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終りなき解体場
レオナ対食人鬼
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――GurUOoooOOOOOOGHHHHH!!!
人語には程遠い叫び。鯨波。鬨の声。食人鬼はレオナを認めると、右腕に引っ提げていた肉切り包丁めいた刃物を構えて、爆ぜるように一歩を踏み出した。
隙間などないように見えた通路の敷石が割れんばかりに踏みしだかれ、咆哮と共に刃物が振り下ろされる。圧倒的な暴威をまえに息をのむケイスには、腕を顔の前に構えて身をすくめる以外にできることなどなかった。
だがレオナは違った。抜き身の短剣一本を手に、ろくな防御力もなさそうなボロだけをまとった姿で食人鬼へと駆け寄っていく。振り回される肉切り包丁の軌跡からバッと鮮血がしぶき、ケイスが悲鳴を上げるが――
それは、レオナの血ではなかった。彼女は包丁の刃をかいくぐりながら、食人鬼のひじ内側を切り裂いたのだ。
――GAHAAAAgh!
苦痛と怒りの声が怪物の喉からほとばしる。包丁を握ったままの右腕が、力を失って床近くまで垂れ下がった。左手でレオナを殴りつけ――あるいは手足を掴んで叩き付けるつもりなのか、彼女を追うようにやみくもに腕を振り回している。
食人鬼の巨大な拳がレオナを追って幾度も撃ち込まれ、そのたびに敷石に亀裂が走った。砕けとんだ破片が頬をかすめて、ケイスの顔に鋭い痛みが走る。両手を掲げて懸命に目や口を守りながらも、彼はレオナから目を離すまいと必死に彼女の動きを追った。
レオナは止まらない。足を止めない。すれすれに迫った食人鬼の拳を、床に身を投げての前転でかわして背後へとすり抜け、かかとの辺りを斬りつける。
ぶつ、と嫌な音が響き、食人鬼は巨躯を支える足の力を失った。柱の折れた小屋のようにかしいで膝をつき、左手を杖代わりに再度立ちあがろうと足掻く。
「GURUOOOOO……」
再び振り回される、大木のような腕。だがそのとどく範囲にレオナの姿はない。
(どこだ!?)
すり抜ける際に拳をかわしきれず、どこかの暗がりに吹き飛ばされて倒れているのでは。そんな不安を胸にしつつ周囲に視線をめぐらすと、思いがけない場所で銀光が閃いた。
食人鬼の頭上だ。次の瞬間にレオナは怪物の肩に跳び乗っていた。ちょうど肩車のような格好で首に脚を巻きつけて体を固定し、右手で逆手に持った短剣を――
――ハィィィ、ヤッ!
殺気に満ちた叫びと共に頸動脈に打ち込む。悲鳴と血しぶきが同時に上がり、食人鬼はレオナをその手に捕らえようと、狂おしく首回りをかきむしった。だが、その時すでに彼女はそこにいない――食人鬼の肩を跳び離れる瞬間、レオナは足底で短剣の柄を、さらに深く怪物の首筋に押し込んでいた。
片膝をついた姿勢からさらに崩れて、食人鬼の頭が床についた。断末魔の足掻きと喉声が次第にか細く、弱々しくなるにつれ、床にどす黒い血だまりが広がっていく。ケイスはそれをじっと見ていた。
「……ふう。なんとか終ったぞ」
「あ、ああ」
怪物の腕の間合いを避けて遠回りに歩いてレオナが戻ってきていた。
「見事なもんだ……怪我はないか?」
「私は大丈夫……お前こそ、頬から血が出てる」
「んっ」
「まあ、大した傷じゃないようだが」
ケイスは無言でうなずいた。レオナの指がケイスの頬に触れ、傷の深さを確かめる。ケイスの視線は、その間もずっと倒れ伏した食人鬼に貼りつけられていた。
確認しなければならないことがあるのだ。この迷宮は本当に「解体場」の名の通りに、死者を素材へと再構成してしまうのか? そしてその過程はどのように行われるのか?
やがて怪物が力を失い、最後の息を吐いたその時。ぼんやりした光がその体を覆い、輪郭が解けるように不確かなものになった。
――キ、キリッ……キン!
そのように聞こえる奇妙な高周波の金属音と、可聴域ギリギリの低い唸りが耳を撃つ。次の瞬間――
そこには幾ばくかの「素材」が横たえられていた。うっすらと錆びの浮いた古鉄の板や棒、被毛の擦り切れた何かの毛皮らしきものと、砂鉄めいた黒い粉末が混じった、白い結晶物の山――塩だろうか?
