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終りなき解体場
定まりゆく針路
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「……なるほどな、そりゃそうだ」
レオナの意見は、先ほどケイスが出した結論とほぼ同じだった。
「あんたは相当に強い、と見受けたがそれでもやはりダメなのか」
「仕方があるまい。私の持っている恩寵は優れたものだと思うし、幼いころから師について何年もの修行をしても来た。だが大勢に囲まれて『剣風』や『瞬動』を連発されてはどうにもならん」
「ああ! 恩寵のことは頭になかったな……」
ケイスはすぐに自分の考え足らずに気づいた。「自分がなぜ廃嫡されたか」を考えれば当然のことなのだ。兵士や騎士になろうという人間であれば、ほとんどの場合はそれにふさわしい恩寵を授かっている。
「剣風」は十歩ほどの距離を隔てて斬撃の威力を投射する、割合に保持者が多い恩寵だ。ケイスの父、カルショットも得意としている。
「瞬動」はもう少し珍しいが、予備動作なしの踏切りから一瞬で「剣風」の射程と同等の距離を詰め、短剣の間合いまで潜り込めるという凶悪なものだ。
ケイスは意気消沈してうつむいた。レオナが外の兵士たちを圧倒できるなら、そもそもここに押し込められることもなかったわけだ。
「無論、私だって何とかここを出たい。本当なら師匠の遺言で、どうあっても行かなければならない所が――」
そこまで言いかけて、レオナが急に声を潜めた。
「どうした?」
眉根を寄せて首を傾げ、レオナが通路のずっと奥へ視線を凝らす。
「足音が向こうから聞こえた……誰か――いや、何か来る」
「『何か』?」
間の抜けた大声でおうむ返しに繰り返すケイスを、レオナは「しっ」と口に指をあててたしなめた。
「ここにきてだいぶ経つが、迷宮内部から出てくるものに遭うのは初めてだ……人間だとは思えない。油断するな」
――ゴクリ。
ケイス自身が固唾をのんだ音が、ひどく大きく聞こえた。やがて通路の奥、ケイスの周囲を照らしている光も拡散してとどかなくなったあたりに、わだかまる影をまとって何かがその姿をあらわした。
常人よりも頭二つ分ほど上背のある筋骨たくましい人型の生き物が、背を丸めて低く構え、こちらをうかがうように進んでくる。その目は夜行性の獣のように、周囲の光を強く反射して青緑色に輝いていた。
裸足の足裏が石床を叩く、ぺたぺたという音が耳に届き始めている。巨体に比してその足音は軽やかで、同時に力強いものだった。戦いに従事する職業でなくてもわかる。あれはとてつもなく強力な力を持っている怪物のようだ。
ケイスは腰の短剣を鞘ごと吊り革から外して、レオナに差し出した。
「俺が持っててもあまり役に立たない。必要なら使ってくれ」
「そうか。借り受けよう、正直助かる……」
彼女は受け取った剣を鞘から抜き放つと、指の腹を軽くあてて刃の切れ味を確かめた。
「うん、悪くない。使えそうだ。奴の正体がまだわからないのが不安だが」
「それなら――」
ケイスはレオナに向かって思わず微笑んだ。それなら、自分も役に立てる。接近しつつある怪物は、そろそろ「解析」の有効範囲に入ろうとしていた。
「解析……!」
恩寵の発動を宣言。ケイスの頭の中に、情報が流れ込む。
====================
種族名:食人鬼
現在職業:戦士 レベル14
特殊能力:
・怪力 常人の五倍に相当する筋力を持つ
・硬い皮膚1 防具なしでも硬革鎧程度の防御力を発揮する
・人喰らい 人肉を食らうとその量に応じて傷を回復する
備考:
「肉だ。肉を食えばすべて解決する。特に人の肉は最高だ」
山や洞窟、古城などに住み着く人食いの怪物。人語は不得手だが高い知能を持つ。
大食で常に空腹を抱えているこの種族に、恩寵が与えられていないのは幸いなことだと言えるだろう。
====================
「いきなり物凄いのが来たな……! レオナ、あいつは食人鬼だ」
レオナや父ほどのレベルではないが、14レベルもあれば常人にとっては相当な脅威だ。しかも人肉嗜癖のある怪物。
今のところあちらの反応は未確認だが、敵対的である可能性が非常に高い。
「食人鬼か。危険な相手だが――大丈夫、勝てるさ」
レオナは簡単にそう言い放つと、ケイスの剣を手に悠然と立ちあがって通路に進み出た。そして、一瞬振り向いてケイスに笑いかける。
「……なるほど、私のこともその恩寵で読み取り済みか」
(あっ)
ケイスは自分の迂闊さに呆れた。うっかり彼女のことを名前で呼んでしまっていたのだ。
