは必死で私の後ろから手を腰に回してきた。
 ゆっくりとジンのリードにあわせるようにした。

 本来なら絶対に許さない行為だが、こんな訳の分からない穴ぼこに落ちるくらいなら、この鬼畜の腕にちょっとだけ抱かれても仕方がないと諦めた。

 二人でゆっくりと後ろ向きに下がる。

「サキさん、ゆっくり」
「う、うん、わかっている!!」
 
 もう少しで大丈夫なはずだった。

「あっ!」と声が出た瞬間、我々を飲み込みたいがのごとく、一気にその穴が大きさを広げた。
 自分を後ろから支えているジンさんと自分が一緒に穴に落ちていく。

 ああ、片山咲。
 もうまた二度目だ。
 どこに落ちるのかは知らないが、ああ無念。
 こんな鬼畜馬鹿野郎と一緒に穴ぼこへと消え失せる運命だったのかと思った。

 ──リューク……。やっぱりもう一回貴方に会いたかった。

 そんな風に思っていたら、誰かが、ジンと自分の体を力強く引っ張った。
 その反動で急に体が紙切れのように宙に浮く。
 いや、正確には誰かがジンを引っ張ったと同時に、私も誰かに引っ張られたのだ。

 聞き覚えのある声が落下しながら、聞こえた。
 誰かの大きな胸にばさりと落ちた。
 重圧感のある胸の中で収まりながら、その黒いホールが急激に縮んでいくのが見えた。

 しゅるるるっっと音がして全てがなくなる。

 「大丈夫か?」

 ──え?

 そのちょっと掠れた感じのいい低音。
 まさか、まさかと思い、目線をあげた。

 もちろん、がっちりと倒れこんだ時に、その覚えのある声の持ち主の分厚い胸元に抱かれていたのだ。

 ──やっぱり、リュークだ。
 
 泣き出しそうになる。 
 
 彼の香りを間近に感じる。
 リュークが目を見張ってこちらを凝視しながら、もう一度、大丈夫かと聞いてくる。
 さっきも宿舎で見たはずなのに、やっぱりドクンと心臓が高鳴る。
 
 彼の質問を思い出し、自分の体を見回すが、特段に変わっている場所はないので答える。

 「大丈夫です……」

 手足もきちんと付いている。
 怪我はしていないけれど、別の意味で自分は非常にまずかった。
 心臓が痛いほど、高鳴った。

 ただ、リュークがこちらをじっと見つめてくるから、もっとドキドキしてしまい下を向いた。
 パンティさんの時もドキドキしたが、着ぐるみのような鎧的なものがない今の自分には、生のリュークの感触はまるで触ったら、自分が火傷をしそうなくらいに危なくて、でも切ないものだった。
 
 ただ、命拾いをした直後なのに、本当の自分の姿、片山咲をどう見ているのかが、一番知りたくなる。
 それは叶わない望みなのに……。

 レオさんは美少女って言ってくれたし、ジンも言ってくれた。
 マニア受けだけど……。
 
 リュークはどう思う?って。

 聞きたいけど、そんなことは聞けない。
 頭の悪い女に聞こえそうだった。

 考えて下を向いていると、リュークの顔が近かった。

「き、君は……」

 リュークが自分の両手をぎゅっと握る。
 その切れ長の美しい空色の目線が熱かった。
 大きな手に掴まれた自分の手が痛くて、顔が歪んだ。

 「わ、悪い」という言葉と同時に聞き慣れた声が重なった。

 「うわ、リューク、それ役得って言うんだよ」

 その声を聞いて、まさかっと思いそちらを振り返った。
 な、やっぱりロアン殿下だ!!
 お忍び的な格好で立っているが、どう考えても殿下だった。

 しかし、さらにその背後の声にビビる。

 「美しき方。大丈夫ですか? 恐ろしい思いをされましたね……」

 ええええ!
 先ほど、ちらっと目に入った銀糸の髪の毛は、やはりこの人だったかと思う。
 殿下に驚いて、こちらの存在を無視していたのだ。

 シモンだ!
 何よ。
 全員、容疑者集合?っとか思っちゃう。
 あ、ごめん、エントもいたね。
 忘れちゃうよ。全くいつも君のことは!

 「ええーー!! 俺も抱きしめたい!! 一番俺が活躍したのに!」

 その声を聞いて、自分はバッとそっちを振り向いた。
 ああ、まさに、自分が今、いやここに戻って来てから、ずっと会いたかった人だ!
 アマイくん!!!!!

 「ア…!」

 アマイくんっと叫ぼうしたが、この魔術師、名前は出してはいない。
 あのレオさんだって名前を知らなかったんだ。
 ここで無闇に名前を出すべきではないと思って、咄嗟に言葉を抑えた。


 しかも、今リュークにガッチリと手を掴まれていて、アマイくんの方に動けない。
 
 この三人のの殺人容疑者に囲まれていては、アマイくんにはお願いは出来ない。
 すると、今度は全く別の方から声がした。

 ジンだった。

 「リューク大将、殿下、シモン様。しかも魔術師様まで……。助けていただいて命拾いをしました」

 ジンが尻餅をついていた腰をあげて、最敬礼を周りの全員にする。
 そうだよ、全部こいつのせいだと思い出し、急に腹が立ってきた。
 
 あ、待てよ。
 なにかとっても嫌な予感がした。
 彼の口を塞ごうとリュークを跳ね除け、立ち上がる。

 自分が、「ジン待て、今それを伝えるべきではない」っと言おうとし、私の手がジンの口元を塞ぐよりも早く、このヤロウは案の定、爆弾を投下させた。

「……あ、サキさん、大丈夫? 」

 ──やっぱり、ジン、君はある意味、期待を外さないよ……。

 心の中で泣いた。
 ヤバイと思って、顔を男たちから背けた。
 どんな反応が返ってくるかが怖かったからだ。

 意外と静かなので、ちょっと安心する。
 いや、ただ偶然、同じ名前なだけだし、外見全然別人だしと思って、心を落ち着かせる。

 そうそう、咲、落ち着け!
 名前だけでバレるはずないって……。

 だが、顔をあげて周りを見回したら、男達の顔つきが変わっていた。

「──さ、サキ?」
「サキちゃん?」
「サキ様?」
「………サキだと?」

 に、逃げたい……。
 バレてない筈だ。
 ああ、ここで普通なら気絶だろう。
 しかし、意外にも自分の神経はそこまでなかった。

 さらに、ジンの馬鹿野郎がこの男達を煽った。
 いや、煽ったと言うのは語弊があるのかもしれない。
 したかを持たせることを彼らの前で言ってしまったのだ。

 よくと言うが、ああ、ジンだけ、穴ぼこに落ちるべきだったとヤケクソの考えが浮かんだ。

「じゃー、サキさん、このままデートをいいかな? もうこっち側だから大丈夫だし。あ、殿下、それに各皆様方。これで失礼します」

 さすが能天気なジンだ。
 こんな生死をかけた事件に巻き込まれても、己の欲求を満たす?デートを終わらせるつもりはないらしい。

 いや、もう無理。帰りますと言おうと思った矢先に、残りのエント以外の四人の男達が叫んだ。

「「「「ダメだ!」」」」

 え、ヤバ。
 
 なんかバレてる?

 ジン、お前、もう一回殴らせろ!
 いや、私にみたいに一回死んでこい!




 
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