神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT2:妖魔王の旌旗

頭上の敵

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 ブルゼンを出発して二日。俺たちは街道を離れ、道のない山中を進んでいた。

 といっても、言葉から連想するような風景ではない。森林と呼べるようなものはどこにもなく、暑熱で干上がり乾いた岩肌にやっとのことでへばりついた、丈の低い灌木がまばらに生えているだけだ。

 その灌木の茂みも、多くは水分を失って茶色く干からび、枯れ木としか見えない姿でただ砂埃の混ざった風に揺れている。だが、それらの灌木は死んでいるわけではない。大夏たいかを乗り越え焦熱期が過ぎ去れば、地表から深くのばした根でわずかな水分を吸い上げて蘇るのだという。

「もっと鬱蒼とした森のなかに、マーガンディを隠してあるんだと思ってました」

 隣に並んで立った騎士に、俺は前置きなしに声をかけた。自分でも少し不遜な気がしたが彼が気にした様子はなかった。
 輜重械フェルディナンドの甲板デッキ上からは、山腹に座りこむように擱座した渉猟械ストラトヴァンダーマーガンディの姿が遠目に確認できるようになってきている。

「本当は念を入れて隠したかったのだが、何しろこのあたりの山は見ての通りだ。後で探す手間が省けたのはいいが……」
 気が気ではない、と言いたげにガラヴェインが首を横に振った。

 カイルダインが規格外の存在であるせいで今一つ実感がわかないが、渉猟械は本来、小規模な都市一つの防衛を単独で担えるほどの兵器だと聞かされた。そして攻撃に転じれば都市一つを容易に壊滅させ、あるいは敵陣深く切り込んで指揮系統を完膚なきまでに破壊することができる。

 しかし――

「動けぬ渉猟械は無力だ。そして万が一敵の手に落ちれば、貴重な令呪錦を奪われてしまう」

 ガラヴェインはそう言うと、フェルディナンドの舷側手すりを拳が白くなるほどきつく握りしめた。

 なるほど。廃墟で出会った流賊は渉猟械を奪って動かしていた。おそらく搭乗者の認証にかかわる部分のセキュリティが、カイルダインや闘将械ガングリフターに比べて粗雑なのだろう。だとすれば、彼の懸念も理解できる。

「そういえばずっと気になってるんですが、モルドヴォスの械体内に本来収蔵されていたはずの令呪錦は、どうなったんでしょう?」

 フェルディナンドを操縦しながら、パキラがこちらを振り返って会話に入ってくる。

「ああ」

 ガラヴェインがパキラへ振り向いて答えた。

「姫様がブルゼンを王国直轄にされた理由の一つがそれよ。モルドヴォスの令呪錦は目下行方不明、あの処分はいうなれば懲罰なのだ。ロランドが正気であったころの日記に、持ち出しをにおわせる記述があった。今頃ペイリス卿が王都に報告書を送っているはず」

「そうなんですか……」

 パキラの声が暗い響きを帯びる。

「平時なら王国各地に触書が回り、探索の手が伸びるであろう。だが、今の状況ではそれだけの余裕があるかどうか」

 ガラヴェインがため息をついた。

「戦争、ですよね」

 俺は思わずそれを口にしていた。アースラや騎士たちの言葉の端々から、この国が戦雲に包まれつつあることは察知されていた。だが、彼らはそれを俺の前で直接の話題にしたことはなかった。

「……鋭いな。その通り、我がディアスポリア王国は今、北方の辺土から侵攻しつつある魔族の軍勢に脅かされているのだ」
 ガラヴェインは何かをあきらめたような口調で答えた。

(まいったな……正直、戦争に巻き込まれるのは避けたい)

 ガラヴェインは先ほど以来再び沈黙を守り、軽々しく協力を請うような言葉を口にしていない。これはむしろ、平身低頭して請われるよりも厳しいものがある。

 彼には俺が21世紀日本という異世界の人間と、清貧と徳行を旨とするメレグの修道僧の複合体である、などというこちらの事情は知りようがない。ガラヴェインは当然のごとく俺をこの国の国民として扱い、自分で考えさせようとしているのだ。

 そしてある意味厄介なことに、俺の手には彼らの期待に応え得る力がある――カイルダインは邪神封印というその存在意義と摂理を裡に抱えて、俺とともにある。
 王国の防衛に心魂を砕くアースラはじめ騎士たちにしてみれば、佩用者なしでも自らの意志で歩く白銀の護令械は、縋り付きたくなるほどに頼もしいものと映る事だろう。

