神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

文字の大きさ
39 / 65
ACT2:妖魔王の旌旗

戦の作法

しおりを挟む
 夜空を背に、渉猟械ストラトヴァンダーマーガンディの械体が焚き火を反射して輝いている。座り込んだその腰のあたりから、アースラの部隊つき械匠とパキラが話す声が聞こえてきた。

――ともかくブルゼンへ移動できるだけの修理で済ますつもりだったのだ。姫様は可能な限りの資材を置いていって下さったが、それでもまともな炉一つ無いこの山中、できることは限られていてな。

――私たちが持ってきた補給品で、どの程度まで改善します?

――そうだな。今なら途中で戦闘があっても切り抜けられる段階までは直せるだろう。何より水の補給が大きい。足の配管が断裂したときに、かなりの水を失っていたからな。

――そのことですが、検分した限りでは右足首外側の第三絹糸束筒もやられてます。ここに手を入れるには、専門の設備が必要かと。

――ふむ。そうすると、応急修理以前に、まずしかるべきところへ運ばねばならんか……?

 先達であろう械匠を相手に、パキラは堂々と意見を戦わせているようだった。
 野外の限られた条件下でいかに資材を有効に活用し、破損部分を修復するか――会話は次第に熱を帯び、門外漢には理解できない専門用語や技術的概念が扱われるようになってきている。俺はその流れを追いかけようとする努力を、すでに放棄していた。

「マーガンディの修理は、パキラ殿とサイードに任せておけば間違いなさそうだな。我らはこちらの問題に注力しよう」
 ガラヴェインはそういうと、焚き火を囲んだメンバーに視線を戻した。

 この焚き火のそばにはガラヴェインと俺、兵士たちの中で最古参の二人、メセクとナジブ。それにタラスが座っている。

 そして、もう一人。矢がかすめ血のにじんだ頬をそのままに、後ろ手に縛りあげられて一同の前に引き据えられた女がいた。
 有翼獅子グライフ二頭のうち、欺陽槍の直撃を免れ、地表に降りてしとめられた方に乗っていた騎手だ。彼女があの蛾人部隊の指揮官らしい。

 ただし、人間ではない。
 真っ先に目に入るのは斜め上へツンと突き出た、とがった耳たぶ。かすかに緑がかった明るい灰色の皮膚に、濡れたような黒髪。切れ長なまぶたの奥で輝く紫色の瞳がそれらと好対照を成している。
 全体的に湿った印象を与える容姿は、梅雨どきの林にひっそりと傘を開くある種のキノコを思わせた。

 誇り高い性格なのだろう。観念したように眼前の空中ただ一点に視線を固定し、俺たちに一瞥をも与えようとしない。
(少しイメージと違うが、エルフってやつかな……)
 エルフならファンタジーではおなじみの種族だ。多くは人間よりも古い起源を持ち、半ば精霊に近しい存在で、長寿と美貌を誇るのが通例。
 この世界はインド・ペルシャ風の風土と文化が目立つが、妖魔王とやらが君臨する北方にはまた違う種族や文明が存在するのだろうか。

「タラス殿。こやつらがはるか南方の地にまで現れたというのは、まことなのか」
「ああ、間違いない。この者ではなかったが、やはり有翼獅子を操る指揮官と蛾人の集団だった」
 
「自分にはどうも分からんのです」

 古参兵のメセクがガラヴェインの方へ身を乗り出した。

「出立前の姫様の訓示では、妖魔王とやらの軍勢は、我がディアスポリア王国と、占領されしヤムサロとの間に陣を敷き、国境を侵して前線をこちら側へ押し込んでまいった、ということでした」
「その通りだ」

 ガラヴェインがうなずく。

「ではなぜ、こやつらは前線から遠いこのような山中に、かくも小数で侵入して参ったのでしょう?」
「たしかに、解せんな……」

 縛られた敵の女指揮官が、口元だけでうっすらと笑いを浮かべたように見えた。こちらを侮り見下しているような様子で、ひどくいやな感じがする。
 
「ガラヴェイン卿」

 俺は右手をゆっくりと掲げた。一同の視線がこちらに集中する。

「ヴォルター殿、何か?」
「この地での『戦争』と言うものは一般にどのように行われるのか、教えてください」

 俺はとり立てて軍事に詳しいと言うタイプではない。だが、井出川准が親しんできたゲームや小説、アニメの中には、戦争をテーマにしたものがかなりの割合で含まれていた。
 メセクの言葉からは、この世界の戦争のあり方が自分の常識とは著しく異なるのではないかと推測できる。
 そして、もしも妖魔王とやらがこれまでにない戦術を案出し、それに基づいた戦略を立てたとすれば、誰かがそのコンセプトに気づくまでは敵の企てを阻止できないのだ。

 この虜囚の女が浮かべた笑みは、そういう事ではないのか?

