神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

文字の大きさ
8 / 65
tutrial:来たりて、また還らず

出立

しおりを挟む
 カイルダインが告げた残り時間、2タルン。それがちょうど終わるころ、丈の高い常緑樹に囲まれた水面が見えてきた。

「あれかな」

(付近にはほかに集落の類が感知されません。到着と判断。着陸します)

 周りには丸い形のテントが数多く張られ、数頭の騎雉と二本足、もしくは四本足の物体が停まっているのが見えた。輜重械バルクラストというのはあれらのことだろうか。

 カイルダインは緩やかに降下し、軽い衝撃とともに接地した。
 留守役らしき十人ほどの戦士たちがテントから飛び出し、それぞれ騎雉や輜重械に乗り込んでこちらに向かってくる。

〈す、渉猟械ストラトヴァンダー!? 『騎士崩れ』エルゴンが捕獲でもしてきたのか?〉

〈いや待て、空から降りてきたぞ!?〉

〈幻でも見たか、この酔っ払いめが!〉

 それぞれに勝手なことをわめき散らしているが、いかにも腰が引けた様子。

〈何者だ!〉

 何人かがこちらを見上げて、誰何してくる。

 
(……何もしゃべる必要はないわ。一番大きなテントをつぶして)
 
 パキラが低い声でそういうのが聞こえた。

「問答無用か。なぜだ? まさか……」

(一緒にさらわれた、荘園で仲の良かった織り子がいたのよ……つかまって最初の夜にラワジートのテントに連れていかれて、虚ろな目で帰ってきた。翌朝、首を吊ったわ)

「そうか……そういうことか」

(早く殺して。一瞬でも早く)

「わかった」

 二本足タイプの輜重械が槍を構えてこちらへ突っ込んでくる。全高にしてカイルダインの膝あたりまで――約10m。

 俺はそいつに向かって一歩足を踏み出し、低い軌道の回し蹴りを放った。 つま先に装備されたノミの刃状の鉄塊が装甲に突き刺さってそれを断ち割り、そのまま振り抜いて内部機構ごと粉々にした。

 束ねられた白い糸のような繊維質のものが飛び散り、熱い蒸気が吹き出してあたりをもうもうと煙らせた。

 そのあとも同様の一方的な破壊が繰り返され、鉄や真鍮の破片がそこかしこに散乱した。流賊の幹部らしき男たちが次々に地面に放り出され、そのまま動かなくなる。

(これが護令械ルーティンブラスの力か。圧倒的すぎるな)

 カイルダインの言う『完全械態マキシマ』でなくともこの有様、力の差がありすぎて手加減が利かない。使い方には気を付けた方がよさそうだ。

 鈍い響きとともにカイルダインが歩を進め、テントの上に出る。入り口のフラップが跳ね上げられ、中から最初に出会った追手のリーダーによく似た顔の、日に焼け中年太りした男が現れた。赤らんだ顔が恐怖に歪んでいる。

「な、なんだ! どこかの騎士か?」

「械匠見習のパキラに頼まれて来た。お前がラワジートか」

「まさかわしを……バカな、やめろ、望むなら金でも女でもくれて――」

 俺は無言で足を振り下ろした。





         * * * * * * *


 流賊団は壊滅した。廃墟周囲までパキラを捕えに来た男たちは、現在まで野営地に戻ってきていない。水源のそばに残っていた者たちはほとんどが死に、生き残りの2人ほどは騎雉に乗って逃走した。

 結果――俺たちはいま無傷で鹵獲した大型の輜重械に、水や食料など荒野を横断するのに必要な物資と、械匠が使う鍛冶道具、それにここで倒した輜重械の残骸を積み込み終わったところだ。

 この輜重械は全長12m、高さ8mほど。鉄と銅でできた首なしの象に、前後に巨大なバケットを付けてフォークリフトのように上下させる――だいたいそんな感じの機械だ。

 背中の上は船の甲板のようなプラットフォームになっていて手すり付きの舷縁ブルワークがあり、後部には小さなキャビンが付属している。

 それなりに居住性は高そうな感じだった。俺たちはこれに乗って、この荒野を横断する事に決めたのだ。

「だいたいこんなものかな?」

 プラットフォームへの縄梯子を先に上がり、パキラを引っぱり上げる。

「そうね、あとは大きな町についたときにでも買い足せばいいと思う」

 返事のニュアンスから、パキラがもっぱら鍛冶道具のことを考えていたとわかって、俺はすこし頬が緩むのを感じた。
 自分の習い覚えた技術を生かして進んでいくつもりなのだ。彼女は少々のことではくじけない性格らしい。