二人の話し声に反応したのか、食人鬼は肩回りの筋肉をぎちぎちと鳴らして首をめぐらすと、太い牙の生えた口をくわッと開いて嬉し気に湿った息を吐いた。
レオナの意見は、先ほどケイスが出した結論とほぼ同じだった。
「あんたは相当に強い、と見受けたがそれでもやはりダメなのか」
「仕方があるまい。私の持っている恩寵は優れたものだと思うし、幼いころから師について何年もの修行をしても来た。だが大勢に囲まれて『剣風』や『瞬動』を連発されてはどうにもならん」
「ああ! 恩寵のことは頭になかったな……」
ケイスはすぐに自分の考え足らずに気づいた。「自分がなぜ廃嫡されたか」を考えれば当然のことなのだ。兵士や騎士になろうという人間であれば、ほとんどの場合はそれにふさわしい恩寵を授かっている。
「剣風」は十歩ほどの距離を隔てて斬撃の威力を投射する、割合に保持者が多い恩寵だ。ケイスの父、カルショットも得意としている。
「瞬動」はもう少し珍しいが、予備動作なしの踏切りから一瞬で「剣風」の射程と同等の距離を詰め、短剣の間合いまで潜り込めるという凶悪なものだ。
ケイスは意気消沈してうつむいた。レオナが外の兵士たちを圧倒できるなら、そもそもここに押し込められることもなかったわけだ。
「無論、私だって何とかここを出たい。本当なら師匠の遺言で、どうあっても行かなければならない所が――」
そこまで言いかけて、レオナが急に声を潜めた。
「どうした?」
眉根を寄せて首を傾げ、レオナが通路のずっと奥へ視線を凝らす。
「足音が向こうから聞こえた……誰か――いや、何か来る」
「『何か』?」
間の抜けた大声でおうむ返しに繰り返すケイスを、レオナは「しっ」と口に指をあててたしなめた。
「ここにきてだいぶ経つが、迷宮内部から出てくるものに遭うのは初めてだ……人間だとは思えない。油断するな」
――ゴクリ。
ケイス自身が固唾をのんだ音が、ひどく大きく聞こえた。やがて通路の奥、ケイスの周囲を照らしている光も拡散してとどかなくなったあたりに、わだかまる影をまとって何かがその姿をあらわした。
常人よりも頭二つ分ほど上背のある筋骨たくましい人型の生き物が、背を丸めて低く構え、こちらをうかがうように進んでくる。その目は夜行性の獣のように、周囲の光を強く反射して青緑色に輝いていた。
裸足の足裏が石床を叩く、ぺたぺたという音が耳に届き始めている。巨体に比してその足音は軽やかで、同時に力強いものだった。戦いに従事する職業でなくてもわかる。あれはとてつもなく強力な力を持っている怪物のようだ。
ケイスは腰の短剣を鞘ごと吊り革から外して、レオナに差し出した。
「俺が持っててもあまり役に立たない。必要なら使ってくれ」
「そうか。借り受けよう、正直助かる……」
彼女は受け取った剣を鞘から抜き放つと、指の腹を軽くあてて刃の切れ味を確かめた。
「うん、悪くない。使えそうだ。奴の正体がまだわからないのが不安だが」
「それなら――」
ケイスはレオナに向かって思わず微笑んだ。それなら、自分も役に立てる。接近しつつある怪物は、そろそろ「解析」の有効範囲に入ろうとしていた。
「解析……!」
恩寵の発動を宣言。ケイスの頭の中に、情報が流れ込む。
====================
種族名:食人鬼
現在職業:戦士 レベル14
特殊能力:
・怪力 常人の五倍に相当する筋力を持つ
・硬い皮膚1 防具なしでも硬革鎧程度の防御力を発揮する
・人喰らい 人肉を食らうとその量に応じて傷を回復する
備考:
「肉だ。肉を食えばすべて解決する。特に人の肉は最高だ」
山や洞窟、古城などに住み着く人食いの怪物。人語は不得手だが高い知能を持つ。
大食で常に空腹を抱えているこの種族に、恩寵が与えられていないのは幸いなことだと言えるだろう。
====================
「いきなり物凄いのが来たな……! レオナ、あいつは食人鬼だ」
レオナや父ほどのレベルではないが、14レベルもあれば常人にとっては相当な脅威だ。しかも人肉嗜癖のある怪物。
今のところあちらの反応は未確認だが、敵対的である可能性が非常に高い。
「食人鬼か。危険な相手だが――大丈夫、勝てるさ」
レオナは簡単にそう言い放つと、ケイスの剣を手に悠然と立ちあがって通路に進み出た。そして、一瞬振り向いてケイスに笑いかける。
「……なるほど、私のこともその恩寵で読み取り済みか」
(あっ)
ケイスは自分の迂闊さに呆れた。うっかり彼女のことを名前で呼んでしまっていたのだ。
二人の話し声に反応したのか、食人鬼は肩回りの筋肉をぎちぎちと鳴らして首をめぐらすと、太い牙の生えた口をくわッと開いて嬉し気に湿った息を吐いた。
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