「……戦の基本は拠点の奪い合いになる。要となるのは護令械だ。敵国に攻め入る場合はまず、足の速い渉猟械が先陣を切って、敵の渉猟械や、それに類する兵器――各種の戦闘魔獣などと戦い、防衛力をそぐ。そのあとに、騎雉隊と輜重械に乗った歩兵がなだれ込んで拠点を奪取、あるいは破壊するのだ」

 ガラヴェインの説明を聞く限り、この世界の戦術はなかなかに洗練されているように思えた。渉猟械はちょうど制空戦闘機と攻城塔を合わせたような用い方をされている。それも、多くの場合は拠点一つに対して単騎で事足りるというわけだ。

「渉猟械が最も威力を発揮するのは、侵入してきた敵に対する迎撃だな。その場合は騎雉隊が先行して敵の位置と陣容を探り、その上で渉猟械を先頭に襲撃をかけるのだ」

「なるほど。渉猟械による拠点への攻撃や侵攻部隊への逆襲に対しては、保有していれば闘将械ガングリフターが投入されると言うことですよね」
「そうだ。飲み込みがいいな」

 機動力に優れた騎兵との連携によって、侵攻部隊の先端を叩き、その衝撃力を失わせる――量産可能ではないが強力な兵器である戦闘用護令械を、もっとも有効に使うべく確立された運用法に違いない。

 どうやらこの世界の戦術思想というものがおおよそ理解できた。それは敵の戦力に対する、もっぱら質の優位を基盤とした正面からの粉砕だ。一見愚直すぎるとも感じられるが、戦闘用護令械の存在はそれを可能にしうる。

 では、敵のこの動きは何を意味するか? 

「ガラヴェイン卿……もしも最初からこちらの戦力との衝突を意図せず、ひたすら前線の背後へと入り込む部隊がいたとしたら、どう対処しますか?」

 俺が質問すると、ガラヴェインたちは眉をしかめて互いに顔を見合わせた。
「何だ、それは……そのような戦がありえるのか?」
「ありえます」

 架空のものが多いとはいえ、数多くの戦争とその分析に触れた目から見れば、渉猟械の存在を前提にした戦術思想には、大きな落とし穴がある。

 俺たちの話を聞いていた、敵の女指揮官の顔色がすうっと緑色を強めるのがわかった。まつげの長いまぶたが神経質そうに震える。
「貴様……何者だ。なぜそれを」

 想像したよりも高く、いっそ『甘い』とでも形容したくなるような可愛らしい声だが、その響きは不安と怒りをあらわにしたものだった。

「なるほど。直接の戦闘を回避し、敵地深い場所で農地や食糧庫を焼き討ち、あるいは水源に毒を投じると行った破壊工作や、要人の拉致や暗殺を行うというわけか――」

 タラスがひどく冷たい声とともに女指揮官を見すえる。

「ボルコルで行ったようにな。たしかに有翼獅子と蛾人を擁した小人数の部隊なら可能だな。すでに実証済みだ」

「ひ、卑劣な! そんな戦いがあるとすれば、それは騎士の仕事ではない。武器も持たぬ農民や女子供を脅かし、前線の兵から戦う力を……」

 途中までわめき立てて、ガラヴェインが「あっ」と息を呑んだ。

「おそらく、そういう事ですよ。大兵力を動かして侵入するのと違い、目立たず、迅速で、少ない人数で効果的に敵の力を奪うことができる」

 女指揮官が縛られたままくつくつと喉を鳴らして笑い始める。やがてそれは、はっきりと声を響かせての哄笑に変わった。
「ははっ、これは驚いた。理解できるものがいるとはな――妖魔王モルコネイブ様のお考えを、まさか人間ごときが」
 不意に真顔に戻って、彼女は心底気味悪そうに俺とタラスを見つめた。

「本当に、何者だお前たち……」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

構造理解で始めるゼロからの文明開拓

TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。 ​適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。 だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――! ​――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...