「そういえば、どこかの街で認可状をとるっていってたな」

「あ、うん――親方がいないと難しいと思うけど。親方は半年前にボルミって城塞都市へ仕事に行ったまま、ずっと帰ってこないのよね……」

「そうか……」

「私、孤児だったのよ。親方に拾われて、すごく親切にしてもらったけど、親方の荘園はやつらに潰されちゃったしね。あそこで待ってるわけにもいかない」

 パキラは大きなため息をついた。

「腕には自信あるんだろう? どこか、大きな町で新しい伝手を探せるさ」

「そうね、やってみるわ」

「カイルダインをそのへんに埋めとくわけにもいかないし、専門家がいてくれればきっと心強い。それに、約束してくれただろう? 流賊どもあいつらから自由になれたら、いろいろ教えてくれるって」

「――そうだったわね」

 ようやく、パキラにわずかな笑顔が戻る。


(佩用者。私を埋め戻すのは勘弁してください)
 不意にカイルダインの狼狽した思念が流れ込んできて、俺たちは顔を見合わせて笑った。


「こうしてると、普通の渉猟械にしか見えないわねえ」

 パキラは輜重械のデッキに立って上を見上げ、ため息をついた。視線のその先には、俺が降りたときのままの姿勢でカイルダインがひざまずいている。

 その装甲は自らが倒した遊猟械のそれを写したように、少し錆の浮いた鉄色に変化していた。星幽光翼アストラルウィングは折りたたまれ、ちょっと風変わりな背面装甲としか見えない。

「普通の渉猟械でも、個人で持つようなものじゃないんだろうな……多分これから大変だけど、よろしく」

 俺が前途の不安にため息をつくと、パキラが努めて明るくいった。

「ま、なんとかなるでしょ」


 日が傾き、荒野に二つの長く巨大な影が伸びる。俺とパキラは『フェルディナンド』と名付けた輜重械に乗りこみ、カイルダインは自律歩行でそのあとに続いた。
 フェルディナンドの操縦はごく簡単なので、俺とパキラが交代でやることにした。今は俺の当番だ。

(できれば佩用者にはいつも私の中にいてほしいのですが。まあ、私が粗悪なまがい物でなく、結果として移動中でもお二人が親交を深められることに感謝してください)

 カイルダインが愚痴りながら歩いている。

「……お前、もしかして独占欲とかあるのか」

(一応否定しておきます)

 ふと、パキラが俺との距離を5㎝ほどつめた。

「ねえ……そういえば私、あなたの名前聞いてなかったわ。教えてくれる?」

「そういえばそうだな。俺は……」

 一瞬言いよどむ――俺は誰だ?

「ジュン。イデカワ・ジュンだ。姓が前になる」

 大いに苦悩しながら告げた名前は、パキラを爆笑させた。

「なに、それ名前なの!? それ、南の方言で『テーブルの下に落ちた食べ残しの骨』って意味の言葉にすごく似てるんだけど」

「ひどいな、本当かよ……じゃあ何か違う名前を考えるか」

 笑われてげんなりしつつも、俺はどこか納得していた。俺はもう、厳密な意味では『井出川准』ではないのだ。

「あとね、普通は姓が後ろ。あなたはきっと、すごく遠くから来たのね」

「ああ、遠いところだ」

 パキラは笑い疲れて舷縁にもたれ周囲を見まわしていたが、何かを見つけたような様子で、俺の背負子にくくりつけられたあのカバンの下隅のほうを指差した。

「ね、これ……ここに書いてあるの、名前じゃない?」

「見せてくれ」

 背負子ごと渡される。そこにはたしかに、名前らしきものが革細工の打刻模様に紛れて記されていた。

『ヴォルター』

 そう読める。

「ヴォルター……ね」

 ふといたずらっ気がわき起こる。それはしかし、何やら天啓のようにも思われた。

「カイルダイン! お前の名を俺も名告なのって構わないか?」

(結構ですが、佩用者はよろしいのですか? いろいろ混乱するかと)

「このバッグの記名と合わせて、ヴォルター・カイルダインというのはどうだろう。なかなか悪くない名前じゃないか」

「あ、いいなあ。なんだかすごくちゃんとした出自の人みたいで。じゃあ私も親方の姓を名告るわ。パキラ・フロインダウトよ、どう?」

 それはちょっと舌を噛みそうだな、と思ったが、俺は黙っていることにした。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

構造理解で始めるゼロからの文明開拓

TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。 ​適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。 だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――! ​――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...