 井出川准と修道僧ヴォルターが統合されたことで、この世界と今いる国の状況や常識を知るモラトリアム的な期間の必要性はやや薄まっている。パキラとともに市井で暮らす事にも当初のような必然性はなくなった。邪神を滅ぼすために、カイルダインを駆って戦う。確かにそう心を決めた。それでもなお、俺にはまだためらいがあった。
(戦争に関われば、俺の行動は俺一人の意志ではなく、この世界の権力や人々の利害、軍の戦略といったものにも影響を受けることになる……)
 それは必ずしも、カイルダインを正しく使う事にはつながらないかもしれないではないか。


 余談ながら、修道僧ヴォルターの記憶を完全に取り戻してわかったことが一つある

 メレグ山の修練場を出て修行の旅に出るにあたって、直接に討伐の命を受けたわけではないにしても――俺は確かにロランド・ナジの消息を探る任務を帯びていた。
 長老ボズボース師と、直接の師父であるリグ・ヤーカイン師が俺に指示を含めて送り出したのだった。ロランドを発見したら、メレグ山に戻って報告しろ、と。
 いささかややこしいことになったものだ、と思う。使命を託して送り出した愛弟子がどこかよくわからん世界から召喚されたゲーム狂いの大学生と合体させられた挙句に、古代のヤンデレ巨大ロボに乗り込んで帰ってきたら――

 そりゃあ向こうは驚くだろう。俺としても短時間で納得のいく説明をできる自信がない。面倒くさい事態を避けるためには極力、メレグ山への接近や帰参は避けたい。だがどうも旅の道のりからすると、『お山』の近辺へ向かうことを避けられそうになかった。



 そんな悶々とした思いは、突然断ち切られることになった。何処から現れたか、空中からなにか羽ばたくものがこちらへ向かって来る。フェルディナンドの甲板めがけてまっしぐらに突っ込んできたそれは、体長5mほどの有翼の四足獣であることがかろうじてわかった。

「いかん、有翼獅子グライフだ!」
ガラヴェインが警告の叫びをあげた。
「パキラ! 伏せろ!」
 慌てて屈みこんだ彼女の上で、操縦席を囲む手すりが刃物で斬ったように寸断された。真鍮の太い棒が5㎝ほどの切れ端になって甲板に転がる。

「なに? 何なの!?」
 危うく死にかけたことだけはパキラにもわかったようだ。日焼けした顔がなお白く見えるほどに緊張し、身を低くして周囲をうかがう。

「獰猛な魔獣だ。北方の魔族どもが調教して戦闘に使う――見ろ、背中に乗り手がいるぞ」

 ガラヴェインは甲冑を付けていなかった――もっとも3cm径の真鍮棒を飴か何かのように斬り飛ばす爪を持った獣の前で、普通の鎖鎧が役に立つとも思えないが。

――スカンダルガの加護を希う、我らに刀槍阻む盾を!

 短い詠唱が響き、三人の体の周囲に銀色に輝く光が充満した。新たにもう一頭の有翼獅子がガラヴェインを襲い、彼を甲板になぎ倒す。
「が、ガラヴェイン卿!?」
 だが彼は再び何事もなかったように立ち上がった。
「やられたかと思いましたよ。防御の法術ってやつですか?」
「そうだ。軍神の加護によって、肌と肉に直接食い込むような鋭いものを遠ざける」
 答えながらガラヴェインが腰の剣を抜き、空中の敵を睨み据えて構えをとった。

「とはいえこの法術は長くは保たん。それにパキラ殿が奴らの突進を受ければ、やはり無事ではすむまい」
「参ったな……」
 俺も拳を構えたが、人間相手の体術が通用するかどうか怪しいものだ。

(佩用者。前方の渉猟械の周辺に、生命体の反応が二グループ存在しています。金属性の物体がぶつかり合う音響も検出しました。つまり、戦闘が行われています)
 カイルダインの思念が飛び込んでくる。どうやら待ったなしの状況らしい。おそらくはマーガンディを守る兵士たちとこの襲撃者の片割れが、接触したところなのだ。

 俺はカイルダインの操縦籠クレイドルに飛び込めばどうとでもなる。だが、この状況でガラヴェインとパキラを有翼獅子の爪から守り、前方の戦闘に介入するという二つの目的を同時にクリアするには――

「パキラ、操縦はいい、カイルダインの肩の貨物庫カスケットに入れ! ガラヴェイン卿も!」
 ほぼ同時にカイルダインの手が差し伸べられ、俺たち三人を手のひらに載せて持ち上げた。 

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