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終りなき解体場
地下に蘇る花
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――しょく……りょう
かすれた声がわずかに一つの言葉だけをぼんやりと唱えた。次の瞬間、娘――レオナのまぶたがくわっと見開かれた。殺気としか言いようのない圧力がほとばしる。
折りたたまれていた細い腕が弾けたように拡がって展ばされ、左手がケイスを捉えた。鉤爪めいて曲げられた指が手首を捉えて食い込む。骨が折れたかと錯覚するほどの激痛。
「痛ぁあっ!! やる……やるから放せ、そんなに強く……」
必死で声を絞り出す。その甲斐があったのか、締め上げる力が少しだけ緩んでケイスはようやく呼吸を落ちつかせた。
掴まれていない方の腕を不器用に動かして、背負った鎧入れを床におろし、指さす。
「はっ、はあっ……痛ぅ……この中だ。だが全部は――いや、とにかく……食いすぎるなよ?」
「……ああ。分かっている」
レオナは左手にケイスを掴んだまま、右手で鎧入れをまさぐって小分けになった食糧を一包み取り出した。煮た豆を生地に混ぜこんで、鉄板に押し付けながら焼いた平たいパン。それを一口分だけ噛みちぎって唇に挟み残りを膝の上に置くと、水の革袋を手にして一瞬躊躇するようなしぐさを見せた。
「椀か杯はあるか? 無ければ麦わらでもいい」
奇妙なことを訊く。ケイスは首を傾げながら答えた。
「持ってない……何故そんなことを?」
レオナは首を振りながら、大儀そうに言葉をつづけた。
「……直接飲むと、水が汚れる。そうするとすぐに飲めなくなる。それに、これはお前も飲むのだろう?」
「……なるほど」
考えたこともなかった――だがすぐに思い出した。預けられた先の商人の家で取り扱っていた酒の中に、しばしば腐ったものがあったのだ。 あれは仕込むのに使った水が悪かったり、酒甕の洗浄が悪かったりするとそういうことが起きるのだと聞いた。
ケイスは舌を巻いた。恐るべき殺戮者かもしれないが、同時にきわめて理知的なのだ、この娘は。
「ちょっと待ってろ」
ケイスは辺りを見回し、先ほどの「資材」の中から大きめの骨角を二つ手に取った。彼が使えるもう一つの恩寵「融合」を宣言する。
本来は二種類の物品を組み合わせて、片方にもう一方の有用な性質を付加する、という能力だ。ケイスの職業が「付呪師」なのはもっぱらこの恩寵あってのこと。だが、同一の素材二つを組み合わせた場合は、設備や道具なしにその素材で製造可能な物品一つを生み出すことができる。
ケイスの手の中で人骨由来の白い棒材二つが淡く輝き、次の瞬間につるりとした小ぶりの杯が一つ生まれた。
「それ」
「お……おお。すごいな、お前」
杯を手渡すと、彼女は革袋の水を杯に注いだ。それで注意深く唇と舌と喉を潤している。
「ああ……よし、これで……」
腹の底のほうから空気が漏れるような声でそうつぶやくと、レオナはようやく先ほど噛みちぎった豆パンの欠片を口に入れた。ゆっくりと執拗なまでに咀嚼し、唾液でふやかして粥のようにドロドロにしてから、少しずつ嚥下した。
――その一口が、彼女を作り変えた。
色あせしぼんだ皮膚に赤みとハリが戻り、うっすらと脂が浮いたようにツヤを帯びる。まなざしには強い光が宿り、弱々しくあえぐようだった呼吸が落ち着いて力強いものになったのがわかった。
「……嘘だろ」
「解析」でおおよそのことが分かってはいたが、目の当たりにすると想像を超えていた。まさかこれほどに劇的な物とは。呆然とするケイスの左手を放すと、彼女は膝の上から残りのパンをとり、先ほどよりはもう少し早いペースで、もう一杯の水と共に胃の腑に収めて行った。
レオナのやせ細った筋肉が二回りほど大きく膨れ上がった。髪さえもが幾分延びたように見え、老婆のように丸められていた背中がすっくと伸びて立ちあがる。
干からびて死にかけた物乞いが、鎧を取ってくつろぐ戦女神に姿を変えた、とでもいえば分かりやすいだろうか。ケイスは確信した。何故彼女がここへ放り込まれたかはわからないが、完全な状態の彼女を敵に回して勝てる人間など、王国全体を見廻しても何人もあるまい。
「ありがとう、生き返った……これで四日は動ける。だが、お前の食糧はその分減ってしまったな」
レオナはそういうと、申し訳なさそうにケイスを見た。
「ここに来てだいぶ経つが、自ら食糧を分けてくれた奴は初めてだ」
「……構わないさ。俺には俺で、打算も期待してることもある」
それを聞いたレオナは、少し頬を赤らめると胸元を閉じる革ひもの辺りに手をやった。
「こんなところではあまり気が進まないな……」
ケイスはしばらくきょとんとしたが、誤解に気づくと慌てて手を左右に振った。
「ち、違う違う!! そりゃ、あんたは結構きれいだと思うが俺の言ってるのはそういうことじゃない! あんたと協力すれば、ここを出られるんじゃないかってことだ」
レオナは目を大きく見開いてケイスを見つめ返した。
「いや、無理だろう。あの扉と閂は、流石に私でも壊せない。それに、出口には警備の兵士がそれなりの数いる。出られるものなら――」
彼女はそういうと右腕を展ばし、足元に散乱する「資材」の群れを掃くような身振りをした。