辺りの床を汚していた血だまりは、拭ったようにきれいさっぱり、どこかへ消え失せていた。
人語には程遠い叫び。鯨波。鬨の声。食人鬼はレオナを認めると、右腕に引っ提げていた肉切り包丁めいた刃物を構えて、爆ぜるように一歩を踏み出した。
隙間などないように見えた通路の敷石が割れんばかりに踏みしだかれ、咆哮と共に刃物が振り下ろされる。圧倒的な暴威をまえに息をのむケイスには、腕を顔の前に構えて身をすくめる以外にできることなどなかった。
だがレオナは違った。抜き身の短剣一本を手に、ろくな防御力もなさそうなボロだけをまとった姿で食人鬼へと駆け寄っていく。振り回される肉切り包丁の軌跡からバッと鮮血がしぶき、ケイスが悲鳴を上げるが――
それは、レオナの血ではなかった。彼女は包丁の刃をかいくぐりながら、食人鬼のひじ内側を切り裂いたのだ。
――GAHAAAAgh!
苦痛と怒りの声が怪物の喉からほとばしる。包丁を握ったままの右腕が、力を失って床近くまで垂れ下がった。左手でレオナを殴りつけ――あるいは手足を掴んで叩き付けるつもりなのか、彼女を追うようにやみくもに腕を振り回している。
食人鬼の巨大な拳がレオナを追って幾度も撃ち込まれ、そのたびに敷石に亀裂が走った。砕けとんだ破片が頬をかすめて、ケイスの顔に鋭い痛みが走る。両手を掲げて懸命に目や口を守りながらも、彼はレオナから目を離すまいと必死に彼女の動きを追った。
レオナは止まらない。足を止めない。すれすれに迫った食人鬼の拳を、床に身を投げての前転でかわして背後へとすり抜け、かかとの辺りを斬りつける。
ぶつ、と嫌な音が響き、食人鬼は巨躯を支える足の力を失った。柱の折れた小屋のようにかしいで膝をつき、左手を杖代わりに再度立ちあがろうと足掻く。
「GURUOOOOO……」
再び振り回される、大木のような腕。だがそのとどく範囲にレオナの姿はない。
(どこだ!?)
すり抜ける際に拳をかわしきれず、どこかの暗がりに吹き飛ばされて倒れているのでは。そんな不安を胸にしつつ周囲に視線をめぐらすと、思いがけない場所で銀光が閃いた。
食人鬼の頭上だ。次の瞬間にレオナは怪物の肩に跳び乗っていた。ちょうど肩車のような格好で首に脚を巻きつけて体を固定し、右手で逆手に持った短剣を――
――ハィィィ、ヤッ!
殺気に満ちた叫びと共に頸動脈に打ち込む。悲鳴と血しぶきが同時に上がり、食人鬼はレオナをその手に捕らえようと、狂おしく首回りをかきむしった。だが、その時すでに彼女はそこにいない――食人鬼の肩を跳び離れる瞬間、レオナは足底で短剣の柄を、さらに深く怪物の首筋に押し込んでいた。
片膝をついた姿勢からさらに崩れて、食人鬼の頭が床についた。断末魔の足掻きと喉声が次第にか細く、弱々しくなるにつれ、床にどす黒い血だまりが広がっていく。ケイスはそれをじっと見ていた。
「……ふう。なんとか終ったぞ」
「あ、ああ」
怪物の腕の間合いを避けて遠回りに歩いてレオナが戻ってきていた。
「見事なもんだ……怪我はないか?」
「私は大丈夫……お前こそ、頬から血が出てる」
「んっ」
「まあ、大した傷じゃないようだが」
ケイスは無言でうなずいた。レオナの指がケイスの頬に触れ、傷の深さを確かめる。ケイスの視線は、その間もずっと倒れ伏した食人鬼に貼りつけられていた。
確認しなければならないことがあるのだ。この迷宮は本当に「解体場」の名の通りに、死者を素材へと再構成してしまうのか? そしてその過程はどのように行われるのか?
やがて怪物が力を失い、最後の息を吐いたその時。ぼんやりした光がその体を覆い、輪郭が解けるように不確かなものになった。
――キ、キリッ……キン!
そのように聞こえる奇妙な高周波の金属音と、可聴域ギリギリの低い唸りが耳を撃つ。次の瞬間――
そこには幾ばくかの「素材」が横たえられていた。うっすらと錆びの浮いた古鉄の板や棒、被毛の擦り切れた何かの毛皮らしきものと、砂鉄めいた黒い粉末が混じった、白い結晶物の山――塩だろうか?
辺りの床を汚していた血だまりは、拭ったようにきれいさっぱり、どこかへ消え失せていた。
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みんなの感想(13件)
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このダンジョンの名前付けたやつ、性格悪すぎるるやろ〜〜! 解体! こわ!
そこで頼れるおねえさま!
ご高覧ありがとうございます。名前つけたやつは割と内容を正確に言ってるだけなので……むしろ作ったやつがヤバい!!
ちょっと危うい部分もありそうですが、腕っぷしの強いおねえさまと一緒なのはケイス君としても絶対心強いですね。さて二人の前途には何が待つのか……!