「こいつらが来た時にでも、イチかバチか飛び出している」
かすれた声がわずかに一つの言葉だけをぼんやりと唱えた。次の瞬間、娘――レオナのまぶたがくわっと見開かれた。殺気としか言いようのない圧力がほとばしる。
折りたたまれていた細い腕が弾けたように拡がって展ばされ、左手がケイスを捉えた。鉤爪めいて曲げられた指が手首を捉えて食い込む。骨が折れたかと錯覚するほどの激痛。
「痛ぁあっ!! やる……やるから放せ、そんなに強く……」
必死で声を絞り出す。その甲斐があったのか、締め上げる力が少しだけ緩んでケイスはようやく呼吸を落ちつかせた。
掴まれていない方の腕を不器用に動かして、背負った鎧入れを床におろし、指さす。
「はっ、はあっ……痛ぅ……この中だ。だが全部は――いや、とにかく……食いすぎるなよ?」
「……ああ。分かっている」
レオナは左手にケイスを掴んだまま、右手で鎧入れをまさぐって小分けになった食糧を一包み取り出した。煮た豆を生地に混ぜこんで、鉄板に押し付けながら焼いた平たいパン。それを一口分だけ噛みちぎって唇に挟み残りを膝の上に置くと、水の革袋を手にして一瞬躊躇するようなしぐさを見せた。
「椀か杯はあるか? 無ければ麦わらでもいい」
奇妙なことを訊く。ケイスは首を傾げながら答えた。
「持ってない……何故そんなことを?」
レオナは首を振りながら、大儀そうに言葉をつづけた。
「……直接飲むと、水が汚れる。そうするとすぐに飲めなくなる。それに、これはお前も飲むのだろう?」
「……なるほど」
考えたこともなかった――だがすぐに思い出した。預けられた先の商人の家で取り扱っていた酒の中に、しばしば腐ったものがあったのだ。 あれは仕込むのに使った水が悪かったり、酒甕の洗浄が悪かったりするとそういうことが起きるのだと聞いた。
ケイスは舌を巻いた。恐るべき殺戮者かもしれないが、同時にきわめて理知的なのだ、この娘は。
「ちょっと待ってろ」
ケイスは辺りを見回し、先ほどの「資材」の中から大きめの骨角を二つ手に取った。彼が使えるもう一つの恩寵「融合」を宣言する。
本来は二種類の物品を組み合わせて、片方にもう一方の有用な性質を付加する、という能力だ。ケイスの職業が「付呪師」なのはもっぱらこの恩寵あってのこと。だが、同一の素材二つを組み合わせた場合は、設備や道具なしにその素材で製造可能な物品一つを生み出すことができる。
ケイスの手の中で人骨由来の白い棒材二つが淡く輝き、次の瞬間につるりとした小ぶりの杯が一つ生まれた。
「それ」
「お……おお。すごいな、お前」
杯を手渡すと、彼女は革袋の水を杯に注いだ。それで注意深く唇と舌と喉を潤している。
「ああ……よし、これで……」
腹の底のほうから空気が漏れるような声でそうつぶやくと、レオナはようやく先ほど噛みちぎった豆パンの欠片を口に入れた。ゆっくりと執拗なまでに咀嚼し、唾液でふやかして粥のようにドロドロにしてから、少しずつ嚥下した。
――その一口が、彼女を作り変えた。
色あせしぼんだ皮膚に赤みとハリが戻り、うっすらと脂が浮いたようにツヤを帯びる。まなざしには強い光が宿り、弱々しくあえぐようだった呼吸が落ち着いて力強いものになったのがわかった。
「……嘘だろ」
「解析」でおおよそのことが分かってはいたが、目の当たりにすると想像を超えていた。まさかこれほどに劇的な物とは。呆然とするケイスの左手を放すと、彼女は膝の上から残りのパンをとり、先ほどよりはもう少し早いペースで、もう一杯の水と共に胃の腑に収めて行った。
レオナのやせ細った筋肉が二回りほど大きく膨れ上がった。髪さえもが幾分延びたように見え、老婆のように丸められていた背中がすっくと伸びて立ちあがる。
干からびて死にかけた物乞いが、鎧を取ってくつろぐ戦女神に姿を変えた、とでもいえば分かりやすいだろうか。ケイスは確信した。何故彼女がここへ放り込まれたかはわからないが、完全な状態の彼女を敵に回して勝てる人間など、王国全体を見廻しても何人もあるまい。
「ありがとう、生き返った……これで四日は動ける。だが、お前の食糧はその分減ってしまったな」
レオナはそういうと、申し訳なさそうにケイスを見た。
「ここに来てだいぶ経つが、自ら食糧を分けてくれた奴は初めてだ」
「……構わないさ。俺には俺で、打算も期待してることもある」
それを聞いたレオナは、少し頬を赤らめると胸元を閉じる革ひもの辺りに手をやった。
「こんなところではあまり気が進まないな……」
ケイスはしばらくきょとんとしたが、誤解に気づくと慌てて手を左右に振った。
「ち、違う違う!! そりゃ、あんたは結構きれいだと思うが俺の言ってるのはそういうことじゃない! あんたと協力すれば、ここを出られるんじゃないかってことだ」
レオナは目を大きく見開いてケイスを見つめ返した。
「いや、無理だろう。あの扉と閂は、流石に私でも壊せない。それに、出口には警備の兵士がそれなりの数いる。出られるものなら――」
彼女はそういうと右腕を展ばし、足元に散乱する「資材」の群れを掃くような身振りをした。
「こいつらが来た時にでも、イチかバチか飛び出している」
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